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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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少年達、その36~検証~


***


「おかしい、何か変」


 一人で呟いたのはルナティカ。彼女は先ほどエルザとイライザがグラスライブの教会を去ってから、一人だけ残り協会の監視を続けていた。エルザの最大の懸念として、グラスライブに自決されるようなことがあればまずい。あるいは、脱出されるような可能性もあるといったところだった。それに何か異変を感じただけでもよいから、ただちに連絡を寄越すようにとルナティカは言われている。

 エルザの見積もりとしては、最悪グラスライブが自決しても、何らかの裏工作についての証拠が残るのではないかと考えていた。また、アルネリアの関係者でもあるグラスライブが、失態をした証拠を隠滅する必要がエルザにはある。だが一方で大司祭補佐候補ともなれば、その業績や行動をうかつに抹消するわけにはいかない。今回の役目に適任の者は自然、限られてくるのだった。グラスライブの去就によらず、彼を捉えることができれば最善であった。

 ゆえにエルザはルナティカに依頼して、グラスライブを見張らせていた。彼が教会からひそかに脱出を試みる可能性もあったし、ルナティカとしても油断なく見張っていたつもりだったが。既に陽が傾き始めたこの時間、多くの僧侶や一般騎士は寄宿舎へ引き上げ、中には泊り番や常在の騎士達しかいないだろうと思われる。また先ほどオブレスが入り、そのしばらく後に何人もの少年達が続いてからは、これといって目立った動きはなかった。

 防御結界に守られた教会内では、細かい気配などほとんどルナティカにはわからぬ。だが、空気が変わったことだけは敏感に感じ取れた。最初は殺気が感じ取られ、その後この世のものとは思えぬ異質な空気を感じ取り、ルナティカはわずかに自分の体がざわつくのを感じ取った。これは一悶着あるかとルナティカが警戒したが、その後不気味なほどの静寂が訪れたのだ。教会内で何かがあったのは確実だろうが、それにしては何も動きが無さすぎる。一人ぐらい教会の外へと出てきてもいいだろうにと、ルナティカが焦りを少し募らせた時である。

 教会の正面の扉がすこしだけ開いた。ルナティカは誰かが出てくるのかと身構えたが、そこからは人が出てくることはなかった。ただ、手だけが助けを求めるように何かをつかもうとして、そしてびくん、と一つ動いて地面に落ちたのだ。手の動き方を見る限り、背後から手の持ち主はとどめ刺されたのだろうが、それにしては気配がない。教会の扉は開いているので、もはや防御結界は完璧ではない。誰かの気配くらいしてもいいのではないかと、ルナティカは思うのだが。


「(任務は監視、または追跡だけだが・・・)」


 少し前のルナティカなら悩むこともなかったろう。忠実に命令だけをこなし、それで良いと思っていた。だがリサと話すうち、自分の判断でさらによかれと思えるようなら躊躇うなとも言われている。それは非常に難しいことだとルナティカは抗議したが、リサは頑として反論を聞き入れなかった。

 ルナティカは悩んでいた。このままここで待機するか、それとも中に侵入して調べるか。どちらにしても異変が起こったのは確実であり、遅かれ早かれ確認は必要になる。ただ、エルザがいる状況で行うべきかどうかだけが違う。また侵入するなら今である。扉が閉じれば再び結界の綻びはなくなるし、そうなると外部からの侵入はやすやすと感知される。


「よし」


 ルナティカは覚悟を決めた。エルザに伝令用のとして預かった使い魔を飛ばすと、自分は教会内に侵入することにしたのだ。ルナティカは自分が身を隠していた建物の四階から滑るように階下に降り、誰にも見られていない事を確認すると、影が這うように教会正面の扉に辿り着いた。

 そこに横たわるのは、先ほど教会の中に入って行った少年の一人だった。左手を骨折でもしているのか、腕に添え木を当てて固定している。彼は何かに追いかけられたのか、外に救いの手を伸ばすようにして死んでいた。ルナティカがその死因を探ろうと体を調べると、体には大した傷は見られなかった。ただ両足の腱は裂かれ、肝臓、脾臓、心臓、右の頸動脈だけが正確に貫かれていたのだ。

