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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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少年達、その34~覚悟~

「それは・・・だめだよ、オブレス」

「ソール、なんで――」


 オブレスが何も言い終わらないうちに、ソールはオブレスを蹴飛ばしていた。蹴飛ばされたオブレスは地面転げ、グラスライブの机で頭を打ち軽く声を上げた。


「ぐあっ」

「オブレス、僕は聞いてしまったんだ。僕達のアジトで君が司祭様を殺す話し合いをしているのを。相手の少年はよく知らなかったけど、そんなことは許されないよ。だって、僕達は司祭様がいないと何もできないんだもの。それにこんなにお世話になった大恩ある司祭様を殺すなんて、どうやって精霊や聖アルネリアに言い訳するの?」

「そんなことを言っている場合じゃ――」


 オブレスが何かを言おうとした瞬間、ソールが新しい包丁を取り出し、オブレスの右足に突き立てた。自分の足に深々と刺しこまれる刃物を見て、さしものオブレスも悲鳴をあげた。


「うわぁああああ!」

「ダメだよ、オブレス。悪い子にはお仕置きをしなきゃあ。ここではそういう決まりなのは、オブレスだって知っているよね?」


 ソールがオブレスに刺さった刃物をぐりぐりと捻じりながらオブレスに優しく語りかける。その様子がグラスライブそっくりで、オブレスはぞくりとした。苦痛に耐えながらソールの目を見れば、その目は既に常人のものとは違っていた。

 オブレスは、ソール目つきがいつの間にこれほど腐っていたのかを知らなかった。当の昔に、ソールは壊れていたのだ。ヴィラとは違う方向に。

 そのソールが語る。


「ダメだよ、オブレス。助けるっているのなら、どうしてもっと早く来てくれなかったのさ? 手首や足首の痣は繰り返し行われるお仕置きのせいで消えなくなってしまったし、お尻がね、痛くて毎晩眠れないんだ。だって司祭様は嫌がる僕にも毎日毎日――」


 そこからは聞くに堪えない『お仕置き』の内容の連続だった。確かにオブレスにも経験がある。だがソールが司祭に施されていたお仕置きは、どんな場末の娼婦でも許容できないような、限度を超えたものだった。それはお仕置きではなく、もはや拷問の領域である。

 オブレスは痛みで意識が飛びそうになり、無理矢理引き戻されるのを繰り返しながら、朦朧とする意識の中で考え事をしていた。もっと自分は早く、行動を起こさなければならなかったのだと。全ては既に時遅く、こうなるまで事態を悪化させたのは自分の責任だったのだと。

 そしてその事を裏付けるかのように、今度は扉からぞろぞろと騎士だけでなく、オブレスが仲間と頼んでいた人間達が入ってくるではないか。彼らを朦朧とする意識で見ながら、オブレスは絶望的な気分に浸っていた。


「グラスライブ様、お怪我は大丈夫ですか」

「え、ええ。もう回復魔術は施し始めています。怪我は多いが出血は大したことはないですし、致命的な傷は何一つないようですね。どうなることかと一時はひやひやしましたが」


 グラスライブは上半身を起こして、自分の腹心である騎士隊長に介抱されていた。その様子をぼうとして見守るオブレスだったが、その光景はオブレスの仲間達によって遮られてしまった。彼らは地面に這いつくばるオブレスを見下ろすと、口々に罵りはじめる。


「オブレス、俺達を裏切ったな?」

「・・・そういうつもりじゃ・・・」

「ならなんで司祭を殺そうとしているんだよ! 司祭を殺してしまったら、俺達はここから逃げる手段を失うんだぞ?」

「そうだ、エルシア一人で俺達全員が助かるのなら、そうすべきじゃないのか? 今までもそうしてきたし、俺達もそうやってこの『兄弟』を維持してきたんだ。今さらエルシアだけを特別扱いするなんて、不可能だ。そんな事は許されない!」


