少年達、その14~退廃の宴~
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「まさかこんなに堂々としたところで密会をするなんてねぇ」
「でも確かに、逆に不自然ではないかもしれません。人間なんて身なりさえ多少しっかりしていれば、浮浪児かどうかなんて一見ではわからないでしょうから。それにわざわざ隣の人間がどこの家の誰かなんて、確認し合うような場所でもないでしょう」
リサの言うとおり、この場所では隣の人間が誰かなどもはや気にするようなところではなかった。退廃の宴。城下町で平民達が日々の食事に事欠く一方で、貴族や騎士達は飽食の夜を過ごしているのだ。皿に山と残った料理が次々と捨てられ、新しい料理の皿が絶え間なく並べられる。人にぶつかり、地面にまき散らかされる料理。その一皿でもあれば、何人のが飢えをしのげるであろうか。
また人目も憚らず肩を抱き合う男女。場末の酒場の男と娼婦のような慣れ合いは、およそ貴族が旨とする高尚な付き合いとは程遠かった。この国は貧困にあえぐと同時に、皆がその事実から逃げるがごとく倫理観まで低下していた。宴会が始まった直後でさえこの有り様なら、一体この後いかほどこの場は乱れるであろうか。
アルフィリース達が出席しているのは、ビュンスネルの迎賓館で行われている各国大使を招いての宴である。立食形式で行われるこの宴だが、迎賓館の一階のみを会場として解放し、あとは自由に動き回れるようにしていた。バルコニーやテラス、庭にもそこかしこに適度なつまみと酒は用意されており、迎賓館の敷地内であればほぼ全てどこにいても酒と料理が楽しめる。二階から三階は賓客用の宿泊施設や会議室、多目的用の部屋となっているが、明りは暗めにしてあった。この迎賓館の新米警備がその理由を上官に問うと、宴もたけなわになればその理由はわかるだろうと告げた。そして適当な所で仕事は切り上げ、我々も宴に参加する事になるだろうと。首をかしげる新米に、上官は理性は保つだけ無駄だと言い残した。
ところでなぜこんなところにアルフィリース達が潜入できたかというと、それはリサのいつもの手管なのであるが。
「方法を聞くだけ野暮ってもんです」
とリサが言うのもいつもの事なので、アルフィリースはあえて聞かないでおいた。以前傭兵団で起こった揉め事を解決するときにリサが用いた方法など、あまりの陰湿さにエアリアルは「清浄な空気を吸ってくる」と遠乗りに出かけ、動揺したエクラはペンを折ったことにも気づかず書類を書き続け、エメラルドはわんわんと泣いてしまった。リサのやっている裏工作の数々は聞かぬが仏だと、アルフィリースも改めて認識したのだった。
また肝心の宴だが、アルフィリースやリサは髪色であまりに目立ちすぎる。そのため潜入した後は身を潜め、リサが現在探知中とういうことだ。イライザとエルザはアルネリアの正式な招待客として、真っ向から宴に参加している。彼女達なりに各国の大使から聞き出したいことがあるのだそうだ。
そしてルナティカは別の方法で潜入していた。ここは迎賓館であり、防音や認識阻害の魔術などは何重にも施されている。そのためリサよりもルナティカの方が色々な意味で役立つ可能性が高い。だからルナティカは別行動とし、その連絡役はユーティが果たすことになっている。
だが、スラスムンドを貧困にあえぐ国と思っていたアルフィリースにとって、目の前の飽食の宴は衝撃的であった。
「どうして飢えている人を放っておいて、あんな贅沢ができるんだろう?」
「貴族なんてそんなもの、と言ってしまえば話は早いですが、彼らは民が飢えていることすら知らないかもしれません。彼らの世界はこの貴族同士の社交場だけ。民衆と直に触れる貴族など、果たして何人いるでしょうか」
「でも下働きの人間は屋敷にもいるんじゃ」
「いるでしょうが、会話などもっての他である事が多いでしょう。以前は機嫌の悪い貴族に話しかけた下働きの人間が、その場で無礼打ちになった話も聞いたことがあります」
「・・・私には理解できないわ」
アルフィリースが悲しそうな顔をしたので、リサがその手をそっと背中に添える。
「アルフィ、全ての出来事が理解できるわけではありません。ですが、物ごとを良い方向に向けようとする努力はできるはずです。我々はまず、身近な事から始めていけばいいのですよ」
「そう、かな?」
「自分のケツも拭けない人間が他人のケツを拭こうなんざ、おこがましいにもほどがあります」
リサがぐっと親指を立てたので、アルフィリースはくすりと笑う。
