少年達、その23~断たれた希望~
「お話の最中失礼します。私は魔術士のラーナと申しますが、いかな用で高名な騎兵隊がこちらに参られたのですか?」
「ふむ、魔術士殿。その質問はもっともです。実は我々はビュンスネル近郊に出没する盗賊団の退治を受けようとしたのですが、それは貴方達の傭兵団に先んじられ依頼の受理に失敗したというていたらく。なんとも情けなく思っていたのですが、幸いにも我々は依頼を受けた順番から隊の名の通り二番槍の資格は持っておりまして。そしてそちらの様子を見るにつけ、どうやら盗賊団の始末に失敗したかもしれないとの報告があり、必要があればこうして加勢に参ろうと兵を率いてきた所であるのです」
「(こいつ・・・!)」
ロゼッタは最初の印象通り、ロクソノアを曲者だと思った。彼はロゼッタ達の補佐に来たのではない。アルフィリース達が本隊を叩いてないと考え、アルフィリースの補佐をするという名目で先に本拠地を襲撃し、そして財宝だけいただいて何食わぬ顔でこちらをやり過ごすつもりだったのだ。あわよくば、依頼を達成したとギルドに報告し、報奨金もかすめ取ろうとするつもりだったのだろう。
この傭兵団は頭も切れ、動きも早くそして実力もある。さすが大陸に名を馳せる傭兵団の一つだと、ロゼッタは忌々しくも感心した。同時に彼らが礼儀正しい連中でよかったとも思う。面と向かってしまえば、強引な手段に出るような連中でもないからだ。ロゼッタは、自分なら相手次第では強引な手段に出る種類の人間だと思っていたが。
だが今回は幸いにして決着はついており、今さら二つの傭兵団同士が争う理由もない。どちらとなく、もはや話し合うことはないのだと察した。
「えーと、ロクソノア殿だったか? こっちとしては盗賊団はもう壊滅したし、何もなければ引き上げるところだ。そっちも用事がなければ既に夜も深いし、御引取願いあげたいと思うのだが」
「それは失礼を。確かにご夫人とこのような夜更けに密会をしたとあれば、なんと仲間どもに囃し立てられることか」
「軽口をあんまり叩くんじゃねぇぜ、騎士様。アタイは男の軽口は嫌いだ」
「それは重ね重ね失礼を。ではこれにて失礼いたしましょう。またお会いする日があれば、そのうちに」
その言葉と共にロクソノアの傍にいた騎士が槍を上げ、くるりと宙で回す。その人一つの合図で列が左右に分散してそれぞれ回れ右と左を始めたのだ。一糸乱れぬ見事な統制を油断ない表情で見つめるロゼッタ達。
最後尾が反転したところで、ロクソノアとその副官らしき男が馬を返して去って行った。彼らが行った後で、ふうと胸を撫で下ろすロゼッタ。
「助かったな。間一髪だった」
「それは我々が先んじたことに対する安堵か? それとも彼らと戦闘にならなかったことに対する?」
「どっちもだよ。一対一ならともかく、集団戦、しかも平地なんかでやりあってただで済むような連中じゃない。正面切っての突貫力であいつらに勝てる軍隊なんて、この世に存在しないとまで言われるんだからよ。幸いにもアタイはやりあったことがねぇが、以前重装歩兵の前衛が騎兵隊の手で紙みたいに突き破られるのを見たことはある。そん時は確か赤騎士とか言うのが先頭だったが、絶対にやりたくねぇと思ったね」
ロゼッタはぺっと唾を吐きながらエアリアルに説明した。エアリアルとしてはこの東側の騎士達がどのように馬を操るのか試してみたくもあったのだが、ロゼッタが警戒するほどの相手なら我儘を通すわけにもいかない。
嵐を見送るような気持ちでカラツェル騎兵隊を見送るロゼッタ達に対し、ロクソノアは逆に嬉しげな表情をその紅顔にたたえていた。彼の副官が思わずロクソノアに声をかける。
「隊長、何を喜んでおいでで?」
「ははは、そう見えるか?」
「ええ、それはもう」
ロクソノアの表情を見ればそれは明らかだった。彼は笑顔を満面に浮かべているのだ。彼が貴婦人を相手にする時の柔らかな笑顔とは違う。ロクソノアは子供の用に笑顔を前面に押し出していた。そして軽快に語るのだ。
「それは楽しくもなるさ。赤目のロゼッタといえば、この東側では少し名を知られた存在だ。実力は彼女に並ぶ傭兵なら多数いるかもしれないが、彼女は決して誰とも慣れあいをしなかった。それが傭兵団に所属して、私の挑発にも等しい言動を我慢させるほどの存在が団長にいる。聞けば団長は女性だそうじゃないか。どんな人物なのか、興味が湧く方が自然だと思わないか?」
「なるほど。言われてみれば確かに」
副官はロクソノア程には共感はしないが、なんとなく彼の性格は理解していた。一見優雅なこの青年は、実は非常に好戦的だ。女性は口説く対象、男は戦う対象として見ていることは十分に知っていたが、初めて女性を口説く以外の対象として見なしたかもしれないと、副官は思うのだった。
***
「なんだと、財宝が奪われただと!?」
オブレスは自分達の本拠地に向かう道すがら、その報告を聞いた。たまたま、財宝の隠れ場所の方角から逃げるように馬を飛ばしてきた自分の仲間を見つけたのだ。彼曰く、定時の連絡を行うために財宝の場所に向かったが既にそこは誰かが押し入った後であり、戦闘は大勢が決していたと。相手は非常に手練れ揃いであり、奪回できそうな余地はないとのことだった。
その報告を聞きながら、グラスライブの腹心であった男が進み出る。
「相手の恰好、特徴のある者は思いつくか?」
「う・・・確か一人、巨人のような大男がいた。それに戦闘で剣を振るう女は、闇の中でも深紅に輝く目をしていた。片目だけが、血みたいに赤かった」
「なるほど、それは相手が悪いな。私達は引き揚げさせてもらう」
その一言でグラスクライブの男があっさりと引き上げようとしたので、オブレスは反射的にその男の腕をつかんだ。
「待て、どういうことだ。聖騎士団ともあろうものが、なぜそんなにあっさりと引き下がる?」
「貴様の与り知らぬこと、と言いたいが特別に教えてやろう。相手はアルネリアの最高教主が後ろについている傭兵団だ。実力はいかほどのものかは知らぬが、相手が悪い。我々はこう見えて神殿騎士団の一員でな、大司教に表だって弓引くことなど不可能だ。それに我々はやっていることの是非はともかく、最高教主の事は敬愛している。なおさら反逆するわけにはいかぬ」
それだけ告げると二の句をオブレスに継がせる暇もなく、神殿騎士達はあっさりと引き上げた。後に残されたのはオブレスと、数人の仲間達。
「オブレス! どうするんだ?」
「やばいぞ。あの金がないと俺達・・・」
「いい方法はないのか?」
「・・・少し黙れ!」
オブレスがいつになく声を荒げたので、少年達はびくっとして沈黙してしまった。だが彼らに見向くこともなくオブレスは思考を張り巡らせていた。だがどれほどオブレスが頭を巡らせても、良い考えは思いつかなかった。
「(全員のために良かれと思ってやってきたことが、こんなことで失敗するとは! どうする? どうすればいいんだ?)」
オブレスは明かりの無い闇の中、思考までもが闇に閉ざされていくような錯覚を覚えていた。
続く
次回投稿は、4/6(金)11:00です。