 少年達は通行証の事など知らない。少年達を呼んだのはソールだが、彼はわざと通行証の事を言わなかった。ソールにとって、不要な情報だからだ。

 口々にオブレスの行動を否定する連中を前に、オブレスは反論の機会を与えられなかった。ただオブレスは「違う、違うんだ・・・」とうわごとのようにつぶやくだけで、彼は目の前の出来事をただ朦朧として見つめるのみだった。

 そうするうち傷の回復したグラスライブが立ち上がり、自分の腹心の騎士に新しい法衣を用意させていた。グラスライブは魂の抜けたようになったオブレスを見下ろすと、腹心の騎士に躊躇いなくこう言った。


「オブレスを始末なさい」

「よろしいので?」

「もはやこの子供は不要です。何の役にも立ちません。それに司祭殺しはアルネリアにおいても重罪です。私の権限で許可しましょう」

「他の子どもは――」

「それについては追って沙汰を。それより私はそのような状況ではないのです。今夜はせめてあの少女を慰みにしながら、ゆっくりと考えを巡らすとしましょう。貴方も知っているでしょう? 私は自分の趣味に没頭している方が、余程冴えていると」


 楽しそうに笑顔で微笑むグラスライブに、騎士はさすがに面喰ったように、だが頭を垂れながら頷いた。


「・・・おっしゃる通りで」

「後でソールとレイヤーも呼んでおきなさい。今夜は遠慮なく派手に楽しむとしましょう。私はなんと言っても、窮地ですからね」


 グラスライブの表情は見えないが、オブレスは不思議とその言葉をはっきりと聞いていた。周囲の仲間達の自分を罵る声は、ろくに聞こえないにも関わらずである。既に半日前までは仲間だと思っていた少年達は、オブレスが何も反論しないのを見るとオブレスを蹴り飛ばし、何らかの反応を引き出そうとしていた。

 一人が蹴りはじめるとその行動は連鎖し、オブレスはその場の少年達にかわるがわる暴行を受ける羽目になった。刺されたわき腹からの出血はたいそうなものになっていったが、そのことを気に留める者は誰もおらず。集団での暴行は責任を分散する。一人一人が大した暴力を振るわないため、その総量がわからないのだ。オブレスが受けた暴行は既に健康な少年で受けたとしてさえ重傷の領域に達していたので、元々重症のオブレスにとってはもはや致命傷と言い換えてもいいだけの暴行となっていた。その様子を見て、グラスライブの腹心の騎士も自分が手を出すのを止めた。血を撒き散らしながら転げ回るオブレスを見て、その必要もないと思ったからだ。

 オブレスは最初こそ暴行の痛みで頭がはっきりしていたが、出血が多くなるにつれて意識は徐々に遠のいていた。自分が死ぬということも既に現実感を伴わないほどに彼はぼんやりとしてきたが、その中でやはり一つの目的だけははっきりとしていた。それは、仲間達への恨み事などでは決してなかった。


「(エルシアを・・・レイヤーを、ゲイルを助けないと)」


 オブレスは自分を優しい人間だと思ったことはない。だが、世の中に見捨てられ悲しい思いをした人間として、同じ思いを他の者にさせたくないとだけはいつも思っていた。だからこそ彼にはこれ程悲惨な状況においても笑いあえるだけの仲間ができたのだし、仲間も彼が自分達を見捨てないと信じたからこそついて行ったのである。

 ゆえに、オブレスに裏切られたと感じた仲間達の落胆はひどく、オブレスは余計に非難されたのだ。オブレスとしてはそこまで自分が信頼されているとは思っていなかったので、なぜ仲間がこれほど自分に当たるのかは理解に苦しんでいたが、もはや理解に費やすだけの余裕も同時になく、オブレスを支配したのは、結局のところ彼の原義ともいえる感情だけだった。

 その感情に従い、オブレスは最後の力を振り絞って右手を握りしめた。その手の振り下ろされる先は――自分。



続く

次回投稿は、4/23(月)9:00です。

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