少年達、その10~助言~
「あなた何者です!? このリサが、ここまでやすやすと接近を許すなんて」
「恰好を見る限り、あいつらのお仲間って感じだな。どこから湧いて出やがった」
「質問は一つずつにしてくれ。たとえばこんな風に」
ユグドラシルの姿がふっと消える。すると今度はリサの背後に現れ、リサが振り向く時には既にその姿は消えていた。そして今度はラインの背後にその姿が現れかけると同時に、ラインはその方向に剣を突き出していた。
だがその鋭い剣筋も、ユグドラシルは難なく指先で剣をつまむように受け止めていた。ユグドラシルは剣をつまみながら、少し楽しそうにラインに問いかける。
「危ない奴だ。刺さっていたらどうする?」
「剣士の背後を取ろうとする方が悪い」
「そうか。だがいい反応だ。良い剣士をアルフィリースは仲間に持っているな」
ユグドラシルはラインの剣をぴんと指先で弾くと、軽く彼に頭を下げて非礼を詫びた。その素直な対応にラインも剣を収める。ラインとて本気ではなかったが、あっさりと自分の剣を止められたことは多少彼の誇りを傷つけた。それでもアルフィリースの対応を見る限りでは、ユグドラシルが正面切って自分達の敵ではないと判断しているのだ。さりとて味方とも限らないから、ラインは油断なくユグドラシルの様子を見守っていた。
ユグドラシルがアルフィリースの方に向き直る。
「良い剣士が仲間にいるな」
「ただの変態よ。だけど、どうやって近づいたの? 私も全然気が付かなかったわ」
「そうだな。例えば――」
ユグドラシルが右の指をぴっと上に立てると、自然と全員の目線がその指に集まる。だがその瞬間、ユグドラシルの体は右手以外が消えていた。何が起こったのかわからず驚く一同。
「え? ええ!?」
「まあこういうことだ。認識阻害や不可視の魔術というものは奥が深い。応用次第でこんなこともできるということだ。またこれらの魔術に限らず、単純で普及している魔術ほど応用が利くこともある。
例にとるなら回復魔術だな。お前達、我々が全員不老不死の化け物とでも思っていないか?」
ユグドラシルの問いに、アルフィリースがこくこくと頷く。その仕草を見て、ユグドラシルは「しょうがない奴め」といわんばかりに、軽く笑みをこぼした。
「言っておくが完璧な不老不死などありはしない。生き物は全て種族として、受け継ぐ素因によってその強度や寿命が決まっている。それらの法則を時に捻じ曲げるのが魔術であり魔法だ。我々が不死に見えるのは、全員が何らかの魔術を使っているからに過ぎない。
実際、我々の仲間はほとんどが人間だ。元人間、というやつもいるがな。炎獣を仕留めたドラグレオとかいう豪快な奴がいるだろう? あれすら人間だからな」
「ええ!? だって、あの男は炎獣を吹き飛ばして・・・」
「まあ規格外の化け物であはるがな。それでも奴は人間だよ。殴れば傷を負うし、斬れば血を流す。まあその本質は限りなく獣だろうが」
ユグドラシルが彼にしては楽しそうに語る。その言葉にアルフィリースは考え込み、話のわからぬ仲間はそのやり取りを大人しく見守っていた。この場でドラグレオを知っているのはアルフィリース、リサ、ユーティだけ。彼女達は信じられない事を聞いたといわんばかりに互いの顔を見合わせ、ああでもない、こうでもないと意見を交わし始めた。
そんな中、冷静にラインがユグドラシルに質問する。
「で、お前は結局何をしに来たんだ? まさかそんな与太話をしにきたわけじゃないだろう」
「いや、通りがかかったのは本当に偶然だ。ここの町に物資を運ぶ連中がいたが、途中で魔獣に絡まれていたので助けたら、お礼にこの町まで乗せてくれてな。もっとも町がこの有様では、お礼とは言い難いかもしれないが。
だがその男の言うとおり、多少用もあった。どうやらとんだ餓鬼がこの町に入り込んだようなのでな」
「餓鬼だと」
「あのクソッタレドゥームの事でしょう」
リサがラインの言葉につけたした。リサの嫌悪感も露わな言葉に、多少困った顔をするユグドラシル。
「その口調から察するにどうやら因縁があるらしいが、今回はそいつの部下も来ている。いいのか、お前の仲間が危ないようだが」
「え?」
「なんですって?」
その言葉に、リサが慌ててセンサーを張り巡らせる。先ほどリサの感知した時には、半径200m程度には何もなかった。イライザとルナティカがリサの常時張っているその範囲から出ていくときには、何もなかったのだ。またルナティカの危険探知能力はリサのそれをはるかに超えると、リサ自身が思っている。彼女がいるからと油断もしていた。
加えて、このような大都市だと見回りなどの警備にセンサーがいることも多い。彼らをうかつに刺激すると目をつけられるし、都市の要所要所にはセンサーを妨害するような魔術を施してあるため、リサは街中ではセンサーの規模を縮小する。それはセンサーの自然な行為であり、礼儀でもあった。人の生活の覗き見をすることにもなりかねないし、街中では基本安全だからだ。
そしてリサが慌ててセンサーを張り巡らせるが、その表情が難しいものになる。
「敵は別に・・・いえ、これは」
「リサ、何かあったの?」