「ありがとう、リサ。少し元気が出たわ」
「その意気です。まずは目の前の案件から片付けましょう」
「で、盛り上がっているところいいかしら?」
ユーティが二人の後ろから話しかける。ユーティも目の前の状況に呆れつつも、その口にはしっかりつまみ食いをした後が見られる。あつかましい妖精だなぁとアルフィリースはある意味感心するが、ユーティは彼女なりに真剣に取り組んでいるようだった。
「ルナティカから伝言。三階裏階段より左に三つ目の部屋にて密会が行われる模様。すぐに来いってさ」
「さすがに仕事が早いですね、ルナは。行きましょうか、アルフィ」
「ええ、給仕に化けた甲斐があったわね」
アルフィリースは地味な茶色の服に、白のエプロン姿でくるりと回って見せる。どうやらスカートをはくのが久しぶりらしく、彼女は変装を多少楽しんでいるらしい。この辺りはいつもの自由なアルフィリースである。
そしてリサとユーティに多少見せつけるように、彼女達の感想を聞きたいのか、目をきらきらさせている
「どうかな?」
「馬子にも衣装」
「ブタに真珠」
「私、どれだけ立場が低いの?」
リサとユーティが相手では当然と言えば当然の返答に、アルフィリースはしかし悔しがりつつも落ち込んだ。そしてうなだれたアルフィリースを連れて、三人はルナティカの指定した場所へと向かう。途中ほとんど誰にも見られずに到着できたのは、ひとえにリサの感知能力のおかげに他ならない。
目的の部屋の近くに来ると、当然と言えば当然だがそ扉の前には人が立っていた。護衛なのだろうが、明らかに彼らは殺気だっており、部屋の中で重要な何かが行われているのは誰が見ても明らかである。そんな様子を見て、リサがアルフィリースにそっと耳打ちする。
「アルフィは向いの部屋に待機してください。そこには人がいませんし、鍵は予めルナティカに開けてもらっています。何かあった時には呼びますので。リサはルナと一緒に、今からもっと近くにまで行きますから」
「ええ、お願いするわ」
そう言い残すとリサはアルフィリースを目的の部屋の向かいに忍ばせ、自分はバルコニーに向かって歩き出した。リサの予想通り目的の部屋の両隣には何人かの護衛らしき連中が控えており、部屋は使えそうになかったからだ。
だからルナティカは予めこの迎賓館中の部屋に仕掛けをしておいた。部屋の一部を細長い刃物でくりぬき、中の音が漏れるようにしてあるのだ。防音や認識阻害などの結界系の魔術をかける時の欠点として、部屋のような固定空間に魔術をかける場合は、壁に沿うように魔術を施すことが挙げられる。全てがそうだとは限らないが、十中八九はそうした方が魔術は安定するし、強力である。つまり魔術が施された後で壁の一部が抜ければ、そこからは音が漏れてしまうのである。これは隠密や暗殺を請け負うルナティカが、魔術を破る手段の一つとして経験上知っていることであった。
リサがバルコニーにつくとそこには酔っぱらいや、あるいは愛を語る者などが何人かいたが、一角には男達が酒をもってたむろしている。そこは目的とする部屋の窓側へと続く場所であり、男達は酒を飲んでいる様子は一向に見えない。おそらくは警護の者だろうとリサが見当をつけどうしたものかと悩むうち、彼らは一瞬で音もなく倒れた。そして男達を物陰に引き込むと、ルナティカらしき影が手招きをする。リサは周囲の感知をして誰もこちらを見ていない事を確認し、足早にルナティカの元に駆け寄る。
「大胆ですね、ルナ」
「時間が惜しい。一刻も早く進めたい」
「それは同感です。ですがこの連中をこんな所に放置して大丈夫ですか?」
「どうせこんな宴会。酔っぱらいが倒れている程度にしか思われないだろう。酒瓶でもその辺に転がしておけば大丈夫だ」
ルナティカは酒瓶の中身を適当に生垣の花にばらまくと、空き瓶を男達の傍に転がしておいた。そして二人は足早に目的の部屋の窓際へと近寄り、壁にくりぬいた穴を開放する。幸いにもその場所は手すりなどでちょうど陰になるし、周辺の建物は遠い。遠くから仮に二人の姿が見えたとしても、何をしているかまではわからないだろう。何より、誰かに見られていればこの二人が気づかぬわけがない。
ルナティカが目立たないようにわざわざ色塗りまでした刃物をそっと引き抜くと、リサがぴたりと耳を当てる。それだけすれば、リサには全員の会話が聞き取れるのだ。リサは中の声が十分に聞こえることを確認すると、ルナティカに向けて指を立てる。十分だという合図だった。
リサがさきほどくすねておいた紙とペンを用意して、中の会話を聞き取る。
続く
次回投稿は3/23(金)12:00です。