少年達、その30~追い詰められる者~
「イライザ、あの男をどう見た?」
「そうですね・・・何かしら裏がありそうな印象ではありました。見た目通りの人物ではなさそうだと」
「どうして?」
「あの司祭はともかく、お付きの騎士の雰囲気がまっとうではないです。私達を案内したあの騎士ですが、目の光が正道の者とは違いました」
「いい読みだわ。私も同じ印象だし、グラスライブとの会話は、まるで古狸とでも化かし合いをしているような気分になった。それにあの神殿騎士の男だけど、深緑宮にも一度務めた形跡がある。その時も多少浮いた存在だったようね。問題行動こそないけど、どこかしら影を抱えたような、孤立した男だったそうよ。
それにあの資料を読んで確信したわ。グラスライブはあれだけの働きができる男にしては、やっている行動が少なすぎる」
エルザの言葉にイライザは首をかしげた。イライザはそこまで頭の回る人間ではない。正直な所、グローリア時代の成績も半ばくらいだったのだ。それは剣の修行に明け暮れたせいもあるが、イライザ自身頭の回転が速いとは自分で思っていない。
イライザがよくわからないといった顔を隠さないので、エルザは微笑みながら解説した。
「いいかしら、イライザ。あの男の部屋に花瓶があったけど、あそこに活けてあった花を知っているかしら?」
「いえ・・・確か薄紫の花でしたが」
「グラスライブが知っているかどうか知らないけど、あの花はレストリアの花と言ってね。安眠効果のある花だけど、ちょうど今の時期は毒になるくらいの睡眠効果のある花粉を飛ばすわ。正気の人間なら、部屋には絶対に置かない。あれがあるだけで、人によっては一日中でも眠ることができるもの。 そうね、半刻もなく人を眠りに誘い、そのまま寝かせ続けることができるかしら。我々は修行のせいで本能的に周囲に魔力を巡らせるから、あまりその影響は受けないのだけど」
「なるほど、ですが意識的に魔力を切れば・・・」
「安眠できると、そういうわけよ。だけとあんなものを部屋に置いておくと、今度は起きることができないわ。部下に花を移動させるにしろ気付け薬を使うにしろ、あんなものを使う以上グラスライブは高確率で眠るのに困っている人間よ。彼の活動時間は人より長いはずだわ。そして優秀で野心もある男が、普通の司祭よりちょっと多いくらいの業績しかこの国で残していない。これはつじつまが合わないわ」
エルザの言葉にイライザもなんとなく状況が呑み込めてきた。さらにイライザはエルザに聞いてみる。
「つまりグラスライブは、表だって報告していない行動があると。エルザ様がそのことを調べるおつもりなのですね?」
「もちろん。だから私自らこの国に残って調べようってわけなの。グラスライブの事だから巧妙に証拠を隠しているだろうけど、私の手にかかって調べられないなんてことは早々ありえない。リサが調べてくれた情報を合わせると、アルネリア側はともかく、何かしらスラスムンド側に証拠が残っているはずよ」
「それならば国を占拠するのは一石二鳥ですね」
「私は三鳥目も狙っているのだけどね」
エルザが声を潜める。それに合わせるようにイライザもエルザの傍に寄った。後ろにいるリサは、今はセンサーを切っているはず。エルザ達がアルネリアの業務に関わる会話をしているからだ。このひそひそ話も聞こえるはずはないのだが、エルザは簡易の防音魔術をそっと二人の周囲だけに張った。
「いい、ここからはアルフィリースにも話していないわ。アルネリア教会内の不穏分子の件は知っているわね?」
「なんとなくは」
「グラスライブがもしかすると関わっていないのかと、私は疑っているの。もっともミリアザール様が調べても証拠を残さない連中よ。一筋縄でいかないのは分かっているけど、とっかかりでもつかみたいわ」
「証拠が何も出なかったから?」
「それはそれで、そのこと自体が証拠になるのよ」
エルザの言葉にイライザはまたしても不思議そうな顔をしたが、エルザはやはり笑顔で返し、イライザの肩をぽんと叩いてやった。
「さ、この話はとりあえずここまでよ。今はやるべきことに集中しましょう。国境で待機する騎士達を呼び寄せないとね」
「わかりました」
エルザは引き上げながら、今後の段取りについてその頭を巡らすのだった。
***
一方で残されたグラスライブはどっしりと部屋の椅子に座り、虚空を見つめながら温めたミルクをすすっていた。その目はどこかしら悟りを開いたように穏やかである。
先ほど自分の腹心の騎士には、既に用事を申し付けた。後一刻もなく準備は整うだろう。
「(ここまでか・・・)」
グラスライブは諦めにも似た境地に浸っていた。先ほど自分の目の前に現れた若い大司教。あの歳で就任するだけのことはあり、もはや自分が裁かれるのは時間の問題だと悟った。エルザと名乗った大司教は、何かしらの確信をもってこの土地に乗り込んできたのだ。簡単に引き下がるようなことはしないだろうし、自分はともかくスラスムンド側には何らかの取引の証拠が残っていることは十分に考えられる。定期的にアルネリアの監査が内密に入っていたことは知っているし、そのためにアルネリア側の証拠隠滅は徹底的に行ってきた。だがまさか、スラスムンド自体を占拠して調べに来るとまでは思わなかったのだ。スラスムンドの大臣達が、証拠隠滅に心を砕くほど繊細だとは思えない。さきほどの大司教なら徹底的に調べ上げる事だろう。
それに疑われただけでも、既に出世の道は閉ざされたに等しい。自分と同等の立場にいる者達に比べ、特に自分が突出しているとはグラスライブも思っていない。その状況で最高教主に近い身分の人間に疑われれば、その時点で出世はなくなったも同然だった。
だがそれはそれでいいかともグラスライブは思う。老い先のそこまで長くない身。それに自分の方法論は賞賛に値し、これからも採用されるだろうとエルザは言ったのだ。その部分に嘘はないとグラスライブは信じることができた。グラスライブから見てエルザはいかに頭が切れるとはいえ、まだ若い。その感情がこの上なくまっすぐなのだ。あのまっすぐな目に嘘はないだろうと、グラスライブは信じることができた。たとえ裁かれる身になったとしても、自分の方法論がアルネリアで採用される過程だけは見届けてみたいと彼は思うのだ。
「(そうなると、裁判までの時間稼ぎができればなおさら言うことはない・・・となると)」
『兄弟』の人間達は邪魔だとグラスライブは思うのだった。何かの役に立つかと傍に置いていたし、実際役に立ってきた少年達。自分の仕事的にも、その欲望的にも。だがもはやその用途をグラスライブは見いだせなくなってきていた。彼らの証言は自分に不利に働くだろう。
そんな時、グラスライブの部屋の戸を叩く者がいる。
続く
次回投稿は、4/16(月)10:00です。