少年達、その16~欲望の代償~
「(ならいいがな。あれはもはや我々の私的財産だ。あれがないと、なんのために今回の騒動を起こしたのかわからんよ)」
「(それにしても悪党だな、あんたら。まさか自分達の私利私欲のために、自分の国の財宝を俺達に奪わせるとは。何を考えている?)」
オブレスが述べた言葉に、それぞれの者達がせせら笑う。
「(小僧、この国をどう思う?)」
「(終わってるよ、この国は。クソの掃き溜めだ)」
「(我々も同意見だ。だから我々は、この国を見捨てることにしたのさ)」
「(だから国の財産を自分達のものにしようってか? とんだ下衆野郎だ)」
「(その下衆の恩恵にあずかっている貴様は、下衆にたかる害虫だ。自分の立場をわきまえろ)」
「(・・・)」
その言葉にオブレスは黙ったのか、多少の沈黙が流れる。再び口を開いたのは宰相のメンティス。
「(くれぐれもわきまえることだ、オブレス。貴様達は我々に生かされている。今度の取引でも、貴様には十分な譲歩をしたのだ。あの者の口添えが無ければ、貴様はこの場に立つことすら本来なら許されん、もし貴様に預けた我々の資産に金貨一枚の誤差でもあってみろ。貴様の弟達の行く末は、調理場で捌かれる魚よりも悲惨な目に遭うだろう)」
「(・・・それはわかっている。今回稼いだ金は、全員で食うだけでも一年は困らない。これをだけあれば汚れ仕事をしなくても、新しい事業を始めることも可能だ。その点だけはあんた達に感謝しなくもない)」
「(そう。我々は一蓮托生だが、私達の方が必ず立場は上なのだ。その事さえ忘れない殊勝な態度を取ればよい。そして貴様の事業が我々のためになるのなら、我々とて協力に吝かではない。私はこう見えて貴様の事を気に入っている。貴様は機転も利くし、図抜けた態度も見ようによっては立派なものだ。貴様が貴族でありさえすればな)」
「(差別主義者が。言いたいことはそれだけか)」
「(まだある。次の計画についてだ)」
オブレスは余程この場にいるのが嫌なのか帰りかけたようだが、メンティスはその彼を止めた。まだ彼には言いたいことがあるようだ。
「(我々は亡命する。その手引きをしてもらおう)」
「(なんだと? そんなことができるわけ――)」
「(できるさ。貴様の後ろにいる人物に頼めばな)」
「(・・・あの人の事を表に出すわけにはいかない。お前達が揃って亡命すれば、必ず怪しむ連中が出る)」
「(それを何とかするのが貴様の役目だ。上手くやってみせろ、いつものようにな。むしろ貴様の利用価値はそれくらいだ。失敗すれば・・・わかっているな?)」
それぞれの人物が顔を歪めながら笑っているのが、空気だけでもリサにはわかる。その表情を目の当たりにしているオブレスにとって、それは屈辱的な光景だろう。だが、オブレスは逆に笑ってみせたのだ。それは少し乾いた笑いだったのかもしれない。
「(ははっ)」
「(何がおかしい?)」
「(いや、欲をかいたのはどちらかと思ってな)」
オブレスはかぶりを振って見せた。その瞳はリサからは見えないが、彼はメンティス達をあざ笑うように、精一杯の憐れみを込めて宰相達を見たのだ。当然、メンティス達は今までの余裕の態度から、さらに威圧的な物へと変わる。まさに貴族然とした貴族の反応だった。それがオブレスには余計におかしい。
「(我々を愚弄するか、下賤の小僧が)」
「(お前達――本当に哀れだな)」
オブレスは余裕をもって彼らを笑った。
「(確かに俺は下賤の小僧だ。あんたらみたいに学もないし、金とも権力とも無縁さ。だが卑しい出の俺だからこそ、自分ができる範囲の事を良く知っている。あんた達は麻痺しているんだよ。権力を振りかざし人を脅かすことに慣れ過ぎて、自分一人で何ができるか勘違いしている)」
「(どういうことだ?)」
「(こういうことさ)」
オブレスがそう言うと同時に、貴族達の護衛が一斉に彼らに剣を突き立てた。何が起きたかわからず、一様に自分達の護衛を不可思議な目で見るアラスノーフ、フェミトン、メンティス。アラスノーフとフェミトンは心臓を串刺しにされあっという間に倒れたが、メンティスは心臓を貫かれなかったのか、まだ意識をしっかりと保っていた。その目がオブレスに問いかけるように彼に定まる。
