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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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少年達、その33~逆転~

「なんですか、その目つきは。それに何をやめると言うのです?」

「お前を人間扱いするのをやめたって言ったんだ。もう容赦しない。どんな下衆野郎でも、今までの恩があればこそ、命だけは助けたかった。でも、もうそれもどうでもいい。お前みたいなクソ野郎、死んだ方が世の中のためだ」


 オブレスが懐から、指先よりも少し大きい程度の石を多数取り出す。グラスライブは何事かと身構えたが、オブレスはその内の一つを空中に放り投げると、おもむろに右手の槌で叩いたのだ。叩くと同時に銀の火花が輝いたようにグラスライブは錯覚したが、反射的にグラスライブは防御魔術を強化して展開していた。グラスライブはそう大して強い魔力の持ち主ではないが、長きに渡る研鑽は彼を司祭たるにふさわしいだけの実力を備えさせた。

 だがグラスライブの期待とは裏腹に。そして鍛え上げたはずの研鑽が施す魔術障壁はなんら意味すらなさず。グラスライブの左足には、その小石が骨までめり込んでいたのだった。


「な・・・に?」


 グラスライブが痛みと現実を理解するより早く、足にめり込んだ小石はグラスライブの左の足の自由を奪った。片膝をつくグラスライブに、さらにオブレスが小石を槌で殴りつける。グラスライブは魔術が発動しなかったのかともう一度同じ魔術を張ったが、今度は魔術が正常に作動したのを確認したにも関わらず、小石が魔術障壁を突き抜けたのを確認したのだ。今度の小石はグラスライブの右手にめり込み、そしてその動きを止めた。


「ぐわあっ! 貴様、これはっ!」

「油断したな、グラスライブ。俺が唯の子どもだと思ってたんだろう?」


 オブレスは左手にある小石を掌で遊ばせながら、膝まずいたグラスライブを見下ろした。グラスライブは脂汗を浮かべながら、オブレスを見上げている。その表情は苦悶と、そして困惑の色が見て取れた。

 オブレスはグラスライブに語る。


「こいつは『誘惑する槌』って言ってな。俺の父親が持っていた遺品に入っていた、特殊な武器だ。なんでも、こいつで二回目になぐった物は、最初に殴ったものとひっつこうとするんだそうだ。名前と槌であることがそぐわないと父親は言っていたけど、なんどか試すうちにそういう効果があることがわかってさ。なるほど、名前の通りだと納得したものさ。確かになんでもひっつけてしまうんだから、確かに誘惑しているなって」

「『遺物アーティファクト』の一つか! そんなものがあるならば、なぜ今まで隠していた!?」

「お前一人を殺すならいつでも使えたさ。だけどな、それは俺の自己満足だ。お前を殺しても何も状況は好転しないどころか、むしろ悪化するのがわかってたしな。それに父の形見を、貴様見たいな下衆野郎に使うのも汚らわしかったんだよ!」


 オブレスはその言葉と共に三つ目の石を放った。今度はグラスライブの耳を石が撃ち抜く。そして耳の中に石は固定された。


「ぐあああああ!」

「俺には、お前みたいな豚野郎を苦めて楽しむ趣味はないけどな、この武器はどこに当てるかなんて選べないんだ。わるいが、ひと思いに死ねるとは限らない。武器としては欠陥品だが、俺としては、そう簡単に頭や胸に当たらないでくれって思っているんだけどな!」


 オブレスが次々と石を槌で叩く。連続して放たれる石はグラスライブの右肘、右踝、左肩に命中する。石はグラスライブの肉を、骨をえぐるが突き抜けないため、血はさほど出ない。だが体の中で石が停止する分その衝撃は大きいのか、グラスライブは痛みのあまり白目をむき始めていた。

 オブレスもまたこういった敵を間近で打ちのめすことにはさほど慣れていはないのか、あるいはグラスライブを追い詰めることに緊張しているのか、戦いの優勢さ程には楽そうな様子ではない。肩で息をしている彼はグラスライブの右わき腹に石を打ちこむと、その手を一旦止めた。


「ふん、悪運だけは強い奴だ。こういう奴ほど長生きしやがる」

「ぐ・・・は」


 グラスライブはオブレスの悪態に応える間もない程、激痛に苛まれていた。グラスライブはアルネリアの司祭として決して弱くはないが、実戦慣れしているわけでもない。まして前線で体を張って闘ってきた種類の司祭ではないので、実戦における苦痛など久方ぶりだったのだ。腹を押さえてうずくまるのみで、特に対抗手段を見いだせない。アルネリアにおける攻撃魔術の使用は、巡礼の任務についた者しか使用できないし、習得が許可されないのだ。

 オブレスがそこまで知っているわけではないが、彼はグラスライブとは油断なく距離を取って闘っていた。もし右手を使えない状況にされたら、オブレスが今度は窮地に陥るからだ。オブレスが深呼吸をし、グラスライブにとどめを刺すべく槌を振るおうとしたちょうどその時である。部屋の扉が唐突に開いたのだ。

 その方向をはっとした表情で振り返るオブレス。グラスライブもまた脂汗を額ににじませながらそちらの方を見た。もし入ってくるのが神殿騎士達なら形勢は逆転する。騎士ならオブレスが石を一つ叩く間にも、彼と距離を詰め即座に槌を叩き落とすだろう。

 だが、その扉から入ってきたのはソールだった。彼は部屋にするすると入ってくると、扉をパタンと閉めてから部屋の様子を見たのだ。その状況に気付き、はっとした表情でオブレスとグラスライブを見比べるソール。


「司祭・・・さま?」

「よ、よいところに来ましたソール・・・人を呼んでほしいのですが」

「こいつの言うことを聞くな、ソール!」


 グラスライブは懇願し、オブレスが叫びソールはびくっと肩を震わせた。ソールは気の小さな少年である。大声を出すと、それだけで物陰に隠れてしまうような。案の定、彼は本棚の陰に隠れて、二人の様子を見守っているのだった。

 だがオブレスはより強い目でソールを睨み、自分の方に手招きした。するとソールは後ろで手をもじもじさせながら、オブレスの方に近寄ってきたのだ。そのソールを自分の後ろに引っ込めるようにし、グラスライブに再び向き直るオブレス。


「待っていろ、ソール。今までつらい目をさせて済まなかったな。今俺が助けてやる」

「オブレス、司祭様をその・・・殺す、の?」

「ああそうだ、俺達が皆幸せになるためにはしょうがないんだ。お前は見なくていい、俺が全部やってやる!」


 オブレスが覚悟の声と共に石を宙に放り投げ、それを槌で叩こうとした。だが、石は叩かれることなく地に落ち、オブレスは槌を叩くその行動を止めてしまっていた。

 オブレスは自分の身に何が起きたかわからず、自分が体を止めた原因を探る。見れば、右のわき腹に包丁が付き立っているではないか。血の流れるその包丁の先、血に濡れて手を震わせているのは他でもない、ソールだった。



続く

次回投稿は、4/22(日)9:00です。

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