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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
467/2685

少年達、その38~裏舞台~


***


「ハァ、ハァ、ハァ・・・」


 肩で息を切らしているのはルナティカ。そしてルナティカに組み伏せられ、喉元に刃を当てられているのは打ち据えられたレイヤー。神殿騎士団の剣はルナティカが戦いの最中に足で叩き折った。だがそれでも戦いを止めることのないレイヤーを、何度ルナティカは打ち据えたことか。最後は一方的に攻撃していたルナティカが息切れするほどに、レイヤーはタフだった。まだそれほど背も高くなく、細い体のどこにそんな力が眠っているのか。

 レイヤーが格闘術、剣術において素人だったからよかったようなものの、これで技術が伴っていたら果たしてどうなっていただろうとルナティカは思う。ルナティカは息を整え、レイヤーに問いかけた。


「少年、名は?」

「・・・レイヤー。そう皆には呼ばれてる」

「本当の名前は?」

「知らない。気が付いた時には一人だったから」


 レイヤーの琥珀の瞳が、ルナティカの瞳を見据える。その曇りのない瞳に、ルナティカはレイヤーがつまらない嘘を言うような少年ではない事を確信した。


「レイヤー、一つ尋ねる。なぜ仲間達や神殿騎士団を殺した」

「邪魔だったから」

「何に?」

「僕達が生きるために」


 レイヤーの瞳に動揺はない。レイヤーは真実を述べているのだ。なおもルナティカは質問を続ける。


「僕達とは、誰の事」

「『兄弟』と呼ばれたグループのこと。僕達は家族だった。互いをかばい、支え合う。僕達が生きるために、邪魔をする連中は排除する。オブレスがそうしてきたし、それが仲間の掟。僕はそれにしたがっていただけ」


 レイヤーの言葉は明瞭だったが、ルナティカは渋い顔をした。明らかに矛盾しているように思えたのだ。


「矛盾している、レイヤー。ならばなぜ仲間を殺した? 詳しく話せ」

「もう彼らは仲間じゃないから。僕は『兄弟』以外は殺していない」


 レイヤーはまたしてもきっぱりと言い切った。彼の言葉には惑いがない。真実、そう思っているのだろう。

 レイヤーはなおも続ける。


「最初はオブレスを殺すつもりだった。グラスライブとオブレスが話し合っているのを聞いた時、オブレスはエルシアを司祭の生贄にするつもりなのだと思った。それからなんとなくオブレスを監視していたけど、風向きが変わってきた。オブレスは僕達全員をなんとかするために、賭けに出ようとしていた。

 僕は彼の手伝いをこっそりするために、見張りを司祭の部屋から引き離した。オブレスが、グラスライブを殺すつもりだとわかっていたから。結果的にオブレスの目論見は上手くいったけど、オブレスはソールがとうの昔におかしくなっていたことに気が付いていなかった。ソールはグラスライブに告げ口し、グラスライブは最初からオブレスを始末するつもりで、ソールを『兄弟』の幹部の所に向かわせ、頃合いを見て自分の部屋に突入させたんだろう。もっともグラスライブの方もオブレスが遺物アーティファクトを持っていることなんて想定外で、自分が死んだ後に化け物になるなんて想像もしていなかったんだろうけど。

 だから僕はオブレスが死んだ後、『兄弟』の幹部達を殺した。彼らがグラスライブに協力した段階で、もうすでに彼らは『兄弟』とは言えなかった。『兄弟』はオブレスの作ったグループだ。オブレスがいるところが『兄弟』だし、僕の居場所だったから。それにエルシアやゲイルは僕とは本当の兄妹みたいに育ったんだ。彼らを苦しめる者を僕は許さない。グラスライブも化け物になって甦った時は少し驚いたけど、生きているなら殺す。あいつはエルシアを苦しめるつもりだったから。

 だけど、そうなると疑問が残るんだ。グラスライブがソールを『兄弟』の幹部の元に向かわせたのは、オブレスがはっきりと裏切りを決める前の事だ。でなければエルシアにはとっくに迎えがきていてもおかしくなかったし、オブレスがアジトに戻った時に誰かがオブレスの動向を気にしたはずだったんだ。一連の流れは、誰かが後ろから手を引いたとしか僕には思えない。何もかもが都合よく、全て悪い方に向いた気がするんだ」


 レイヤーがそう言ってちらりとあらぬ方向を見たので、ルナティカは反射的にふとももに仕込んでいたナイフをレイヤーの目線の方向に投げた。何もないはずの空中で、金属音と共に弾かれるナイフ。


