少年達、その9~招かれざる者~
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アルフィリース達はルナティカが少女を追って行ってから、待ちぼうけを食らっていた。ルナティカならどこにいてもこちらの元に戻ってくるだろうから、本来なら見慣れぬ都市の観光でもしたいところだが。
「この街じゃあね・・・」
アルフィリースの感想ももっともである。街の外観もそうだが、そこかしこに積まれたごみの山。生物や汚物もまみれたそれは、異臭を放っている。東の国ではアルドリュースの都市計画をもとにした下水整備がなされている場所がほとんどだが、この都市にはまだ導入されていないらしい。その様子を見てアルフィリースは顔をしかめた。
「西に行くほど確かに未開の、何も整備されていない都市は多かったけど、これほどではなかったわ」
「確かに。アルネリア教の歴代担当者も衛生管理を徹底するようにスラスムンドに呼びかけたのですが、なしのつぶてで。疫病が実際に流行ったのも一度や二度ではありません。そのたびにアルネリア教が食い止めてきたのですが」
エルザがため息と共に答えた。エルザもこの国に来る前に、一通りアルネリア教のスラスムンドにおける活動の記録には目を通している。その記録を見るにつけ、この国でできることはもうほとんどないとエルザも判断したのだ。
この国には衛生に気を遣うだけの資源がない。また衛生管理をするためには下働きをする人間を雇う必要があるが、人を雇用するだけの財もないのだが現状だった。それは街に溢れる人間を見ればわかる。彼らは働く気力がないだけではなく、雇用そのものがないのだ。
こういった国には金銭的な援助を申し出て、その利子をいつか返してもらうという手段もあるが、国の性質と運営上利子の返還が見込めないこの国では、どの国も金銭援助を渋るだろう。自分でもそう判断すると、エルザは思っていた。
「(自分は貧民街育ちのくせに、随分と都合の良い女だな。ええ、私よ?)」
エルザはふっと笑ったが、その笑みはアルフィリースに見られたようだ。
「エルザ、思い出し笑い?」
「いえ、別にそういうわけじゃなくて。ただ・・・」
「ただ?」
アルフィリースがそういった瞬間、アルフィリースの目の前にばさりと大きな鳥が舞い降りた。カラスにしては大きなその鳥は、人を恐れるどころかアルフィリースの方をじろりと睨んだのだ。
普通の鳥とは態度の違うその行動にアルフィリースが違和感を覚えるよりも早く、鳥はその口を開いた。
「アルフィリース、忠告だ」
「鳥が喋った!?」
「慌てないで、使い魔です」
突然の出来事に慌てるアルフィリースに、エルザが冷静に対処した。鳥は当然のごとく、無表情で義務的にアルフィリースに話しかける。
「ドゥームがこの街に来ている」
「ドゥーム・・・って、誰だっけ?」
「おバカですか、アルフィ。いつぞやの迷宮で出会った少年です。腹ペコ魔獣をけしかけてきたでしょう?」
「あ」
アルフィリースは思い出した。初心者のダンジョンと銘打たれた場所での出来事を。多くの傭兵達が死に、自分達は命からがら逃げだしたことを。結果的にけりをつけたのはラインだが、アルフィリースはそれを知らない。ラインもまたわざわざ語るような真似はしなかった。
またリサにとっても因縁の相手。ジェイクが彼と直接戦っているのだ。その相手がここに来ていると鳥は言う。
「で、あなたは誰ですか?」
リサは使い魔に呼びかける。するとその姿が変化し、少年の姿になった。その姿を見て、アルフィリースとリサ、ユーティは思わず身構える。周囲の者も相手が高位の魔術士である事は認識したが、アルフィリース達の怯えようは理解できなかった。エルザも同様である。
「アルフィ、こいつは誰・・・」
「ライフレスよ! なぜここにっ」
「ライフ・・・英雄王か!?」
その言葉にエルザとラインも警戒心を上げた。彼らも話には聞いている。ラインはアルフィリースとライフレスの間に立つように身構え、エルザは既に自分のフィストを装着していた。
だがライフレスの方は穏やかに、彼らと敵対の意志がない事を示した。
「落ち着け、今は戦う気はない。忠告があると言ったはずだ」
「わかるもんですか! あれだけの事をした奴が――」
「必要だからしたまでだ。全く楽しんでないとは言わんが、今はどうでもいい。それより今はドゥームの方が重要だ」
