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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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少年達、その21~糸を繰る者~


***


 オブレスが去った後、彼の仲間はとりあえず一旦彼らの拠点へと返り、また教会の関係者も既に眠りに入っていた。明かりをともすだけの燃料もない町並みの一角である教会で、グラスライブは書類の整理をしていた。彼はほとんど睡眠を必要としない種類の人間であり、常に彼は働いている。だからこそ彼はアルネリア教会で名を馳せるほどの司祭になったし、大司教候補とも言われているのである。

 グラスライブは庶民の出身である。彼は比較的大きな町の、小物運送業者である父の三男として生まれた。彼には歳の離れた兄が二人おり、グラスライブが生まれた時には彼らが働いていたせいで、家はそれなりに裕福であった。だから彼は庶民でありながらグローリア学園の分校に通えたし、その態度が真面目だということでアルネリアの本校にも通う許可が下りたのである。そのまま僧侶への道を歩んだ彼だが、実際に僧侶になってみると真面目だというだけではどうにもならない現実が彼を待ち受けていた。

 自分の魔力では助けられない者達をいとも簡単に助ける同僚、頭の切れる者、自らの生来持つ権力を駆使して奉仕する者。そこにはグラスライブが努力で届かぬ力、才能を持つものが山のようにいた。

 自分もまたその一員なのだが、グラスライブは衝撃を受けた。自らより優れた者がいたことにではない。グラスライブが衝撃を受けたのは、自分ではどうしようもない怪我を負った同僚が助けを求めた時、自分にはどうすることもできず、しかし仲間があっさりと救った時であった。この時グラスライブは、世界には自分の力ではどうしても救えない者がいることを悟った。

 グラスライブも努力はした。彼は医学を進んで学び、魔術を用いた治療と合わせて新しい分野を創造しようとした。その動きは非常に評価されたが、ミリアザールのように高位の治癒魔術を行使する者達の代用とはならず、グラスライブは挫折感を味わった。彼の行った業績が評価されるのはもっとずっと後の事なのだが、そんなことはグラスライブには想像もできなかったのだ。

 そして彼はついに救うことを諦めた。救うこと自体ではない。救える者と救えない者の選別をいち早く行い、助けるべくを助け、そうでない者は切り捨てることにしたのだ。その行為は批判も受けたが、同時に賞賛もされた。グラスライブは自らの行動を証明するため、また少しでも周囲に認めさせるため自ら進んで人の嫌がる任務を負うようになった。

 結果的に彼の業績は他の人間を追い越すこととなり、グラスライブが思った以上の成果を上げることとなる。彼は大司教候補に抜擢されたが、それから10年は音沙汰がなかった。時期の悪いことに、彼の少し年上のマナディルとドライドが大司教であり、またもう一人は年下のミナールであり、グラスライブは補佐としても使いにくい人材であったのだ。グラスライブが中央を離れていたのも関係したのかもしれない。

 だがグラスライブは諦めていなかった。ここに来てまだ彼は大司教補佐になる事を考えていたのだ。自分の信念を貫き通したい。自分の方法でより多くを救ってみたい。その思いに、彼は支配されていた。そう、たとえどんな手段を使っても。

 そんな思いで彼は自らの業績を書類としてまとめ上げていた。これをもって大司教補佐の任務へと志願するつもりなのである。聖女認定を受けた最高教主、また現在の大司教は非常に公正な判断をする者達だとグラスライブは彼らを信じていた。彼らはグラスライブにとっても尊敬の対象なのである。

 大司教補佐の選定は来月にも行われる。グラスライブはその時期に合わせ、一度アルネリアへと戻るつもりだった。その彼の元に、音もなく訪れる者がいた。


「グラスライブ、元気にしているかな?」

「誰かと思えばあなたですか。音もなく私の部屋を訪れるのはやめてほしいですな」

「すまないね。だけど、それがわたしの性分なのでね」


 その人物は豊かな金の長い髪をふわりとなびかせ、優雅に笑った。優しそうな笑みを見せる青年の名は、サイレンスと言った。


「サイレンス殿、貴殿のおかげで奴らを上手く始末できました。礼を言いますぞ」

「私にとってはあのくらい赤子の手を捻るより容易い。だけど随分とあっさり殺したものだ。今まで彼らは、君に協力的だったはずだが」

「そうかもしれませんが、彼らとは基本的に利害関係が一致していただけです。私達の間に信頼関係などは皆無ですよ」

「なるほど。だが私に一つ聞かせてほしい。彼らと手を組んでいた理由はなんだろうか。君の活動に、彼らの力はあまり有用だとは思えなかったのだが」

「ああ、その事ですね」


 グラスライブは冷静な表情で既に冷えたミルクに口を付ける。


「確かに奴らは私にとってどうでいい俗物です。ですが、彼らは私に協力してくれた。私が最初にこの国に来たとき、もはやこの国はどうしようもない状況でした。私も色々と手を尽くしたのですが、状況は何も改善せず。そこで私は考えたのです。形式上この国がもっているように見せかけ、私はこの国で実験を行いました。より多くをいかに効率よく救うかを。

