少年達、その24~封書を追って~
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迎賓館がグンツの襲撃に遭った翌朝。アルフィリース達は行動を開始していた。既にロゼッタより財宝奪還の報告は得ている。その総額は少なく見積もっても500万ペンドはくだらないというのが、ロゼッタの大雑把な計算だった。アルフィリース達は正規の依頼の、実に6倍以上の報酬を得たのである。
こうなると正規の依頼は大した稼ぎとならないのだが、アルフィリースは依頼の達成にこだわった。目当ては報酬ではなく、依頼を達成したという実績である。アルフィリースは一つの行動で一つの結果を残すのをよしとしない。一つの行動で二つ以上の利益を出してこその戦略だと、以前アルドリュースが言っていたのを覚えているからだ。アルフィリースはこの依頼の達成を足台に、さらに大きな依頼を得ることを目標としていた。
そうなると必要なのは、少女に奪われた依頼書の残り半分。これを探すためにリサとルナティカに朝から協力を頼んでいたのだった。アルフィリースは下手をすれば数日をここで費やしかねないと思ったのだが、予想外にもあっさりと相手の痕跡は見つかった。
「ここに誰かが生活していた跡がある」
見つけたのはルナティカ。センサーでは引っかからないような跡を、ルナティカはいち早く発見した。生物の探知を主に行うリサだが、やはり無機物の探知に関してはルナティカの方が鋭いことがままある。少し悔しそうな顔をするリサを尻目に、ルナティカは焚火の後を見つめていた。
「灰があまり四散してない。これは最も近くて数刻前、古くても一日前のもの。人が移動した形跡もあるし、ここから相手の事を辿れるかも。リサ、協力して」
「合点承知の助です」
リサのよくわからない気合の声と共に、だがしかし二人はいち早く相手の所在を突き止めた。一刻の後には彼女達は目的の少女を見つける事に成功したのである。少女は何かを不満に思っているのか、隣の少年に当たり散らしながら歩いている。そして傍には新たに見る少年が一人。追跡をしていた面々が、腰をかがめて様子を見る。まだ少女達は、アルフィリース達に気が付いていないようだった。
「(アルフィリース、命令。殺る、それとも攫う?)」
「(物騒な選択肢ばかりを用意しないでちょうだい。もう少し穏便に行きたいわ。しばらく様子を見ましょう)」
アルフィリースの命令に従い、一行は少し子供達の様子を見ることにした。彼らは見られているとはつゆ知らず、緊張感のない会話を交わしている。少年の方はややうんざりとしているようだったが。
「エルシア、もうそろそろ戻ろうぜ。兄さん達が帰ってきているはずだし、これからどうするか聞かないと」
「嫌よ、ゲイルだけ戻れば?」
「そういうわけにはいかないだろ。この町では一人では動かない事が原則だ。エルシアをほっとけないだろ」
「へーえ、私の事が気になってしょうがないんだ?」
エルシアの意地の悪い質問に、だがゲイルと呼ばれた少年は顔を多少赤らめる。
「そ、そうは言ってないだろ」
「顔なんて赤くしちゃって、かーわいい!」
「からかうなよ! 同い年だろ?」
「そうだけど・・・あれ?」
エルシアが何かに気が付いたように周囲を見渡す。アルフィリース達は気が付かれたのかと首をすくめたが、だがエルシアはアルフィリース達がひそんでいる方向など見向きもしなかった。何かもっと別の事が気になるようだ。ゲイルもそんなエルシアの様子を訝しんだのか、エルシアに不思議そうに尋ねる。
「エルシア、どうしたんだ?」
「ねぇゲイル、なんだか変じゃない? 今日私達は朝にアジトを出てから、誰かを見たかしら」
「そういやそうだな」
エルシアの指摘通り、ゲイルも誰も見ていない。そろそろアジトを出てから一刻は経過しているはずだと、ゲイルは日の高さを見る。何かがおかしいとエルシアとゲイルがあたりの様子を見ていると、建物の中にゆらめく人影をゲイルは見た。
「エルシア、建物の中には人がいるようだぜ」
「本当に? それにしては気配を感じないけど・・・」
「気配とか猫みたいな事を言うなよ。ちょっと冷やかしてみようか」
「やめなさいよゲイル。ここでは余計な事をしない方がいいわ。この辺は裏路地の中でも、さらに治安が良くない所なんだから。何年か前も、ここでは変な病気が流行ったって誰かが言ってたわ」
「構うかよ。俺達は『兄弟』の一員だぜ? ここで俺達に手を出すなんざ、命知らずもいいとこだ」
ゲイルはオブレスが後ろにいることがよほど自信になるのか、彼はずんずんと建物の中に入って行ってしまった。エルシアは半ばあきれ顔で彼の後姿を見ていたが、なんだかんだと彼の事を放ってはおけないのか、ゲイルの後を追うように建物の中に入って行った。
元はそれなりに整備された集合住宅だったのか、造りこそそれなりにしっかりしていたが、入り口は壊されているし、窓のひさしや仕切りもほとんどない。こういった建物の中はたいてい浮浪者達が住み着いているし、彼らをうかつに刺激すると何をされるかわからないので、エルシアは滅多に近寄りはしないのだ。
柄のあまりよくないゲイルなどは浮浪者をからかうことに躊躇いがないし、探検だという名目でしょっちゅうこういった場所にレイヤーやソールを連れて出入りしている。今まで何もない事が奇跡的だとエルシアはいつも呆れていたが、今回は自分が巻き込まれる羽目になるとは想像していなかった。ただ自分は愚痴をゲイルに聞いてほしかっただけなのにと、不満げなエルシアはそれでもゲイルの後を追いかける。
建物の中はほとんど陽が射さないのか薄暗く、階段の部分だけが外に接しているせいで、少し強く光が届くようになっている。まるで暗がりに階段だけが浮き出るような光景に、エルシアは背筋が震えるような思いをした。時期はまだ春が訪れたばかりであり、昼であっても暗がりは寒い。エルシアは自分の身が固くなるのは寒さのせいかと思っていたが、どうにもこの光景があまりに不気味なせいもあるのかもしれない。
ゲイルは階段を上がって行ったのか、足音が階上から聞こえる。彼の後を追おうとエルシアが階段に向かうと、彼女は妙な事に気が付いた。階段は一部が外に出ているので仕方がないのだが、陽があまり入らないように色々な置物がおいてあるのだ。それはベッドであったり、あるいは戸棚であったり。良く考えれば、いくら廃墟とはいえ、昼にこの暗がりはあまりに暗すぎる。エルシアがもう少し階段に近寄ってみると、そこにある戸棚には食器や本が無造作に置かれていた。となると、中身を入れたままここに戸棚は運ばれたのだろうか。
「(後から入れたのかな? でもそれじゃ意味がないし・・・でも入れたままこんな重い物、わざわざ運ぶかしら?)」
エルシアが首をかしげていると、ゲイルが二階から顔をのぞかせていた。
「何やってんだ、エルシア」
「ちょっと戸棚が気になって。それにしても何か不自然だわ、ゲイル。二階には何かあった?」
「何かどころか誰もいないよ。まだ半分も見てないけど、明かりもないし歩きにくいぜ」
「窓が塞がれているのかしら。でもここも・・・」
エルシアがそう言いかけた時に、ゲイルの後ろに人影が見えた。その人影を見て、エルシアは悲鳴にも近い叫び声を上げるのだった。
続く
次回投稿は、4/7(土)11:00です。