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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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少年達、その20~対価~

「では司祭様、一つ質問してもよろしいでしょうか」

「いいでしょう。なんなりと聞きなさい」

「どうやって彼らの護衛を抱き込んだのです? 脱出する途中までは一緒でしたが、気が付いたら彼らはいませんでした。どうにも雰囲気のおかしな奴らばかりで、正直気味が悪かったです」

「抱き込んだ方法は秘密だがね、私的なつながりだと言っておこう。この歳になるまで生きていると、色々と知り合いが増えるものだ」

「左様ですか。さすがにアルネリアの大司教を狙うお方は顔も広い。おみそれしました」


 オブレスは一礼すると、そのまま部屋を出ようとする。その彼に今度はグラスライブから言葉が投げかけられた。


「私のような者が大司教になると、問題があるかね?」

「いえ、そうは言いませんが・・・正直、貴方とは金輪際関わり合いになりたくありません。ですから、貴方がアルネリアにお戻りになられるならば、俺達は離れた全く別の土地に行こうかと考えているのです」


 はっきりと言ったオブレスに、グラスライブはいつもと変わらぬ笑顔で答えた。


「ふふふ、正直な子だ。私は君のそういうところが気に入っている。心配せずとも、君は既に私の興味を外れる年齢になった。人間としての君はいまだに気に入っているし、君にその気があればアルネリアにて騎士になるための訓練を施してもよい程だが、君は望むまい」

「はい、俺は根っからの商人気質だと思うので」

「だろうね、非常に君は計算高い人間だ。目的を達成するためなら、自分の感情も押し殺せる子だ。昔は上手くなかったがね。君は昔、私を睨み殺しかねないほどの目で見つめたものだ、あそこでね」


 グラスライブが半開きの扉の向こうに見えるベッドを指さした。そこのシーツは乱れ、まだ麻縄がその枕元に残っている。それを見たオブレスの顔が真っ青になる。オブレスが吐き気と眩暈を覚える中、グラスライブは淡々と続けた。


「君は私にとって、金の卵を産む鶏だった。その君が離れていくのはつらいことだが、それもまた仕方あるまい。君の支払ってきた対価は十分だ。私の手足となり交渉の席に立ち、いまだにソールやレイヤーのような素晴らしい子供たちを提供してくれている。

 だから今回の支払いで最後だ。私が今回兵士を貸したこと、また君達にその資産を渡す事、そして君達をこの国から逃がすことにも協力しよう。その対価の支払いで最後だ」

「・・・一体何をお望みで?」

「ソール、レイヤー、エルシアの三人はおいていきなさい」


 その言葉に真っ青を通り越して、顔色を失くすオブレス。彼の膝はがくがくと笑い、唇はわなわなと震えていた。声を出そうにも言葉にならない。

 オブレスは何を言われたかわからず、もう一度グラスライブに問い返した。


「司祭様、今・・・なんと?」

「ソール、レイヤー、エルシアの三人はおいていきなさいと言ったのだ。何、別段どうということはあるまい。彼らもここでの暮らしは気に入っているだろうし、何も一生ここにいろとは言わない。彼らに私が興味を失うまで、あるいは代わりが見つかるまででいいのだ。その後の面倒は私が手配してもいいし、なんだったら君達の後を追わせてもいい」

「いえ、だがしかしそれは」

「嫌とは言わせないよ、オブレス。ソールの時も、レイヤーの時も君は黙認してきたはずだ。そしてそれ以前も。エルシア一人くらい、今さらどうということはあるまい。それともこれだけ他人を犠牲にしてきた君が、いまさら偽善者ぶろうというのかね」


 司祭の言葉に目を見開いたまま下に向け、口を紡いだオブレス。対するグラスライブはオブレスの様子などおかまいなしだ。


「そこまで深刻に考えるほどのことではあるまい、オブレス。せいぜい一年かそこらのことなのだ。今まさに彼らは自らの力で花咲こうとする時期。だが私は咲ききった花に興味はないし。君も知る通り、私は咲きかけの花びらを無理矢理こじ開けることが好きなのだよ。

 私を気が触れていると思うかね? 褒められた趣味でない事くらい私も知ってはいるが、これが私の本質だ。どうやっても変えられなかった、ね。昔、私が若い時に大勢の前で演説をした巡礼のシスターがいたが、彼女の演説は見事だった。咲いた花に興味のない私でも、彼女だけは美しいと思ったものだ。その彼女が言ったのだ。俗事にかまけて自らの本質を見失うのは、人として愚かだと。

 それからの私は目が覚めたようだった。以前よりも仕事に熱心に打ち込めるようになったし、様々な苦行も耐えることができた。彼女は生きていれば私と同じくらいの歳だろうが、私よりも立場が上の者として存在を明らかにしなかった以上、彼女は巡礼の最中で命を落としたのだろうな。一度あのシスターとは二人でゆっくりと話し合ってみたかったが、非常に残念でならんよ」


 グラスクライブの独白は、もはや途中からオブレスの耳には入っていない。いや、オブレスが聞いているかどうかなど、グラスクライブにはどうでもいいのかもしれない。彼はなおも続ける。


「ともかく私の言うことには逆らわぬことだ。今まで私の言うことに逆らって、良いことが一度でもあったかね。ありはしないだろう。

 私はその気になれば君を一生監視することも可能なのだ。どこぞの浮浪者が行方不明になっても、誰も気に留めはしないからな。その君に将来の道まで提示した私に対し、君は私の提案を蹴った。だが人の歩む道は様々だ。私とてそのことはよくわかっているから、君に金銭を十分に与えたうえで開放しようというのだ。これは破格の待遇ではないかね? これ以上、君は何を望む?

 重ねて言うが、良く考えることだ。一生の自由を手に入れるか、一生私に睨まれて過ごすか。どちらがより良い人生かなど、考えるまでもあるまい。それが1人の少女の人生を一年ほど差し出すだけで、全員分の自由が手に入るのだ。これは最初から天秤にはかけられるような問題でもない。答えは明確なのだから。

 君も良く知っているだろう。犠牲のない幸福はないと。私も鬼ではない。今すぐ決めろとは言わないから、一日よく考えなさい。明日の夜、またここに来ると言い。君は計算高い商人だ、きっとどちらが得かわかっていることだろう。良い返事を待っているよ」


 その言葉を聞くと、オブレスはまるで幽鬼のようにふらふらと部屋を出て行った。後に残ったグラスライブの顔が相変わらず笑顔だったような気もするが、それすらもはやどうでもいい。オブレスは心配そうに彼を取り囲む彼の仲間を遠ざけると、一人夜の裏路地へと出て行った。


「なんてことだ・・・エルシア」


 放心状態のオブレスは気が付かなかった。その彼をそっと見守っている人間がいたことに。そしてグラスクライブとの話し合いも、盗み聞きしていた者がいたことに。

 オブレスはただふらふらと夜のビュンスネルを彷徨い、今後の指揮を取るために町の東へと向かうのだった。



続く

次回投稿は、4/1(日)11:00です。エイプリルフールですが、投稿時間に嘘偽りなし。

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