「イライザとルナティカは無事で、さらに敵の気配はないのですが、その周辺にいる人の気配が次々と消えています。何かが確実にいるようですね」
リサの報告に一同の表情が引き締まる。そしてユグドラシルが彼らを促した。
「敵によっては、センサーでは探知できない者もいる。先ほど私が見せたような魔術が上手い奴とかが良い例だ。いいのか、こんなところでのんびりしていて」
「いいえ! リサ、その場所まで案内して!」
「もちろん!」
リサを促すようにアルフィリースがその場を離れて行った。もちろん他の仲間もそれに続く。だがその場に残った人間もいた。エルザとラインである。彼らを見てユグドラシルが興味深げに問いかける。
「お前たちは行かないのか?」
「行くさ、聞くべきことを聞いたらな」
「ええ、私も」
ラインとエルザは言葉をかぶせるように返事をした。先にラインが問いかける。
「お前、敵じゃないのか。なぜ俺達を助ける」
「私は敵でも味方でもない。形上オーランゼブルの側にいるが、それは今最も有益な事をしているのが奴だからだ。だが、オーランゼブルも絶対ではない。その時はアルフィリースに頼ることになるし、そのことはオーランゼブル自身がよくわかっている」
「何!? アルフィリースがなんだってんだ?」
ラインがユグドラシルの思わぬ言葉に詰め寄る。その手は既にダンススレイブにかかっていた。そんな彼をユグドラシルは幼い子供でも見るかのように優しく見つめた。
「焦るな、若き騎士よ。あの人間の重要性はいずれわかる事だ。彼女が望むと望まないにかかわらず、オーランゼブルがいる限り、あの娘は嫌でも歴史の表舞台に引っ張り出されることになる。いや、奴がいなくても変わらないかもしれないな」
「・・・それだけアルフィリースは特別だって言いたいのか?」
「特別だな。でなければ私がわざわざあの娘の前に現れんよ。唯の美しい娘に熱を上げるほど、私は暇ではない」
「美しい・・・か?」
「世に一般の基準に照らし合わせれば、十分に美しい娘だと思うが? 私の認識が違っているか?」
「む」
ラインは返答に困ってしまった。ラインはアルフィリースをそのような目で見たことがなかったからだ。確かに言われてみれば美しい女だと思う。ラインにも女の好みはあるが、たおやかで庇護欲にかられるような女よりも、ラインは快活な女の方が好みだ。だがアルフィリースは快活というよりは、まだかしましい感じがする。もう少ししとやかさが欲しいところだった。
などとラインが思いもかけない悩みを始めたので、続いてエルザが質問する。
「あなた方黒の魔術士は、仲が悪いのですか?」
「良くはないな。事あるごとに殺し合いになりかける。中には元々因縁のある相手だった者もいるしな」
「そんな連中が、なぜ協力体制を?」
「不思議か?」
「ええ、非常に」
エルザの問いに、ユグドラシルは少し感心したようだった。その目がすっと深くなる。対してエルザも、ユグドラシルの目をくいいるように見つめていた。思わぬところで重要な場面が来たと思ったのだ。エルザは自分が疑問に思ったことを聞いてみる。
「前々から不思議に思っていたのです。彼らは歴史に名を刻むような人物もいます。だが彼らの性格、人物像を考えても、彼らが大人しく一つの目的に向かって協力するとは思えない。それほどまでに敵の首魁オーランゼブルが絶対的なカリスマを持つのか、あるいは協力せねばならぬほどの目的があるのか。
ですが英雄王グラハムの人物像は非常に孤高を代表するような人物像で、彼の伝記には彼が心を開いた人物がいたとは出てきません。剣帝ティタニアも同じ。彼女も誰も周囲に信頼できる人物がいなかったからこそ、その人物像が正確に伝わらなかった。また、私が直接やりあったアノーマリーとかいう魔王製作者は、完全なる快楽主義者。あのような三人の人物を比較するだけでも、彼らが同一の崇高な目的をもつとは思い難い。また崇高な目的なら、我々の教主ミリアザールに話があってもいいはずでしょう」
「ふむ、中々鋭いな。ではオーランゼブルが絶対的なカリスマの持ち主という可能性はどうだ?」
「そうなんかと先ほどまでは思っていました、あなたが来るまでは。あなたはオーランゼブルを『奴』と呼び、ただ傍にいるだけと言った。そうすると、少なくともあなたにとってはオーランゼブルはカリスマ性を持たない事になる。そうなれば、あなただけは別行動を取っていることになる」
「・・・で?」
「いえ、その事実だけで十分です。少し光明が見えた気がしますから」
エルザはそれだけ確認すると、その場を去ってアルフィリースの後を追いかけた。ラインもユグドラシルを気にしながらも、その後を追いかける。今はアルフィリース達の方を優先すべきだと思ったからだ。彼らがいなくなった後で、ユグドラシルはふっと笑った。
「やれやれ、奴らに関わるつもりはなかったのだがな。まあいいだろう、今のままではあまりに一方的に歴史が動きすぎる。万一の時に備えて、保険はかけておくべきなのだろうな」
そう言い残すと、一陣の風と共にユグドラシルの姿はかき消えた。後には足跡すらなく、彼が存在していたという痕跡はどこにも見られなかった。
続く
次回投稿は、3/18(日)12:00です。