少年達、その22~強奪~
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「よう、そっちは終わったか?」
「ええ、無事に」
声をかけ合うのはロゼッタとラーナ。彼女達はアルフィリースの指示通り、盗賊達の拠点を襲撃していた。なぜそんな発想が出たのかと言うと、アルフィリースは最初の盗賊達の行動を見てあまりの手ごたえのなさにこれはおかしいと思い、本隊は別にいると考えたのだ。そのため盗賊団を襲撃した時、最初から怪しい動きをする連中がいればリサに報告をいれさせ、またエメラルドには空から観察をさせていた。
普段はぼやっとしているエメラルドだが、元々は狩猟民族。こと戦闘に関して手抜かりはないし、非常に目ざとい。リサよりも早くおかしな動きをしている者に目をつけ、その連中の後を尾けた。彼らはオブレスが念のため放っていた自分の腹心でもある監視役だったが、結果としてそれは仇となり、そしてエメラルドは見事に盗賊団の真の拠点を発見したのである。
そこには当然彼らが今まで奪った財宝が溜めこんであり、アルフィリースは最初からそこに目を付けていたのである。アルフィリースは最初から依頼達成だけのはした金で終わらせるつもりはない。彼らがしこたま溜めこんだ財産があれば、根こそぎ頂こうと狙っていたのである。もちろん状況次第では全てを頂くつもりはなく、ある程度口止めを含めてギルドに返還するつもりであった。だが全額を返還するつもりは毛頭ない。それらの財宝が誰からもぎ取られたかなど知ることは不可能であるし、よしんば全てを返還したとしてそれらが正しく分配されるわけがないと、世間知らずのアルフィリースですら思ったからだ。
それならばせめて、自分達の仲間のために使わせてもらおうというのがアルフィリースの考えである。ロゼッタはその考えに激しく同意し、アルフィリースの言うままに行動を移した。さすがに本拠にいた盗賊やその他の兵士は腕の立つ者が多かったが、ロゼッタや魔術を駆使するラーナの敵ではなかった。
「残党はいない。誰も打ち漏らしてはいないようだ」
「予め、簡易の結界を拠点に張ってからの突入でしたから。逃げた者がいれば私が気付くでしょう」
「魔術ってのは便利だな。リサの様なセンサーがいないと不便だと思ったが、意外に何とかなるもんだ」
ロゼッタの言葉にエアリアルが頷く。その言葉に、ラーナは優雅に笑顔で返した。
「お褒め頂き光栄です」
「まあ、あの攻撃魔術はえげつねぇけどな」
「ああ」
ロゼッタとエアリアルはラーナの攻撃魔術を思い出す。空中に出現する闇色の蛇。その蛇を使って敵を追い詰めるラーナの楽しそうな笑顔と言ったら、それはなんとも言えず恐ろしい物だった。蛇が敵兵の股間に噛みついた時など、思わず味方までもが股間を押さえてしまったものだ。だがその時のラーナの表情と言ったら、まさに最高にうっとりとしていたのである。
「そんなにえげつなかったでしょうか? 私としては控えめにやったつもりでしたが」
「・・・頼むから全開で暴れないでくれ」
「う、うむ」
ラーナのくったくのない笑顔に、ロゼッタとエアリアルは頭を悩ますのであった。
だがこの場にセンサーがいないのはやはり痛手であった。確かに襲撃時に逃げた者は一人もいなかったが、この本拠が定期的に連絡を出していることをロゼッタ達は気が付かなかったから。定期連絡が来なくなったことがすぐにオブレスに知れることなど、彼女達は思いもしない。
と、そこにターシャが空から天馬を下してくる。
「南から誰かが来るわ。結構な松明の数よ」
「あぁん? こんな場所にかよ。まさかここに来るのか?」
「そのようね。整然と並んでくる所を見ると、軍隊かも」
「軍隊が夜に来るかよぉ。まあいいや。総員配置につきな、必要とあらば迎撃するよ! エアリー、ラーナ、どうする?」
ロゼッタはどうしたものかととりあえず隣にいた二人を呼んだが、彼女達の返事は明快だった。
「アルフィもラインもいない。ならばこの場の指揮官はロゼッタだろう。アルフィもそう言ったはずだ」
「そうですね、我々はロゼッタの命令に従うかと」
