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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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少年達、その7~不穏な影~


「・・・おい・・・何をしにここに来た?・・・用とはなんだ・・・」

「え~、僕の事嫌いなんでしょ? じゃあ教えてあげない!」

「・・・喋らぬのならそれでもよい・・・力づくで聞き出すまで・・・」


 ライフレスが手に魔力を集中させる。それを見て急にドゥームが卑屈になる。


「はいはい、わかりましたよ! まったく堪え性のない王様だな、ったく・・・この町、いや国ごと魔王の実験場にするのさ」

「・・・何?・・・」


 ドゥームの突然の提案に、さしものライフレスも身を乗り出した。そんな予定は聞いていないからだ。


「なぜだ? 実験は大草原で行われているのではなかったのか?」

「口調が元に戻っているぜ、王様。確かに大草原にゃ魔王を多量に解き放ったがね、ちょっと前に全滅させられたよ」

「??」


 ライフレスが目を見開く。ブラディマリアの魔力を用いて大草原に転移した魔王達は、ゆうに5000を数える。あれだけいれば国を滅ぼして余りある数だろう。それを全滅させた者とは何か?


「誰がやった?」

「まあ色々らしいけどね。アルネリア教もそうだし、魔術教会の征伐部隊とか、あるいはギルドから勇者認定を受けた者達とか。でも人間だけじゃ、少なくともこの短期間には無理だ。だったら・・・」

「なるほど、炎獣が死んだ影響が出たか」


 ドゥームの発言に、納得がいった様子のライフレス。ドゥームもまたニヤリとしてみせる。


「そうそう。炎獣が死んで、良くも悪くも大草原は統率が取れていない。炎獣不在の事態に、動いた奴がいるのさ」

「なるほど、確かにそのような者がいるとは聞いたことがあるが。だがそれは予定通りなのか?」

「そうなんじゃない? 元々魔王の研究も、ああいった連中に対抗するための研究という側面を持つんだ。単にアノーマリーの趣味じゃないんだよ」

「それでも趣味の領域を出ない気がするがな。だが疑問はもう一つ。このスラスムンド、だったか? ここを実験場にする理由はなんだ?」


 ライフレスの疑問に、今度は真面目に答えるドゥーム。彼の目線はビュンスネルに向けられる。


「ここはね、昔からサイレンスの実験場だったらしい」

「サイレンスの?」


 些か意外な答えに、ライフレスもドゥームと同じ方向を向いた。彼らの眼前には、荒れたビュンスネルの町並が映るだけ。目を凝らせばそこには、屋根に穴の開いた家屋や、街を彷徨う浮浪者の姿が見える。だが町の城壁だけは立派で、それはこの土地が戦乱の多いことを示している。

 ドゥームはライフレスの方に向き直ると続けた。


「僕達は必ずしも、オーランゼブルが先導をしてこんな計画を始めたとは限らない。彼の指導によりより明確な手段はできたけど、それぞれが自分達の思うように勝手なことをやっていたのさ。特にサイレンスは顕著だ。彼の人間に対する憎悪は、僕たちなんかよりはるかに強い」

「貴様、それをどこで知った?」

「それは秘密。それに、王様には関係ないでしょ?」


 ドゥームがニコニコとしてみせる。ライフレスは油断なくドゥームの様子を観察した。ドゥームがこういう笑い方をする時は、ほぼ確実に何かを企んでいると、最近ライフレスは気が付いたのだ。


「ともあれ、サイレンスは自らの計画のためにスラスムンドを自分の実験場にしていたのさ。だからこの町は、とっくの昔に終わっているんだ。僕達が手を出そうと出さまいと、ね。その町を最後に有効活用してやろうというんだ。むしろ褒めてほしいくらいなんだけど?」

「だが知っているのか、この町にはアルフィリースがいる。奴に手を出すことは、オーランセブルが禁じたはずだ」

「知ってるよ。だけど、関係ないね」


 ライフレスの忠告を、鼻でせせら笑ったドゥーム。その態度に、ライフレスが色めき立つ。


「貴様・・・正気か?」

「正気かどうかと聞かれたら、気が触れているとしか言いようがないね。だけど、僕もオーランセブルの命令で動いているんだ。その中でこの町をたまたま目標にした。彼女達がここにいるのは偶然さ。オーランゼブルも知らないんじゃない?」

「だったら一度戻って、オーランゼブルに報告をすべきだろう?」

「嫌だね。ボクも色々と失態続きで、オーランゼブルからちょいと目をつけられているんだ。今は大人しくして、点数を稼いでおかないとね。だからここは何がなんでも成功しないといけない。ここで彼に任務を実行してもいいかどうかなんて聞いたら、それこそ無能の証ってことで更迭されるかもしれない。それはごめんだ」

