少年達、その37~殺戮の主~
「僕に何か用?」
その人物とは、レイヤーであった。彼は同じ程度の体格のエルシアを軽々と右肩に担ぎ、左腰には剣をベルトとズボンの間に佩いていた。神殿騎士団が使っていた剣である。レイヤーは無表情で、何事もなかったかのようにその場に立ち尽くしていた。ルナティカを見る瞳にも、特に見つかってまずいなどという感情は湧いていない。ただ、本当に、その場に何の感情も持たず立っているだけだった。
レイヤーのあまりに飄々とした態度に、ルナティカは一瞬我が目を疑った。レイヤーが先ほどの教会内の惨劇の主であるのは、ほぼ間違いがないだろう。教会の中に既に動く者などいなかったし、衣服にも返り血が一部ついている。だが、あれほどの殺しをした後ではどれほど殺しに長けた人間でも多少息切れをするし、興奮もする。だがレイヤーには何もない。興奮も、息切れも、動揺した様子すらなかった。
先ほどの教会の中でもそうだった。殺し方にはある程度その人物の特徴が出る。恨みがあれば滅多切りに、自己主張が強い者は派手な殺し方を、暗殺者は痕跡を隠そうとする。だがレイヤーの殺し方には何もない。何の色もない。ただ確実に殺し、死体を隠しもせずにその場を去っただけである。
ルナティカはその殺し方が怖かった。それは、殺す事そのものに対して何も感情を抱いていないことの証明。訓練されたのではなく、生まれつき殺すことに対して何の感情も抱いていないという事。きっと目の前の少年は、屍の山の上で平然と寝転ぶことが可能なのだろう。訓練されて人を殺すようになった自分とは決定的に違う人種なのだと、ルナティカは理解した。
ルナティカは目の前の少年が恐ろしい。自分に殺しを教えた者達がかつて言った。世の中には戦ってはならぬ種類の者達が四種類いると。一つは同じ暗殺者の仲間。一つはアルネリア教会の関係者。一つはディオーレ=ナイトロード=ブリガンディ。そして最後の一つが『ただ殺す』だけの、生まれつきの殺人者だと。
ただ殺すだけの人間は、どこかしらが人間として欠落している。ゆえにその行動が読み切れず、相手をするのが危険極まりないと。ルナティカは生まれつき壊れているというよりは、訓練によりさらに効率よく殺戮を行えるようになっただけであって、決して生まれつき壊れているはずではないと思う。なぜなら、感情をむき出しにしたまま人を殺すことに、とても耐えられそうにないとルナティカはいつも思っている。そういったことができる騎士や傭兵の方が、よほど残酷だとルナティカは常日頃思っているのだ。
そしてルナティカの目の前には、平然と殺戮をやってのけた少年がいる。この子を呼び止めてどうしようという予定はなかったのだが、ルナティカは出会ってしまった。この少年は今、ここで止めねばならないと何かが告げるのだ。
そうするうちにレイヤーはエルシアを壁際にもたれさせると、自分はルナティカに相対した。レイヤーの体格には不釣り合いな大きさである神殿騎士団の剣を、ゆっくりと彼は構える。
「・・・あまり時間をかけたくないんだけど」
「それはこちらも同じ」
「だよね。でも、僕の事を知られたからには生かしておけない。だから、さっさと死んで」
レイヤーの気配が急に希薄になる。そして彼の姿がぼやけたかと思うと、レイヤーの突きは正確にルナティカの顔面にめがけてとんできた。
全く殺意のない一撃。暗殺者としては理想的な攻撃だが、それをなんら訓練を受けてないはずの少年が繰り出した。動きはこの上なく速く無駄も少ないが、突きの繰り出し方が訓練された人間のものとは明らかに異なっているのだ。
動作そのものに無駄はなくとも、突きの起動自体に無駄が多い。ルナティカは見切ったうえで紙一重で突きをよけるが、よけざま第二撃が飛んできた。
「!」
ルナティカは反撃に転じようとした手をひっこめ、慌ててレイヤーの攻撃をマチェットで逸らそうとしたが、その攻撃は想像以上に重く、ルナティカの頬は薄く切り裂かれた。だが、ルナティカが驚く間もなく、レイヤーの光速の斬撃は数える暇もないほどに間断なく繰り出された。
7、14、23。ルナティカが途中で数えるのをやめるほどの連続斬撃は、いっこうに衰える気配がない。予備動作がほとんどなく、軌道が予想できないレイヤーの斬撃は、ルナティカでなければとうになます切りにされているところであろう。ルナティカはレイヤーの攻撃が止む瞬間を狙っていたが、このままでは自分の方が先に限界を迎えると感じたのか、レイヤーの剣をのけぞってよけざまに、左の回し蹴りをレイヤーの横っ腹に叩き込み吹き飛ばした。
放った瞬間エルシアはしまったと思った。咄嗟の出来事だったため、全力に近い蹴りを放ったのだ。ルナティカの蹴りは全力で放てば、大人でも内蔵を破裂させて即死に追い込むほどの威力を持つ。それを子供に向けて放てば、内臓など全て潰してもおかしくなかったのだが、蹴った瞬間、そのような懸念は吹き飛んだ。
「なんて体・・・」
ルナティカが蹴った時の感触は、まるで分厚い猛獣の肉のような印象だった。打ち抜いたはずの打撃が、肉厚の脂肪に吸収される感覚。体を逸らすとかではなく、純粋に肉体の柔軟性のみでレイヤーの体はルナティカの一撃を吸収したのだ。
そしてルナティカの想像通り、レイヤーは何事もなかったかのように立ってきた。蹴られた右のわき腹をぱんぱんと払い、再びルナティカの方に歩いてくる。
「・・・まれに筋肉の構造自体が違う人間がいると聞いたが、お前がそうなの」
「さあ? 僕は僕にできる当たり前の動きをしているだけさ」
ルナティカは殺す対象に話しかけたことなどない。それは暗殺者にとって当然のことだが、同時に既に暗殺者でない自分はどうなのだろうと思う。そして、この疑問は自然に口をついて出たのだった。そんな自分にルナティカ自身が戸惑うが、レイヤーは平然とルナティカに剣を向ける。
「強いね、お姉さん。やったことないけど、自分の限界までやらないと倒せそうにないや」
「・・・それで上回れれば苦労はない」
膝を軽く曲げ突きの構えを取るレイヤーに対し、ルナティカは外套を脱ぎ棄て、全身に仕込んだ武器をあらわにした。そして両手にマチェットを握りだらりと腕を垂らすと、両者はそれが合図であったかのように互いに突進するのだった。
続く
次回投稿は、4/28(土)9:00です。GW中は休まず更新予定。