「よく・・・わかりましたね。気配も殺気もなかったはずですが」

「自分が尾行されていることに気が付かないほど、間抜けじゃない。野生の獣でもできることだ。どれほど認識を消しても、誰かが移動した痕跡は残る」

「後ろを振り返ったことは一度もないと思っていましたが。そこの銀髪の暗殺者を特に警戒していましたが、貴方も十分に恐ろしい子供だ」


 その言葉と共に姿を現したのは、金の美しい髪を棚引かせた紅顔の青年だった。彼は右手に細身の剣を持ち、黒い外套の下に優雅な白い衣装を身を纏っていた。

 その青年に向けて、レイヤーは組み伏せられたまま語りかける。


「あなたは誰?」

「名乗るほどの者ではありませんが、サイレンスとでもお呼びください。ただのしがない魔術士ですよ」

「僕を殺すつもりだった?」

「ええ。私の描いた構図を、貴方に台無しにされましたから。私の脚本では、グラスライブの部屋ではもっと面白い趣向になるはずでした。そこの少女がグラスライブを始めとする者達に集団で輪姦され、オブレスが喚き散らしながらそれを見るという、ね。そしてオブレスは何もできない無力感にさいなまされながら、絶望にまみれて自ら死ぬ予定だったのです。そのために色々と仕込んできたのですから」

「悪趣味」


 ルナティカが思わず感想を漏らしたが、レイヤーの方が冷静にサイレンスの方を見ていた。レイヤーはまったく平静と同じ声でサイレンスに語りかける。


「なぜ僕達を狙ったの? 僕達はあなたに何かしたの?」

「いえ、別に何も。ただこのスラスムンドは、国ができる前から私の玩具でして。つまりこの国にいる以上、この国の全てが私のものなのですよ。私がどのように扱おうと、私の勝手なのです」

「・・・僕には難しいことはわからないけど、貴方を倒せば僕達は自由?」

「何をもって自由とするかによりますが、少なくとも敵は一人減るでしょうね」

「そう・・・なら」


 レイヤーの左目だけがルナティカに向けられる。ルナティカはその視線の意味を瞬時に察知し、既にレイヤーから離していたマチェットを握る右手を放した。そしてルナティカが重心をレイヤーの上からどけた瞬間、マチェットを握り弾けたようにレイヤーが飛び出したのだ。


「!」


 サイレンスは咄嗟に右手の剣を前に差し出したが、それすらもぎりぎりであった。レイヤーは寝転んだ状態から何の苦も無く最高速に達し、サイレンスに一撃を加えたのだ。


「くっ」


 予想もしない一撃にサイレンスが緊張度合いを上げるが、レイヤーの攻勢は止まらない。一挙に畳み掛けるようにサイレンスに肉薄する。

 目にも止まらぬレイヤーの斬撃をサインレスもさばこうと必死になるが、初手の段階で防御に回った状況をそうそう覆せるものではない。無言で圧力を加え続けるレイヤーに、サイレンスは徐々に分が悪くなる。


「こ、の・・・小僧! 先ほどよりも速いとは!」


 サイレンスが苦し紛れに放った一撃を、レイヤーはなんと前に躱しながら踏み込んだ。そして完全にがら空きの胴に、一撃を加える。

 だがその直後とびずさったのはレイヤーだった。レイヤーだけが感じる何かがおかしかったのか。また斬撃の音もおかしかった。肉を裂く音ではなく、金属音がしたようにルナティカは聞こえたのだ。確かにサイレンスの上等な衣服は斬れているのだが、その下の体には傷一つついているようには見えない。

 サイレンスが涼やかな表情から、憎悪の表情へと変化する。それは憤怒という言葉がぴったり合う表情であり、また底知れぬ憎しみがにじみ出ていた。元が美しいとルナティカでさえ思っただけに、その表情はより一層恐ろしくルナティカの目には映った。


「やってくれましたね・・・体はそこの少女にやられて動かないと思いましたが」

「もう回復した。問題ない」

「大したものだ。貴方、確か名前はレイヤーといいましたか?」

「そうだ」

「その名前、憶えておきましょう。残念ですが、今私にはやることが他にある。それが済み次第、もっとも残酷な方法で貴方を殺すと約束します」


 それだけ言い残すと、サイレンスはふっと姿を消した。なぜサイレンスがここで引いたかはレイヤーにもルナティカにもわからなかったが、幸いであったことは確かである。非常に不気味な相手である事に間違いはないからだ。

 レイヤーはマチェットを手放すと、壁際に横たわるエルシアの方に歩き出す。エルシアもグラスライブにかけられた睡眠薬の効果が切れるのか、すこしずつ目を覚ますようにうなされはじめていた。そのレイヤーにルナティカがマチェットを回収しながら話しかける。



続く

次回投稿は、4/29(日)9:00です。

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