ライフレスの言葉は早口だった。どうやら本当に忠告しに来たのかもしれない。アルフィリースはライフレスに監視されていることは聞いていたし、今になって急に仕掛けられる理由も思い当らなかった。
アルフィリースの警戒心は少し緩むが、彼女は身構えたまま話を聞くことにした。
「で、ドゥームがどうしたって?」
「あいつはこの町を魔王の実験場に変える気だ。大草原でのその後の出来事は知っているか?」
「・・・魔王で溢れたってことかしら?」
「そうだ。今度は同じことを、奴はこの都市でやるつもりだ」
ライフレスは頷きながら答えた。ライフレスの言葉に、アルフィリースとリサが真っ青になる。
「ちょっと待って! この都市にどれだけの人がいると思うの? そんなことしたら――」
「全滅するだろうな。この街は王城が近くにあるから軍隊がすぐにくるだろうが、魔王十体なら倒し、50で互角、100もいれば軍が負けるだろう。そしてドゥームなら、確実に魔王が勝つ方法をとるはずだ」
「何のために?」
ラインが疑問を投げかける。だがライフレスもまた渋い顔をした。
「知らん。奴は計画の一環のつもりのようだったが、このタイミングで仕掛ける必要はないと俺は思った。だが奴はやる気だ。そうなれば説得も聞くつもりはないようだったし、もう俺には止められん」
「ふざけるんじゃないわよ! そんなことはさせないわ!」
「なら奴を倒すか? そうなればオーランゼブルとグウェンドルフの協定はなくなったとみなされる。そうなればこの場にいる俺も、ドゥームの側につかざるをえない。俺達二人を相手に、今の戦力で勝てるのか?」
「う・・・」
ライフレスの言うことはもっともすぎて、アルフィリースは言葉に詰まってしまった。彼女の代わりに、リサが今度はライフレスに問いかける。
「ではあなたはどうしろと? なんとなく想像はつきますが」
「逃げろ。今はそれしか言えない」
「仕掛けるのはいつ?」
「おそらくは今夜にでも」
リサが押し黙ってしまった。肝心の依頼を達成するには、今夜行われるであろう密会の現場を押さえる必要がある。だがドゥームの仕掛けるタイミングいかんでは、密会そのものがなくなってしまう。リサとエルザは思わず顔を見合わせた。それを見逃すライフレスではない。
「どうした、この国に何か用でもあるのか?」
「そっちの知ったこっちゃないです」
「ふん、確かにそうだな。だが俺もお前達に何かあっては困る。だから忠告にわざわざ俺が出向いたのだ。忠告は活かせよ?」
「さぁね。それに何かあるっていうなら、あなたが私を護ったらどうかしら?」
アルフィリースの大胆な発言に、ライフレスが鋭い目つきでアルフィリースを睨んだ。アルフィリースは思わずたじろぐが、気合ではまけじとライフレスを睨み返した。すると、ライフレスの方がふいっと目線をそらしたのだ。ライフレスらしからぬ態度ではあるが、アルフィリースはさして気にも留めなかったが。
「・・・忠告はした。どうするかは貴様次第だ」
「待ちなさいよ、結局あなたたちの目的は・・・あっ」
アルフィリースがライフレスに質問を投げかけようとするが、用は済んだとばかりにいち早く彼はカラスに変化し飛び立ってしまった。今度はライフレスに置き去りにされるアルフィリース達。
突然の出来事に呆然とする一同。
「何なのよ、もう・・・」
「あれが英雄王か。たいした威圧感だったな」
「ええ、ここで戦わなくてよかった」
「ふむ、ライフレスは去ったか」
「ええ、そうね・・・って、ええ!?」
アルフィリース達が口々に呟く中、アルフィリースの隣にはいつの間にか少年が立っていた。彼を見てアルフィリースは素っ頓狂な声を上げる。
「ユグド?」
「ああ、私はそんな名前だったな。久しぶりだ、アルフィリース」
ユグドラシルが無表情のままアルフィリースを見上げる。その瞳は黒く、そして深い意志をたたえるように澄んでいた。こんな印象の少年であったかと、アルフィリースは改めてまじまじとユグドラシルを見た。不思議なことだが、まだ会うのも二度目だというのにアルフィリースの中に、彼に対する敵愾心など微塵もありはしないのだ。
だがその脇では、ラインとリサがユグドラシルの喉元に刃をつきつけていたのである。
続く
次回投稿は、3/17(土)13:00です。