 その傷の小ささから見て、おそらくは突きで仕留めたのだろうが、傷口がまったくぶれていない。ルナティカはその傷口を見て推測する。


「(おそらくは一息に突いた傷。急所だけを正確に、しかも全て背後から貫いている。背後から迫り、この少年が一歩を歩む間に仕留めたのだろう。恐ろしい技術だ。はたしてこれだけのことをできる人間が、どれほどいるのだろうか。これは玄人の仕業に違いない)」


 ルナティカがふっと教会の中に目を向けると、彼女はより驚いた。その中には屍が累々と転がっているのだ。どれも入り口の側に頭を向けて死んでいる。おそらくは、全員がこの教会から逃げようとして死んだのだろう。その数は10をゆうに超えていた。


「これだけの数を・・・」


 死体の間隔はそれほど空いているわけではない。そうなると、疾風のようにこの人々の間を駆けぬけながら、一瞬で仕留めて行ったことになる。

 ルナティカが簡単に死体を確認すると、死体はどれも急所を複数貫かれ死んでいた。傷の大きさから想定できる剣の大きさから想定すると、おそらく相手は成人男子。身長はおよそ170~180cmくらいといったところだろうか。神殿騎士団が使う剣で間違いないだろう。

 だが妙な所もある。首などの切り口は下から上にかけてがほとんどであり、上から下に向けての切り口はほとんどない。少年達の背丈を考えれば、上から下に切り下すのが自然だとルナティカは思うが、あるいはこれが癖、または特殊な剣技だという可能性もある。

 そしてさらに踏み込むと、今度は神殿騎士達が死んでいた。彼らは何かを食い止めようとしたのか、それぞれが同じ方向を向いて倒れていた。もちろん仰向け、うつ伏せはあるが、同じ方向からの何かを止めようとしたのだろう。だが誰一人として剣を抜いていない。剣の柄に手をかけている者は多数いるが、誰も剣を抜いたまま死んでいる者はいなかった。抜く暇さえなかったということか。

 ルナティカは慎重に歩を進め、彼が向いている方の部屋へ近づいて行った。そしてその中をそっと窺うと、そこには異形の者が崩れていた。体中脂ぎった白色の脂肪で覆われた何かは、顔面を無数の斬撃で切り刻まれて死んでいた。そしてその体は既に腐り始めているのか、異様な匂いを放っている。ルナティカは平然とその匂いを受け止め異形とその部屋の様子を探ったが、ベッドの上に鎖につながれていた誰かがいたことが分かったくらいで、後は何も感じられなかった。ただベッドはまだ温かく、少し前までこの上に誰かがいたことは確実だった。


「ここの上にいた人間は食われたか、あるいは・・・」


 ルナティカがさらに鎖を見たが、切り口は鋭利だった。誰かがここからベッドの上の人物を連れ去ったとみる方が妥当だろう。そうなると、まだ中か近くにいるかもしれないとルナティカは考えた。その時、教会の中に空気の流れができたのをルナティカは感じ取った。誰かが扉を開いて外に出たのだ。


「いつの間に・・・!」


 ルナティカはすぐに身をひるがえして、空気の流れを辿って行った。途中魔物と化したグラスライブを踏みつけようが、血の海で飛沫が舞おうがお構いなし。ルナティカはこの惨劇を起こしたであろう主を探すべく、全力で駆けた。ルナティカが同じ建物の中にいながら、誰かの気配に気が付かなかったのが、よほど彼女にとって意外だったのかもしれない。

 後から考えれば、これは不思議な行動であったかもしれない。ルナティカにしてみればこの惨劇の主が誰であろうと関係ないし、問題はグラスライブの生死である。先ほどの化け物に司祭の法衣が一部中から破けたようにかかっているのを見れば、死んで腐り始めていた化け物がグラスライブだった可能性はある。

 その原因は定かではないが、とにかくもグラスライブの生死を確認する方が優先順位としては高かったのかもしれないが、ルナティカは別の道を取った。これは彼女の本能的な行動であったし、何かを彼女が見逃せないと感じたのだろう。

 ルナティカが外に出ると、探すべき相手は容易に見つかった。その人物は意識のないエルシアを肩にひょいと担ぎ、その場をゆっくりと去ろうとするところだったのだ。ルナティカが追跡しているであろうことは、とうに気がついているだろうに。


「待て」


 ルナティカが後ろから声をかけるが、その人物は振り返ろうともしない。だがルナティカがさらに近づこうとすると、その人物は歩みを止め、ゆっくりと振り返った。



続く

次回投稿は、4/27(金)9:00です。

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