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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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少年達、その18~悪魔の様な男~

「まったく、走りにくいったらないわね」

「エルザ、成果は?」

「上々よ。必要な情報は色々と聞けたわ。もうこの場所に用はないわね」

「なら脱出ね。転移の場所は?」

「入ってきた方向に起点を一つ作ったけど、行くのは厳しいかしら」


 エルザの言葉と共に、迎賓館正面入り口から悲鳴が聞こえ始めた。暴徒達が侵入してきたのであろう。時間に余裕はそうない。


「他の脱出経路はある?」

「ええ。三階に一つ、屋敷の裏に一つ。それに近くの庭園に一つ。どこでもいけるわ」

「いつの間に用意したの?」

「それくらい用意周到じゃないと、巡礼の世界ではやっていけないのよ。さて、向かいましょうか」


 その時暴徒が搬入口からも侵入してきたが、エルザとアルフィリースが同時に殴り飛ばした。外には何人もの暴徒の影が見えるが、イライザが掃除用の器具の柄をはずし、得物として準備していた。そしてパンの生地を叩くときに使われる叩き棒を、アルフィリースに放り投げる。


「アルフィリース、使えそうですか?」

「まあなんとか。棍棒術の要領ね」

「数が多いので、適当に私とアルフィリース殿で蹴散らします。後の方は逃げることに専念してください」

「そうするわ」


 エルザがドレスの裾を破きながら答える。せっかうのドレスだが、走れるように服を改造しているのだった。かかとの高い靴も不要。エルザは靴を脱ぎ棄ていると、裸足になっていた。


「行きましょう。もうここに用はないわ」

「ええ、逃げるわよ!」


 アルフィリースとイライザを先頭に、彼女達は脱出を始めるのだった。


***


 アルフィリース達が脱走した後、迎賓館は凄惨な状況に包まれていた。暴徒達は酔っぱらった警備の兵士を蹴散らすと、思い思いの行動を始めた。残った料理に群がる者、金品の強奪を始める者、女に襲い掛かる者。迎賓館のそこかしこから物が壊れる音、人の悲鳴が聞こえ、館の中は地獄絵図と化していた。

 そんな光景を見ながら、まるで自分の庭を闊歩するかの如く自由に歩き回る者がいる。グンツであった。


「壊せ、奪え! 思うがままに喰らいやがれ、てめぇら! 男は殺せ、女は犯してから殺せ! ひゃははは!」


 グンツは楽しそうに、自分の足元で助けを求める兵士の顔面に剣を突き立てた。血飛沫が飛び散り、それを顔面に受けたグンツが楽しそうに笑う。

 彼にとって久方ぶりの大暴れ。フリーデリンデのヴェルフラに追い回されてから抑圧の生活を強いられてきた彼にとって、今日は今までの鬱憤を晴らさんばかりの暴れ方だった。彼は自分に向かってくる兵士を斬り倒し、逃げ惑う女の髪をつかんでその服を切り裂くと、飢えた男の群れの中に放り込んだ。彼にとって悲鳴は極上の音楽。自分に向けられる恨みの視線は、羨望の眼差しに等しく。自分に飛び散る血飛沫は、とびきり上等の酒も同然だった。


「くはは! いいぞ、いいぞ。やっぱり殺しはこうでないとなぁ!」


 グンツが指揮した浮浪者達は、彼が街中で集めた連中である。彼はドゥームと別れた後、適当に町中で見繕った娘を裏路地に連れ込むと、浮浪者達の目の前に連れて行きその目の前で堂々と犯した。娘の悲鳴を聞きつけて集まってきた浮浪者達だが、グンツが事を終えると彼らは娘に群がろうとしたのだ。だが、真っ先に娘に群がろうとした浮浪者は、グンツによって斬り捨てられた。

 浮浪者達の動きが凍りつく。


「待て、こういうのは順番ってものがある。それに俺に敬意を払え。俺の指図もなしに勝手なことをするんじゃねぇよ、屑どもが」


 グンツは娘に群がる順番を決めると、彼らに刃物を渡した。もし順番を違える者がいたら、その刃で殺せと言ったのである。

 そしてグンツは次々に娘を路地裏に連れ込むと、浮浪者達の前に提供した。それに彼が提供したのは女だけではない。彼は食事を持ち寄り、水を運び、酒を彼らに与えた。そして使えるとグンツが判断した者には武器を与え、自分の手足として利用した。そして極めつけは食事や酒に興奮剤を混ぜ、彼らを極度の興奮状態に追い込んだのだ。元々浮浪者達は飢えており、抑制のきかぬ者が多い。その彼らのタガを意図的に外すことで、彼は容易に動く暴徒の群れを作り出した。そうでなければ、迎賓館を襲撃することなどさすがに難しかったであろう。

 だがしかしこれがグンツの特技でもある。集団心理の誘導。グンツ自身は多少腕の立つ程度であり、魔術も使えない。特に頭が良いわけでもなく、用兵術なども知らない。だが彼は長らく生死の狭間で生きてきた度胸と、流れを読むだけの視点を持ち、そして何より人の欲望がどう動くかについて知っていた。グンツに人を操らせたら、彼の右に出る者はあまりいないかもしれない。だがその方向性は、いわゆる悪しきものに限ってだが。

