少年達、その26~三番目の選択肢~
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「くそ、くそ・・・どうする? 考えろ、考えろよオブレス!」
オブレスは一人、自らのアジトでぐるぐるとまわりながら考え込んでいた。昨晩は一睡もしていないが、彼の頭は冴えに冴えている。その頭を持ってすれば、オブレス自らが取れる選択肢などそう多くはない事に彼自身気が付いているのだが、彼がいまだに悩んでいるのは決断ができないせいでもあった。
そう、昨晩に彼の財宝が奪われた段階で、オブレスは相手が誰だかを突き止めるように仲間達に命令した。彼らは良く動き、朝方には相手が『天駆ける無数の羽の傭兵団』だということは突き止めたのだが、
同時に交渉の余地がない事も明らかだった。相手は正規の傭兵団。しかも300人規模の傭兵団であり、スラスムンドの正規兵が守る拠点を簡単に蹴散らしたことからもその実力がうかがえた。また相手に非があるわけでもない。彼らはギルドからの要請で動いているのだ。その一環として盗賊団とおぼしきアジトを急襲したと言えば、ギルドによってその行動の正当性が保証されてしまう。
もしこの時、オブレスがエルシアからの話を聞いていれば。アルフィリース達がギルドからの依頼書なしにオブレス達のアジトを急襲したと知っていれば。また話は変わっていたのだが、オブレスはそのことを知らなかった。
よってオブレスは財宝に関しては諦めざるを得ない、このままスラスムンドで生活を続けるしかないというのが彼の決断となりつつあった。一通の手紙が彼の元に届かなければ、その可能性が一番高かったろう。
その手紙は、グラスライブからのもの。彼が提示したのは先の条件はそのまま(エルシア、ソール、レイヤーを置いていけということ)だが、その他現在の『兄弟』の幹部以上の人間は、何か理由をつけてアルネリア近郊まで同行させるということだった。また本人達にその気があれば、アルネリアにて面倒を見ても良いということだった。
この条件は正直、破格の待遇である。アルネリアでの留学というのはオブレスも知らぬことではない。何らかの縁でアルネリアに留学できれば、そこでは身分にかかわらず能力と努力次第で騎士にでもなんにでもなれるという歴史がある。貧民街の少年達がこの噂を知った時、彼らの目がいかほどに輝いたことか。
オブレスもグラスライブの世話になることが正直嫌ではあるが、グラスライブの年齢を考えればそう彼が長生きするとも思えないし、自分達の人生の残りの長さを考えればこの申し出は受け入れるべきであった。
ただ問題は幹部でもなんでもない少年達はただ取り残されるということ。そしてグラスライブの元に残される三人は、これから地獄の方が余程ましだと思えるくらいの運命が待っているという事。その地獄は正直『兄弟』のメンバーの何人もが見てきた光景であるが、その多くは無事生きている。何人かは消息不明になり、あるいは発狂した者もいるが、オブレス達はその事をなかったことにした。ビュンスネルの裏路地では日々の食事にありつくだけで精一杯で、そんなことに気を遣う余裕すらなかったのだ。弱い者は死に、強い者だけが生きる。現代の泰平の世の中とかけ離れた常識が、ここでの日常だった。
だが今はどうだろうか。オブレス達は少なくとも食うには困らないだけの生活を何とか手に入れたし、これ以上を望む必要があるのだろうか。確かに何の保証もない生活ではあるが、満ち足りているのは今ではないのか。今以上の生活を、誰かの犠牲の上に求める必要があるのか。またグラスライブの誘いを蹴って、はたして無事でいられるのか。オブレスにはその判断ができなかったのだ。彼の仲間はオブレスの決断を待つばかりで、彼に助言をする者など誰もいなかった。
彼は悩むうちに朝を迎え、それでも結論はでなかった。グラスライブの提示がいっそなければ、判断は非常に楽なのにとオブレスは手紙を憎々しげに見つめるが、見てしまったものは仕方がない。オブレスは昨日エルシアが座っていたソファーに腰掛けると、大きく一つため息をついた。
「どうするべきか・・・貧しくとも全員でこの生活を続けるか、あるいは犠牲の元にのし上がるか。前者は今までの生活だが、今度はグラスライブの保護はない。彼らの保護がなければ、我々に恨みを持つ集団が何を仕掛けだすか。それにこの国の命運もいつ尽きるかわからない・・・
後者は確かに現実的な手段だし、俺達が今まで他に対してやってきたことだが、それを身内に行うことに対し、果たしてどれほどの反発が起きるのか。俺にはどうしていいのか・・・」
「じゃあボクが教えてあげようか?」
一人悩むはずのオブレスに声をかける者がいた。オブレスが振り返ると、壊れて開きっぱなしの扉にもたれるように少年が笑顔で立っていた。そのふてぶてしい態度に、驚くよりもむっとするオブレス。
「誰だ。いつからそこにいた」
「結構最初から。君が『エルシア、好きだー』って言っているあたり」
「そんなことは言ってねぇ!」
思わずオブレスが顔を赤くしながら激昂するが、少年はへらへらとしながらオブレスに語りかけた。
「お兄さん、無理しなさんなって。彼女、可愛いじゃないのさ。大人になったら美人になるよー? 君だって多少狙ってただろう?」
「俺はそんなやましいことは――」
「やましくないさぁ。可愛い者を手元に置いておきたいと思うのは、誰しも同じ。そういう点では君とあのグラスライブは同類かもね。あるいはあいつの病が君にも伝染ったかな?」
「あんな奴と一緒にするな!!」
オブレスが壁を殴ったので、少し古くなった天井からぱらぱらと破片が落ちる。オブレスは加減もしなかったのか、その手からは血が滴っていた。その様子を見て少年はちょっと驚きながらも、ますますもってニヤリとしたのだった。
「そう怒りなさんな。僕の名前はドゥーム。悩めるキミに知恵を貸しに来たんだ」
「・・・なぜだ。誰に頼まれた?」
「怪しさ満点なのを承知で言うけど、それは言えないねぇ。だけどキミにとって重要なのはそこではなくて、今この現状をどう打開するか、じゃない?」
「く・・・」
ドゥームの言うことはもっともだったので、オブレスは思わず黙りこくってしまった。そんな彼を見て、ますますドゥームは調子を上げる。
「キミの悩みは、全員で先の見えない生活を続けるか、少数でもより確実に平和になる方法を選ぶか、ってことだろう?」
「・・・簡単に言えばそうだ」
「僕はここに第三の選択肢を用意することができる。グラスライブを殺すんだよ」
悪魔のようなドゥームの囁きに、オブレスははっとした。オブレスが昔考え、だがしかし可能性の低さと失敗した時の危険性を考え、全員のためにと無理矢理自分を納得させて頭から抹消したその可能性。オブレスはその事をふと思い出したのだ。
グラスライブさえいなければ。オブレスとてそのことを考えなかったわけではないのだ。オブレスの表情を見て手ごたえありと考えたのか、ドゥームは自分の考えをぺらぺらと話す。
続く
次回投稿は、4/10(火)10:00です。