 彼らには協力してもらって、数多くの戦場を作ってもらいました。あるいは事故を。そこで私はいかに救うかの方策を数多く考え、実行に移し、その成果を分析しました。まさに充実した10年だったと言えるでしょう。

 ちなみに先ほどまでいたオブレスですが、彼は私に運よく拾われたと考えているのでしょうが、あの事故そのものが私の仕組んだものです。彼が私の所に転がり込んできたのは偶然ですが、いやはや、私には何とも有意義な実験となりました。彼自信にも告げましたが、彼は金の卵を産む鶏でした。彼自信が金の卵でしたから」

「ほほう。そこまで仕込んでいたとは、大した外道ぶりです」

「外道とは心外です。私のやったことは褒められもしないですが、この国は私がいなければどのみち滅びていたのです。そうすればこの国の惨状はもっとひどかったはず。私は彼らの生活を存続させ、救い、かつこの結果は他の国でより多くの人間を救う。彼らの犠牲は尊いものなのです」

「ふふ、ものは言いようですね」


 サイレンスはふっと笑うと、懐から酒瓶を取りだした。グラスライブが不思議な表情でその瓶を見る。グラスライブは司祭としてそれなりに王侯貴族などと付き合いもあるため酒にも詳しいのだが、その彼をしても知らない銘柄だった。


「それは?」

「シェルマークの20年ものです。飲みませんか?」

「は? シェルマークの銘柄は33年前に途絶えていますが」

「私の力で再現させました」


 そう言うとサイレンスはその酒のコルクを抜き、懐から取り出したグラスに注いでグラスライブに差し出した。勧められるままにグラスを受け取るグラスライブ。


「再現したとは・・・一体どうやって」

「彼らの技術を受け継ぐ者が、まだ生きているということですよ。上等な者は人類の宝です、存続させねば大いなる損失だ。

 それより貴方に聞いてみたいことがあります、グラスライブ。貴方は私の提案を受け入れ、私の力を受け入れました。ですが、私の正体を知っていますか? 私を奇妙だとは思いませんでしたか?」


 サイレンスは手元のグラスに注がれた酒をゆらゆらと揺らしながら、グラスライブに問うた。グラスライブにしてもいつかは聞かれる質問だと思っていたので、彼は少し言葉を選ぶだけで返答に困らなかった。


「そうですね、正直奇妙ではありましたよ。貴方は美しすぎる。それに体から漂う魔力は、私のそれを遥かに凌駕する。私は司祭としては大した魔力を持ちませんが、それにしても貴方の魔力は凄まじい。アルネリア教会にも、貴方に並ぶほどの魔力を備える者は数名でしょう。そんな貴方が私に近づくのだ。何か企んでいない方がおかしい。

 ですがね、私にとってそんな事はもはやどうでもいいのですよ。私の人生は残り短い。私はなんとしても実感が欲しい。私の方法がより多くの人間の役に立つのだと。私は是が非でも証明したいのです。そうでなければ私の行ってきた事はなんだったのか、私の人生はなんだったのか・・・私は自らの誇りと犠牲になった者達にかけて、きっと証明をしてみせたいのです」

「そのためなら、邪なる者の手も借りると」

「そういうことです。実際に貴方の協力が無ければ、あそこで宰相達を始末するなど不可能でしたよ。貴方の目的は見えませんが、不思議と私にとって貴方は安心する相手なのです。司祭が懺悔するのもおかしな話ですが、貴方なら私の話を聞いて、私を認めてくれそうでしたから」


 それだけ言うと、グラスライブは酒をしっかりと飲み干した。その光景を見るとサイレンスは満足げに頷き、酒瓶をおいてその場を後にした。


「あ、サイレンス殿。この酒は」

「元から君への贈り物さ。私も気に入っているので、つい口を付けてしまったがね。好きに飲むといいだろう。君はこの土地を去るのだろう? 選別だとでも思ってくれたまえ、友よ」

「・・・ありがたく頂きましょう」


 グラスライブは胸に手を当て感謝の意を示すと、サイレンスの背中を見送った。グラスライブにしてみれば、サイレンスは友人の様な協力者の様な、不思議と安心する相手だったのだ。

 だがしかしサイレンスの胸の内はどうだったのか。彼は名の通り黙して語らず、美しすぎるまでの笑顔を浮かべながらその場を去って行った。



続く


次回投稿は、4/2(月)11:00です。

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