 そのグンツだが、ひとしきり彼は楽しみきった頃に彼に耳打ちをする者がいた。グンツは目端のききそうな者に見張りをさせていたのだ。その男からの報告を聞くと、彼は先ほど確保した上品そうな女を抱え、酒瓶を一つ掴むと馬車の馬のくつわをはずし、その場を去る準備を始める。そして彼は大声を張り上げた。


「おい、てめぇら! まだ楽しみ足りない奴は俺についてこい! これからもいい目をみさせてやるぜぇ?」


 そしてグンツは自分の膝の上で暴れる女の頬をひっぱたいて大人しくさせると、自分は馬を走らせてその場を後にした。その姿を見て目端の利く者、グンツといればおいしい思いができると感じた者は彼について行こうとその場を去った。

 だがたまたまその場に居合わせなかった者、また目の前の楽しみに囚われた者は駆けつけてきたスラスムンドの兵士達に一網打尽にされた。火の手も上がっていたし、さすがに異常を感じた者がビュンスネルにもいたのだ。また脱出に成功し、危険を伝えた者も何人かはいた。グンツは女を犯し、男達を切り刻みながらも一方で冷静に時間を測っていたのだ。この迎賓館を襲撃した浮浪者は300はくだらなかったが、正規の兵士が50人もいればあっという間に蹴散らされるのは目に見えており、またこの迎賓館の警備も彼らが万全でありさえすれば、ここまで襲撃が上手くいかなかったことくらいグンツもわきまえている。

 グンツは元々自分の手駒として使える人間が欲しいだけで、今回の騒ぎはただの『ついで』である。通りすがりに暴れたが、ここの貴族達になんの恨みも執着もない。ここは彼にとって仲間をふるいをかけるだけの場であり、彼は欲しいものを既に手に入れていた。だから残りの連中がどうなろうが、貴族達がどうなろうが知ったことではなかったのだ。

 それに、


「どうせもうすぐこの国は消えてなくなるさ」


 それがグンツの考えだった。


***


 一方、オブレスはいち早く迎賓館を去っていた。彼は元からこんな場所に興味はないし、彼はそもそも貴族というものが嫌いだった。彼にとって貴族とは嫌悪の対象であり、自分達を虐げ、暴虐の限りを尽くす『悪』そのものと言ってもよかった。

 オブレスは元々貧民街の出身ではない。彼はれっきとした商人の息子であり、彼の父親は国をまたにかけて活躍する商人だった。オブレスは幼い頃商人として父親について諸国を旅しており、彼は子供ながらに世長けた交渉上手な人間であった。そんな彼を見て父親は褒め、良い商人になると告げたし、オブレスもそのつもりだった。

 だがスラスムンドでの商売中、彼の父親は不幸な事故にあった。古くなった建物の一部が崩れ、彼の父親はその崩落に巻き込まれたのである。その隣にいたオブレスは父親に突き飛ばされ無事だったが、その程度の崩壊で死んだ彼の父親はまさに不幸としか言いようがなかった。

 オブレスはその時になって初めて、人の醜さを知った。彼の父親が仲間だと言っていた連中は父親の商品や財産を持ち逃げし、オブレスの事はほったらかしだった。元々母親も兄弟もいないオブレスは、見知らぬこのスラスムンドにおいて一人放置された。

 だがそこは頭の良い子供のなせる事なのか。オブレスは父親の商品の中で特に高価だと思われる物を見繕い、それらを隠した。裏路地には隠し場所など腐るほどあったし、オブレスは隠すのが上手だった。だがオブレスは知っていた。高価なものを金銭に変えるには、それなりの身分と保証が必要だと。子供の自分では舐められ、まともに相手にされず安く買いたたかれることは目に見えていた。

 だから彼は保護者を求めた。当時8歳であったオブレスだが、世間の事を良く知っているつもりであったオブレスは、誰に頼ればいいかの見当をつけていたのだ。それが真なる地獄の始まりだとも知らずに。


「(あの時、その事実を知っていたとして俺はどうしただろうか。だが結局はこの道を選んだだろうな。そうしなければ、きっとすぐに飢えて死んでいただろうから。父さんも言っていた。命に勝る商品はないと。生きてさえいれば・・・生きてさえいればきっと転機は訪れる。それが今だ。この地獄からなんとしても抜け出してやる)」


 オブレスは目の前にある建物の前でしばし立ち尽くす。その簡素ながらも清潔な作りをした建物は、貧民街の一角にありながら一種異質の空間を作り出していた。本来ならその清潔さこそがまっとうなはずなのに、これほど汚れた土地でその清廉さはむしろ気味が悪いと言えなくもない。


「行くか」


 その建物に入るにはなぜか勇気がいる。オブレスにとって魔窟にも等しいその建物で、彼はある事を行わなければいけなかったから。



続く


次回投稿は、3/29(木)11:00です。

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