少年達、その27~悪霊の囁き~
「グラスライブを殺せば、キミ達は完全に自由の身だ。もちろんアルネリアに教会にばれれば一大事だしこっそりやる必要があるけど、心配しなくてもこの町は今夜にでも崩壊する。多少何をやってもわかりやしないさ。
それにキミは知らないかもしれないが、グラスライブの持っているアルネリアの通行証っていうのは、持つ人間によらず効果を持つんだ。その手形さえあれば、ほとんどの国境は自由に通れる。聖都アルネリアに直接入ることを除けばね。もちろん怪しまれることもあるだろうが、そこは聖都への集団巡礼だとでも言えばなんとかなるさ。だからアルネリアの通行証は厳重に管理されているし、闇市なんかで高値で取引されるけどね。知ってる? アルネリアの通行証って、失くしたら巡礼資格剥奪とかになるんだぜ」
「そんな情報はどうでもいい。だが、通行証が俺にでも使えるっていうのは本当か?」
「ああ本当だ。それさえあれば、大陸中どこの都市にでも行けるだろうね。あるいはいっそアルネリアに行って、神殿騎士団とかになっちゃうのもいいかも。あの都市は貧民層にも優しいし、最高教主は悪党にも近い人物だ。仮に君がグラスライブを殺したのが分かったとしても、君がそれ以上に有能であれば何もおとがめはないだろう。だいたい、グラスライブ自身が既に最高教主に目をつけられているんだ。彼に付き従う方が危ないね」
へらへらと様々な事を語るドゥームにオブレスは警戒心を抱きつつも、活路を見出したような気持ちになっていた。ドゥームがそこまで諸事情に詳しいことなどもはやどうでもいい。この悪夢のような生活から解放される可能性がある。それだけでオブレスには十分だったのだ。
そうなると問題は手段である。相手はオブレスから見れば達人級の使い手。そして彼を護る神殿騎士団がおよそ30数名。ほかに神官や一般兵もいるし、正面から突撃するのは自殺行為にも等しいが、仮に一対一だとしても仕留められる可能性はかなり低い。
悩むオブレスだが、彼には奥の手段がないわけではなかった。父親の形見でもある『アレ』を使えばあるいは勝機は見いだせるかもしれないが、それにしてもタイミングが重要になる。グラスライブは非常に用心深い。護衛の騎士が付かないことなどまずないのだ。部屋にいなくとも、部屋の外でこちらの一挙一動を窺っていることなど既に知っている。特に騎士長の腕前は尋常ではなく、どのような手段を使っても勝てる見込みが見いだせなかった。オブレスとしては、まずはグラスライブと一対一で会える手段を考えなくてはならなかった。
「会うこと自体は問題ないが、あの護衛の男をどうやって・・・いや、他に良い手段があるはずだが・・・」
「ねぇねぇ、お悩み中の所を悪いんだけどさ」
ドゥームがひょっこりとオブレスの顔を覗き込む。オブレスはびっくりしてその顔を上げるが、ドゥームが今までになく人懐こい顔をしている気がして、ちょっと愛嬌を感じてしまう。そのドゥームは人懐こそうな表情で、恐ろしいことを言い始めた。
「そう言えば例のエルシアちゃんだっけ? 放っておいていいの?」
「? 何がだ?」
「多分、今頃グラスライブの所にいるんじゃない?」
その一言でオブレスの顔が再び真っ青になった。確かにエルシアの顔を見てはいないが、その辺をぶらついているのだろうと思っていた。だがドゥームの言葉が真実だとすれば、事態は既に最悪の状況だった。こんなところで策を練っている場合ではない。
「なぜだ! なぜグラスライブの所に――」
「親切なシスターがわざわざ彼の元に送ったのさ。まぁ当然の配慮だし、彼女達に全く悪意はないんだろうけどねぇ。小さな好意、大きなお世話ってね。さて、どうする?」
「くぅぅ・・・仕方ない!」
オブレスはそのまま走って部屋を出ると、どこへなりと去ってしまった。その後ろ姿を笑顔で見送るドゥーム。その背後にオシリアが出現する。
「首尾は?」
「上々さ。オブレスの追跡はもうやっている。まもなく彼は父親の形見である遺物の元に走り去るだろうね。彼を追い込んだ甲斐があったよ。グラスライブに普通の少年が対抗するには、何かの力を借りる必要があるだろうから」
「それにしてもよかったわ、まだ遺物が存在していて。彼の父親が持っていることまで突き止めたのはよかったけど、まさか本人が死んでいるなんてね。でも子供が機転がきく子だったから、彼は咄嗟に隠したのね」
「まあ遺物は普通の物理衝撃じゃ壊れないからね。どちらにしてもいずれ僕の手に入ったとは思うけど、オブレスが隠したのは安全な反面、どこにあるのかわからなくて困ったものだった。でももうすぐ僕の手元に来る。僕が欲しかった遺物がね」
「『誘惑する槌』と『記憶の実る杖』だったかしら? 何に使うの?」
「それはまだ秘密。でもきっと面白くして見せるから楽しみにしてて」
ドゥームがその言葉と共にオシリアに口付けをしようとすると、オシリアはドゥームの首を180度反対に捻じ曲げてその場から消えた。ドゥームはあたふたと自分の首を修復しながら、よろめきながら彼女の後を追うのだった。
***
一方、アルフィリース達とエルシア、ゲイルは魔物の群れから逃げていた。彼らは建物から出ることなく、外に脱出したアルフィリース達をうらめしそうにしばし眺めると、建物の奥深くに再び戻って行った。
その様子を見て剣を収め、アルフィリース達は一息つく。
