少年達、その17~襲撃~
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「あーあ、俺達も参加したいな」
「しょうがないだろ、こんな日に見張りを割り当てられちまったんだから」
迎賓館の敷地に至る門で、愚痴を語り合う兵士が二人。彼らは本来鎧姿に身を包むのであるが、今回は宴ということもありきっちりとした正装に身を包んでいた。襟をただし、彼らは腰に儀典用の剣を佩いて宴に訪れた者達を誘導する係だった。
こんなことを申し付けられる以上、彼らも軍内ではそれなりの身分の者達である。もちろん下層とはいえ貴族の出身だし、そこそこに腕も立つ。だが宴もたけなわとなった今ではすっかりと張り子の虎と化し、ただした正装も多少なりとも着崩して、俗語で愚痴を語り合うだけになってしまったが。
そんな彼らに後ろから忍び寄る影がいる。
「何をサボっておるか、貴様ら!」
「ひぃ!」
「す、すみません! ・・・って、お前か!?」
彼らの後ろから声尾をかけたのは彼らの同僚。にこやかに笑う彼は、手に皿と瓶を持っている。
「はっはは、悪いな。お詫びと言っちゃなんだが、料理を会場からくすねてきた。これで一杯やろうぜ」
「いいのかよ、勤務中だぞ?」
「かまわねぇさ。隊長は自分だけ見回りの時間を調節して、何食わぬ顔で宴に参加しているんだ。こっちに戻ってくるわけないだろう。俺達だって愉しい事の一つぐらいないとな」
そういって見張りの一人は、既に肉の包み焼きに手を伸ばしている。まだ彼の手にした肉は温かく、寒い夜に湯気が立つ。それを見て彼らはそれぞれが料理にありついた。
「うまいな」
「くそ、中の奴らはこれを食べ放題かよ」
「ぼやくな。もう一刻もなく俺達も交代だ。そうすればあの中に交じればいい」
「そんなことできるのかよ?」
「どうせ皆へべれけだ。俺達が混じったところで明日の朝には顔も覚えていないさ。それにもう宴は最高潮だ。ほとんど全員が酔っぱらって、ほどなく乱痴気騒ぎが始まる。前回もそうだったしな」
「本当かよ?」
見張りの一人が果実酒を飲み干しながら目を丸くした。それに応える兵士は得意げだ。
「本当さ。もうじきくんずほぐれつの無礼講になる。俺もこの前ちょっとだけ交じってみたんだが、伯爵令嬢と肩を組んで酒を飲んじまった」
「本気か?」
「どこの伯爵だよ?」
「それは・・・ん?」
自慢げに自分の武勇伝を語ろうとした瞬間、その兵士は異常に気が付いた。人影が門の外に見えた気がしたのだ。
彼は少し酔いを醒ますように頭を振り、門の外を目を凝らして見る。だがそこにあるのは夜の深い闇だけ。彼らの周りに元々光は少ないし、小さな光では周囲を包む闇を裂くには不十分だった。
「・・・気のせいか?」
「どうした?」
「いや、今人影が」
「酔ってるんじゃないのか? こんな夜更けに起きているような連中はこの辺にいないはずだ。それに番犬を放っているだろ? 何かあればそいつらが吠えるさ」
「だよなぁ。まぁだけど念のため、ちょいと見てくるよ」
その兵士は重い腰を上げ、ややよろめく足で闇夜に向かって歩き出す。その後ろから他の兵士二人は冷やかしを飛ばすのだ。
「この生真面目坊主が」
「だからいまだに女がいないんだよ! どうせその伯爵令嬢とやらも、フカシなんだろ!?」
「やかましい! 帰ってきたら俺がその女をモノにした場面を聞かせてやるぜ!」
座ったままの兵士二人は、後ろから口笛を吹きながらその兵士を見送った。カンテラを持ったその兵士の姿が闇夜に遠くなり、やがて点ほどにもその明かりは遠くなった。だが敷地の外にはほとんど明かりのない闇夜なので、そのカンテラの明かりは少々遠くに行ったくらいでは見えなくなることはありえない。
その明かりがふらふらと彷徨うのを見て、兵士二人は笑っていた。
「あいつ、ふらついてやがる」
「奴の人生みたいだな。知ってるか? あいつ、16の時には相当モテたんだ。同時に三人の女の子に言い寄られてさ」
「へぇ、そいつは初耳だ。で、どうした?」
「今みたいに女の間でふらふらして、結局全員に振られた」
「はっはっは! あいつらしいな」
そんな話をしてからかううち、その明かりがこちらに戻ってくる。その明かりを見ながら、兵士二人は大いに笑った。
「やっと帰ってきやがった」
「おーい、早くしろ! お前の自慢話はどうでもいいから、はやく会場に乗り込もうぜ!」
そう言って一人の兵士が手を振ったが、彼はそのうちなんだかおかしなことに気が付いた。明かりを持つ者の姿が、先ほどまでの兵士と少し違う。自分が酔っているのかと目をこすったが、それはやはり彼の知る友人の姿ではなかった。
