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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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少年達、その15~密談~

「(もう始めませんか。我々が来てから既に半刻は立っているでしょう)」

「(もう少し待たれよ。主賓がおらぬ)」

「(ですがあまりここに長時間いるわけにもいきますまい。何の会合かと勘繰られる)」

「(我々が酒を飲んでいたところで、別段文句を言う輩など滅多にいるまいよ。主賓とあの小僧が来てからでないと、話し合いは始まるまい)」


 中の会話を聞く限りでは、どうやらまだ話し合いは始まってないらしい。リサはそっと中の会話を続ける二人の声を聴いていたが、その声色が徐々に険しくなる。

 リサが手元の紙に文字を書き、それをそっとルナティカの方に差し出す。紙をとんとんと叩くところをみると、ルナティカに読めということなのだろう。促されるままルナティカがその紙を見ると、そこには、


「(おそらく、将軍の一人アラスノーフと、財政管理大臣のフェミトン)」


 と書いてあった。国を運営する上での、実質上の頂点の中の二人。それらが密会の相手だというのだ。盲目のリサは相手を見分けるときにセンサーとして相手の輪郭を察知するだけではなく、相手の声質、口調、足音など、ちょっとした仕草を覚えて相手を判断する。

 リサはこの迎賓館にて、中の人間達のそれらの特徴をじっと観察していた。彼女は記憶力の良い方とはいえないかもしれないが、相手を把握する上での特徴は一度覚えれば決して忘れない。それこそがリサがセンサーとして重宝された理由の一つでもあり、彼女の武器でもある。リサはこの館に入ってから半刻にも満たない時間でそこかしこの会話を聞き分けながら、どの特徴の者が誰なのかを判断していた。そのリサが判断するのである。中の人物はほぼ間違いないのだろう。

 そのリサの肩をルナティカがとんとんと叩く。


「(リサ、『人形』の数はわかるか?)」

「(心音は聞こえますが、中の状況ではなんとも。ですが心音から察するに、中には7人はいるかと思います)」


 ルナティカが聞いたのは、以前アルネリアに多数潜伏していた正体不明の人間もどき達の事。またジェイクが倒したブルンズの執事でもある。アルネリアに潜伏していた人形はルナティカがあらかた処分したが、彼らはほとんど人間と見分けがつかない。ただその行動パターンが非常に単調なのと、心音がいかなる状況においても一定で変わらない事を除けば、彼らは完璧に人間だった。

 ルナティカはミリアザールの協力も得て彼らを調べたが、彼らはその行動が止まると自己崩壊を始める優れものだった。死んでしまうと、その構成因子が何かもよくわからない。ルナティカは一度人形を生け捕りにしようと試みたが、彼らは自らの行動が制限されるとやはり自己崩壊を始め、満足に調べられなかったのだ。

 そして今回、このビュンスネルにも多数の人形が潜伏していた。ルナティカは予めそれらを処分しようと考えたが、街中で発見される個体数があまりに多く、自分の手に負えない事を知った。ルナティカは今回は報告のみにとどめ、どうするかはアルフィリースに任せたのだ。

 アルフィリースの判断はいたって明快だった。不要な戦闘は避け、必要な事だけをすればいいと。つまりエルザの依頼を果たすうえで障害になるようならば、排除もやむを得ないということだった。だが同時に、この国は既に終わりに近いかもしれないともアルフィリースは語っていた。そしてその人形が一体どれほどこの大陸に浸透しているのだろうと、アルフィリースは懸念していたのだった。ルナティカにその悩みは理解できなかったが、なんとなくルナティカもアルフィリースの考えていることには興味があった。アルフィリースは何を考えて過ごし、何を目指しているのか。ルナティカもその行く末は見てみたいとも思う。

 だが現状、今問題なのはこの密会。そしてエルザの依頼。そのために人形達がどれほど介入しているのかが重要な点となる。間もなくして扉を開く音が聞こえ、足音が複数入ってきた。どうやら誰かが到着したらしい。


「(皆の者、待たせたな)」

「(これはこれは、やっと来られましたな)」

「(お待ちしておりました)」


 アラスノーフとフェミトンが口々に答える。彼らの口調からすると、相手はさらに立場が上の者のようだった。リサがその特徴を慎重にとらえると、彼女の顔はますます険しいものになった。手に持つペンがかき殴るように動き、そしてルナティカがかろうじてその文字を読み取ると、そこには「宰相メンティス」とだけ書いてあった。リサが独り言のようにつぶやく。


「(宰相まで絡んでの悪事とは、どれだけこの国は腐っているというのですか。この国の惨状も頷けるというものです)」


 それでもリサには、彼らが盗賊団を先導する理由がよくわからなかった。盗賊達はいいだろう。彼らの目的は目先の食べ物、金である。だが軍や宰相はどうだろうか。何の得が彼らにもたらされるのか、リサにはさっぱりわからない。

 そうするうち、彼らは口々に話し合いを始める。


「(例の小僧はどこだ?)」

「(まだ来ておらぬ)」

「(あの小僧、段々と態度がふてぶてしくなるな。我々を待たせるなど、不届きな奴だ)」

「(仕方あるまい、所詮下賤の育ちだ)」

「(下賤で悪かったな)」


 おそらくはオブレスであろう少年の悪口が始まりかけた所で、それを止める声が突然聞こえた。リサにはなんとなく想像がついていたのだが、オブレスは最初からこの部屋の中にいたのだ。だが誰もオブレスの存在に気が付いていない事から、リサはオブレスが変装をしていると考えていた。

 実際にその通りであり、オブレスはフェミトンの部下の一人とすり替わり、何食わぬ顔で彼の従者として同行したのだ。あまり顔を見られぬようにするためか、彼らは目深に縁の長いシルクハットのような帽子をかぶっている。それのせいで誰もオブレスに気が付かなかったのだ。予めリサだけが途中で従者が入れ替わったことに気が付き、おそらくはオブレスなのだろうと想像していたのだった。

 オブレスは変装を解くと、フェミトンの足元に帽子を投げ捨てた。


「(無礼な! 私の部下に成りすまし、揚句この態度か)」

「(生憎俺は下賤の生まれでしてね、礼儀などとは無縁なもので。それよりも有意義な話し合いを始めませんか。時間もあまりないでしょう)」

「(・・・いいだろう)」


 フェミトンも時間は気になるのか、オブレスの申し出をあっさりと受けた。そして彼らはアルフィリースやエルザの予想通り、盗賊団の事についての話し合いを始めた。


「(さて、今回盗賊団は予定通り討伐されたわけだが)」

「(予定通り、というわけではないだろう。最初はカラツェル騎兵隊に討伐される予定だったはずだ。奴らなら問題なく討伐するだろうからな。だが討伐したのは別の傭兵団だったな。『無限の』・・・なんといったか)」

「(結果が同じなら誰がやろうとどうでもいい。だが、やつらに貯めこませた財宝は回収したのか、オブレス?)」

「(それは問題ないさ。あそこでやられたのはどうでもいいチンピラばかりだ。肝心の俺の部下達、あんた達に借りた部下達はあそこにいなかったんだから。俺の仲間は今頃、きちんと財宝の管理をしている)」


 その言葉にリサは納得がいった。やはりアルフィリースが疑問に思った通り、あの盗賊どもはただの雑魚だったのだ。彼らを倒しても何も解決してはいない。

 リサはさらに聞き耳を立てる。中の貴族達とオブレスは会話を続けていた。



続く

次回投稿は、3/24(土)12:00です。

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