「あれはなんだったのかしら。ライン、見たことある?」
「知らねぇな。だがまっとうな連中じゃないのは確かだ。斬り飛ばしても再生こそしないが、まったく死ぬような気配が感じられなかった。現に首をすっ飛ばしてもまだ動いてたしな。あれは実体を持った悪霊みたいな生物だな。普通にやりあったら、殺しつくすのは非常に難しいと思う」
「私も同意見です。あれは悪霊が何らかの方法で人間に取り込まれて発生したものでしょう。今までにも何件か遭遇したことがあります。ここまで数が多いのは初めてですが」
ラインとエルザが口々に言い、彼らは自分達で話し合いを始めてしまった。彼らに比べて経験の薄いアルフィリースは、特に意見を出すようなこともない。
そんなアルフィリースがふと目を逸らすと、エルシアとゲイルがこっそりとアルフィリース達元を離れようとしていた。あわててその二人の首根っこをつかむアルフィリース。
「ちょっと待ちなさい」
「何すんのよ! もう用は済んだでしょ?」
「放せよ!」
エルシアとゲイルはアルフィリースの手を振りほどこうと暴れたが、アルフィリースの手を離れた瞬間に、今度はルナティカの小刀が喉元に突き付けられた。その瞬間に大人しくなる二人。それを見てアルフィリースはため息をついた。
「別に取って食いやしないし、そんな趣味もないわ。でもお礼の一つくらいあってもいいんじゃない?」
「誰も助けてくれなんて言ってないし、余計なお世話よ!」
「まあ勝手に助けたのは私達だけど。何をそんなに怒っているの?」
じっと覗き込むようなアルフィリースの目線に、エルシアはぐっと言葉に詰まる。確かにここ最近エルシアはいらついてはいた。それはオブレスが何かを行う時に自分に相談してくれない事に対するいらだちでもあるし、ここでは歳の近くていつも一緒にいた、レイヤーやゲイルが最近会うことも徐々に少なくなっていることにも起因する。
ゲイルは日雇いの労働があればそれに出かけていくし、年配の者達に交じって周囲に威圧の粉をかける役を持つようになった。レイヤーはグラスライブの元で小間使いとして働いているらしいし、まだ決まった役目や仕事を持たないエルシアは、なんだか自分だけが役立たずになったような気がして申し訳なかったのだ。
それを一瞬で見抜かれて、エルシアは恥ずかしいやら嬉しいやら複雑な気持ちになり、黙りこくってしまった。だがアルフィリースはそんな事には気づかず、とりあえずエルシア達に自己紹介をすると彼女達を安全な所にまで運ぶことにし、一行をまとめるのだった。
そんなアルフィリース達がたどり着いたのは、当然と言えば当然、最悪といえば最悪なことにアルネリア教会に到着する。エルザがグラスライブに会っておきたいということもあったし、エルシアとゲイルがどうあれ、アルネリアの教会なら安全だとは思ったのだった。
エルシアとゲイルはその場所について複雑な顔をしたが、確かに安全な場所に違いない。普段から暴漢やらちょっとした喧嘩は『兄弟』 が収めることになっているが、万一人殺しやあるいは魔獣の出現があった場合はアルネリア教会に連絡することになっている。エルシアとゲイルはこの教会の人達が人が良いことは知っていたのだが、どうしてもグラスライブが好きになれなかった。理由はよくわからないが、グラスライブの前に出る時、オブレス達は一様に凍りついたような表情をするからだ。彼らが本能的のグラスライブを恐れていることはエルシア達にもよくわかり、そんな相手をエルシアやゲイルが好きになるはずもなかった。一見すれば穏やかな好々爺にも近いような人物だが、何か人を怯えさせるようなものを持っているとエルシアもゲイルも察したのだった。
だがそんな事情など知らないアルフィリース達は、別の目的でこの場所を訪れていた。エルシア達を届けたのはついで。彼女達の真の目的は、もとよりグラスライブに会うことだったのだ。
アルネリア教会にとっては日常的な光景だが、教会の前では若い僧侶が清掃をしていた。まだ修行の身分なのだろうか。こういった雑用をすることも多い。その僧侶にエルザが話しかけると最初はきょとんとしていた僧侶だが、エルザが大司教の身分を証明するとなぜか敬礼をしながら教会の中に走り込んでいった。階段を上がる時に僧侶がつまづいてこけたのは愛嬌ということにしてあげたい。
ほどなくしてエルザは居並ぶ騎士達に迎えられた。またグラスライブ自らも出てきて、エルザを迎えたのだった。
「これはこれは、大司祭様が御自らこのような場所を突然訪れるとは。突然の訪問でなければ、もっと手厚くもてなせたものを」
「遠慮はいりません、司祭。私がこの場所を突然訪れたのは、それなりに理由あっての事。歓待をしてほしいわけではありませんから」
「さりとて歓迎せぬわけにもいきますまい。まずはこちらへ。このような都市ゆえ何もありませぬが、できる限りのことはさせていただきます」
「馳走はいりませんが、落ち着いて話せる場所は欲しいですね。案内していただけますか?」
エルザはやわらかにグラスライブに話しかけると、案内されるままにイライザと共に教会の中に入って行った。アルフィリースはそのまま外で待つようにエルザに促され、やむなくラインなどと別室に通された。彼女はその目の端で、エルシアとゲイルが別の部屋に通されるのを見たのである。
続く
次回投稿は、4/12(木)10:00です。