そしてその姿がはっきりする以前に、その周囲には無数の足が見えてきたのだ。彼らの姿は一様にぼろぼろであり、その目は血走っていた。彼らは痩せこけ、くぼんだ目だけが爛々と輝き、それは亡者の群れにも似た浮浪者達の集団だった。大行進ともいえるその数に兵士二人は剣を取るのも忘れ、呆然とその行進を見守っているだけだった。やがてその行列が何者なのかを悟ると、兵士たちは手に持っていた酒瓶をその場に落としたのだった。彼らの月の給料にも匹敵するだけの高級な酒が、地面に勢いよく流れ落ちる。
そしてカンテラを持っていた人物が、陽気な調子で彼らに話しかけるのだ。
「いよう。元気にしているか、兄弟。俺と宴会場に殴り込まねぇか」
「き、貴様。何者だ!」
「そのカンテラを持っていた兵士はどうした!」
「ああ、さっきの兄ちゃんね。ほれ」
その男が投げてよこしたものを見て、兵士の顔色が変わった。そこには目に釘を打ちこまれた、無残な彼らの友人の生首が転がったから。
兵士たちの顔は蒼白になり、次に怒りで真っ赤になる。
「き、貴様!」
「そこになおれ! 成敗してくれる!!」
「あーあ、残念だな。お前達とは友達になれるかと思ったんだが。もういいや、やっちまえ」
その合図で、彼らの後ろに回り込んでいた浮浪者達が一斉に襲いかかる。兵士達は彼らの何人かを斬り伏せたが、浮浪者達は仲間の死などまるで意に介さないかのごとく次々と襲い掛かった。亡者が生者を地の底に引きずりこむように、彼らはその骨と皮の手で兵士たちの服を破り、肉を裂き、兵士二人の命を削ぎ取って行った。その横では、ちょうど酒瓶から流れ落ちる酒がなくなるところであった。
その光景を楽しそうに見下ろすカンテラの男。彼の名前はグンツといった。
***
「アルフィ、暴徒の群れです」
「暴徒? こんなところに?」
アルフィリースの疑問ももっともである。アルフィリース達がここに来るまでに、とても多くの兵士達を見た。彼らはきちんと帯剣しており、鍛えられていることが整然とした動きでわかったのだ。それはスラスムンドが戦争の多い国であることからもアルフィリースはある程度予想をしていたのだが、噂に違わぬ国だとアルフィリースは多少なりとも感心したのだが。
その軍隊を蹴散らしたとなると、相当の数ということになるとアルフィリースは判断した。アルフィリースはリサに問いかける。
「数は?」
「わかりません。ただ百ではきかないだけの人数です」
「なんで・・・」
「今だからじゃない?」
意外にも冷静なのはユーティだった。彼女はアルフィリースの耳につかまっている。羽の羽ばたき具合を見ると、さしものユーティも慌てているようではある。
「ここには、あり得ないくらいの贅沢な品がたくさんあるわ。私も思わずがっついたけど、城下町の貧困具合を考えたら、ここの食事は別世界かと思えるくらい豪華よ。こんな世界が少し場所を隔てた所で行われていると浮浪者達が知ったら――」
「でも、誰がわざわざ?」
「そんなことは知らないけど、それよりも問題は今どうするかでしょう?」
ユーティの言葉はもっともであり、アルフィリースの思考はすぐに切り替わる。アルフィリースの頭脳には脱出までの手順が浮かび上がっていた。
「よし。ユーティはエルザとイライザを見つけて連絡、一階の調理場の搬入口で合流よ。リサ、ルナティカとはここを離れても連絡は取れるわね?」
「問題ありません。既に合流場所の打ち合わせは済んでいます」
「ならすぐ動きましょう。相手の出方によっては脱出が困難になるわ」
ユーティは宙を全力で飛び、アルフィリースとリサは早足で駆けた。今回彼女達は武器を持っていない。敵との遭遇はそのまま危機を示しているのだ。暴徒と遭遇しても、彼女達に戦う手段は乏しかった。
ユーティがまもなくエルザとイライザを連れてくると、彼女達はまだドレスに身を纏っていた。イライザは護衛らしく正装のようなきっちりと仕立てられたズボンをはきベルトをし、金のボタンをしっかり合わせたぴたりとした服装である。細身で髪の短めな彼女は、見ようによっては男性に見えなくもない。エルザといえば、ゆったりとした白のドレスに、金で線をしたて、ところどころに装飾をちりばめそれは見事な貴婦人振りであった。自分から言わなければ、誰も彼女がアルネリアの大司教だとは気付くまい。
案の定彼女達は、どこかの貴族令嬢とその護衛ということで押し通したようだった。ミランダと同じく巡礼であったエルザは各国の事情もそれなりに詳しい。予め外に並ぶ馬車などを見ながら、どこの国の大使などが出席しているかを判断し、彼らがわからないようにどこぞの貴族令嬢に成りすましたのだった。アルネリアだと正体をばらしてしまえば、色々と周囲が恐縮してしまう可能性を考慮したのだろう。
そして姫様のようにドレスの裾を持ちながら、まるで舞踏会に急ぐお姫様のようにエルザはアルフィリースの元に駆けてくる。
続く
次回投稿は、3/27(火)11:00です。