地面に這いつくばるメンティスに向けて、オブレスはゆっくりと告げた。その瞳には変わらず憐憫の情が見える。
「(あんたらは自分の護衛の力を自分の力と勘違いした。自分の護衛が自分の言うことを完全に聞くと、盲目的に信じてたんだ。その結果がこれだ。生憎と、彼らは最初からこちらの側だったんだよ)」
「(な・・・ぜ)」
「(それは俺も知らない。俺はただの駒だから、必要以上の事は知らなくていいのさ。知ろうとすれば、必ず良くない事が起きる。俺はだから与えられた役割だけを忠実にこなした。あんた達と交渉をし、盗賊団を指揮し、兄弟達を助けた。俺にはそれで十分だ。あんた達が余計な事を望まなければ、ここであんた達を殺す必要はなかったんだ。最初の交渉で忠告しておいたはずだ。もし俺の後ろにいる人物に迷惑がかかることがあれば、それは交渉決裂の時だと。それは自分達が死ぬことだと同じ意味だとは、考えられなかったのか?)」
「(・・・)」
「(もう聞こえていないだろうが、最後に俺自身の感想を一つ。これだけ俺達民衆を食い物にしておきながら、調子のいいことばかりをぬかすんじゃねぇぞクソ野郎。似合いの死にざまだぜ)」
オブレスはそれだけ言うと、地面に這いつくばるメンティスに唾を吐きかけ、その場を後にした。彼の後ろには、貴族達の配下であった者達が続く。彼らは部屋を出ると、それぞれが別々の方向に足早に去って行った。
リサはそこまでの出来事を感知すると、ルナティカを促してオブレスの後をつけさせた。同時にユーティにアルフィリースを呼びに行かせ、自分はしばし考え込んだのである。
「(驚きの出来事です、一国の重鎮達が暗殺される場面に出会ってしまいました。もうこの国はいよいよ末期ですね。いかな事情があるとはいえ、貧民街の子どもに宰相が始末されてしまうわけですから。また宰相があの程度の人物しかいないようでは、この国の王の器も知れようというもの。一年となくこの国は亡びるのではないでしょうか。
ですがこの国の行く末よりも気になるのは、オブレスの背後にいる人物。およそ想像はつきますが、証拠が欲しい。ルナ、貴女が頼りです。今度こそ頼みますよ)」
リサは祈るような気持ちでルナティカに託した。そして自分はそっと窓から部屋に分け入ると、改めて部屋の様子を観察した。その場には三つの死体以外は何も見当たらず、証拠になりそうな物はない。当然と言えば当然だが、こうなるとやはりルナティカに頼るしかない。
リサは部屋の外にいる人物を感知すると、部屋の扉を開けて外に出た。そこにはアルフィリースが立っていた。彼女も既に会合が終わったことを察して、部屋を出てきたのである。
「リサ」
「アルフィ、行きましょう。ここに長居をするのはまずい。エルザとイライザを伴って、この場所を去ることをお勧めします」
「リサがそういうのなら。ねぇ、黒幕って」
「アルフィも想像がつきますか?」
「想像だけならね。あんまり考えたくはなかったけど」
アルフィリースがいかようにしてオブレスの裏にいる人物を想像したかリサにはわからないが、リサにとってはあまり明るい話ではなかった。オブレスの立場は一歩間違えれば昔の自分であったし、リサにとってオブレスは十分に同情の余地がある。
だからこそわかるのだ、オブレスがどれだけの危険を冒しているか。一国の宰相をいとも簡単に暗殺できてしまうような人物の手足となって働くこと。それがいかな結末を産むのか、オブレスは想像していないというのだろうか。
「リサには関係のない事ですが・・・どうも他人事とも思えませんね」
「何が他人事なの?」
「いえ、こちらの事ですが・・・それよりアルフィ。なんだか外が騒々しくありませんか?」
リサはふっと耳に入った変化に全身の警戒心を上げた。彼女のセンサーがこの場の異常を捕えようとする。
「リサ、誰かが騒いでるわけじゃないの?」
「いえ、これは・・・ただの騒ぎではない。悲鳴どころか、断末魔の声が聞こえました」
リサの一言は、この迎賓館に招かれざる者が訪れたことを示していた。
続く
次回投稿は3/25(日)11:00です。