「あー、なんか久々だなそういうの。普通なら気にも留めないんだけどな」
ロゼッタはわしゃわしゃと頭をかいた。彼女は今まで小隊を指揮した時も、大抵は即興だった。だから部下を仲間とも思わなかったし、そんな連中は死んでもどうでもいい連中だった。一度傭兵団を結成した時はそれなりに仲間の事を考えもしたが、もっと野卑な連中だった。この傭兵団のように気のいい連中ではなかったのだ。
ロゼッタは考える。どうやら自分はここの連中が気に入っているようだと。まさか自分にこんな感情があるとはロゼッタ自身が思っていなかったが、彼女は元来情が深い人間であることに自分で気が付いていなかった。
ロゼッタはとりあえずダロンとヴェンにも声をかけ、ロイド、グラフェスには後の指揮を任せて先に出た。相手に抗戦の意志があれば、エアリアルの鏑矢に反応して戦闘態勢に入るからだ。だがロゼッタとしてはここで戦いたくはなかった。これは好戦的な彼女には珍しいことだが、背筋に嫌な予感を感じたからだ。この相手と戦うと、自分達が全滅に近い形で負けると。それに財宝の事もある。
幸いにも相手に抗戦の意志はないのか、こちらの『交渉』の鏑矢に応えるようにその動きを止めた。その動きがあまりに見事であり、ロゼッタは一度交渉の場に持ち込めたことでもほっとしていた。見ればわかる。相手はロゼッタが見てきたどの軍隊よりも鍛えられている。おそらく、スラスムンドの軍隊ではない。そうなればロゼッタの心当たりは一つだった。
ロゼッタは前に出ると、相手の先頭に向けて大声を張り上げた。
「交渉に応じてくれてまずは礼を言うぜ。アタイは『天駆ける無数の羽の傭兵団』所属、赤目のロゼッタだ。そちらの所属を聞こう」
「こちら、『カラツェル騎兵隊』二番槍、ロクソノアと申す。以後お見知りおきを」
先頭から一騎、青の鎧に身を包んだ騎士が進み出る。彼の名乗りを受けてロゼッタはやはりと思った。カラツェル騎兵隊。大陸に勇猛で名を馳せる傭兵団の一つである。傭兵団には珍しく、その構成員の半分以上が騎士の経験を持っているという変わり種だ。流浪の騎士ダイダロートが諸国を巡るうちに彼に賛同する者達が集い、一つの騎士団を作り出したという異色の傭兵団である。鉄の規律と疾風のごとき集団戦。騎士よりも騎士を体現しているといわれるその傭兵団は、主に戦場で活躍をしている。
目深に兜をかぶり突撃用の槍を持ったその騎兵は、右手の白銀に光る突撃槍を地面に刺した。
「(白銀鋼の槍・・・こいつが青騎士ロクソノアか)」
高名な武家の出自でありながら、伯爵の若き婦人と不倫関係にあったために国を追われた騎士ロクソノア。国の馬術槍で優勝するほどのその腕前を持つ騎士が傭兵となったのは、もはや巷では有名な話である。
そのロクソノアは兜を脱ぐと、プラチナブロンドの髪をおしげもなく披露した。紅顔の美青年は、その幼くも見える程の瑞々しい美貌をロゼッタ達の前に晒したのだ。その顔立ちに、思わずエアリアルですら目を見張る。
「お初にお目にかかる。貴公達の傭兵団の名は知らぬが、貴殿の名は知っているぞ、混血の女剣士殿」
「そいつは光栄だね、騎士の坊っちゃん。おっと、こんな話口でごめんよ。アタイは育ちが悪くてね」
「別段気には止めぬ。このような場だ、私も馬は下りぬが非礼を許されよ」
ロクソノアの言葉には嫌味が全く感じられなかったので、ロゼッタも返答に困った。彼女は、少々相手が挑発に乗ってくれた方がやりやすいのだが。
そんなロゼッタの様子を察したのか、ロクソノアは優しく彼女に語りかけた。
「いかがされたか、ご婦人」
「げっ、気色悪い。アタイに向かって婦人なんてやめてくれ! さぶいぼが出ちまう」
「それは失礼した、生まれつきこちらはこのような口調ゆえ。これで『あいこ』といたそうではないですか」
ロクソノアの口調に、ロゼッタは完全に調子を乱してしまった。育ちは良いが、相手も傭兵。駆け引きも傭兵どうしのやり方も知っているし、学もあるからそれなりに口も立つ。ロゼッタが一番苦手な種類の人間だった。口のまわる男がロゼッタは好きではない。
そんな彼女の心境を察したのか、ラーナが隣に進み出て代わりに口を開いた。
続く
次回投稿は、4/4(水)11:00です。