「アルフィリースが死んだらどうするつもりだ?」

「さあ? 命令に不備のあったオーランゼブルが悪いでしょ? 標的をいちいち報告しろなんて命令は受けていないし、それにオーランゼブルはいつもどこにいるのかわからないしね」


 そういって一見悪びれるドゥームの目は、だがしかし明らかに笑っていた。ドゥームはこの状況を楽しんでいるのだ。そしてあわよくば、事故としてアルフィリース達に何らかのちょっかいをかける気でいるのだろう。

 ライフレスは心底腹が立った。確かにドゥームの行動は一見無茶苦茶だが、正当性が全くないわけでもない。確かに、形だけならオーランセブルの命令の結果、アルフィリースが巻き込まれた形になる。だがもしそれでアルフィリースが死ねば、オーランセブルの計画の何かが破綻するのだ。それを知っていて、ドゥームは行動を起こそうとしている。

 危険。ライフレスが考えたのはそのことだった。本来ならドゥームを真っ先に始末すべきとライフレスは考えたが、なぜかその気が湧かない。自分の感情に疑問を覚えるライフレスだが、それを見透かしたようにドゥームが先に言葉を放った。


「王様。アルフィリースが心配なら、彼女に忠告したらどうだい? 遠くから見守る事だけが、彼女のためになるとは限らないだろ?」

「俺は見張りだ。そのような事は・・・」

「あれ、あの女剣士に情でも移った?」


 またしてもニヤニヤするドゥームの顔をこれ以上見たくないとライフレスは思ったのか、彼に背を向け、その場を去った。彼は歩いてビュンスネルの方向に向かう。その背中から、「三日だけ待ってあげるよ、良い手段を考えて!」と声をかけるドゥーム。

 ライフレスが消え、後に残されたドゥーム達。だがその顔からは、今度はすうっと笑みが引いていた。


「やっぱり英雄王と言えど、精神束縛からは逃れられないんだねぇ。ちょっと戦いになるかと思ったんだけど、何も起きなかったねぇ。ボクがお師匠様の事を『オーランゼブル』って呼びすてにしたことにも気が付かなかったし。つられてライフレスもそう呼んだ事を考えると、精神束縛って生来の気質までは束縛しないんだろうね。それとも、オーランゼブルも意外と不注意で大雑把なのかな? あるいはライフレスに、他に気になることでもあったかな?」

「あの白いアルフィリースのことかも。でも、もしライフレスと戦いになっていたら?」


 オシリアの言葉に、くっくっくと笑うドゥーム。


「逃げることくらいはできるんじゃない? もっとも、グンツは死ぬだろうけど」

「あぁ!? そりゃあねぇんえじゃねえか、ドゥームよ」

「まあ死んだら死んだで、その方が都合がいいかもね。君なら良い悪霊に・・・おっと、悪い悪霊になれるかも」

「悪いから悪霊なんだろうが。言葉は正しく使いやがれ」

「こいつは一本取られた」


 その会話に笑うドゥーム一同。その笑いがふっと消えると、


「で、三日も待つつもりはねぇんだろ?」


 グンツがドゥームに問いかける。その言葉にドゥームは笑顔で答えた。


「嫌だなぁ、僕が友達との約束を守らないとでも?」

「思うね。お前はそういうやつだ」

「いやいや、守る努力はするさ。でも、どんなに頑張っても守れないかもね。ほら、僕って根性無しだから」


 ドゥームがケタケタと笑い、グンツは楽しそうに彼を見た。だがこの少年といると本当に飽きないと、グンツはわくわくしていた。こんなに気持ちが高揚するのは、一体いつぶりだろうかとグンツは思う。親友とはこういう存在のことではないかと、グンツは思うのだ。

 彼は少年のような気持ちでドゥームに問うた。


「で、俺はこのイカれた街で傭兵仲間を募りたいんだが。その間くらいは待ってくれるんだろ?」

「そうだね~、夜になったら例の計画を始めるつもりさ。それまでなら」

「十分だ。それだけありゃあ、この街なら50人は仲間にできる」

「へぇ。君ってそんなにカリスマ性あるの?」


 ドゥームが驚いたようにグンツを見つめる。そのグンツは得意そうに笑って見せた。


「カリスマ性はねぇがな。俺には話術がある。それにクソ野郎共の心ってやつがよくわかるのよ。奴らはロクに働きもしねぇくせして、いつも楽しい事だけ夢見てやがる。だが、その夢を実現してやるのが俺の仕事だ」

「なーるほど。なんとなく君の言いたいことがわかったかも。じゃあこの町は適切な場所かもしれないし、お手並み拝見ってことで。ちなみに僕は町の南から始めるつもりだ。君がやるなら、万一を考えて北で行動すればいいんじゃない?」

「十分だ。手ごろな目標もあるしな」


 グンツは頷くと、町に目を向けた。そこには一際大きな屋敷と、それを取り囲む様な高級住宅街が目に入る。それはこの街の市長と、またスラスムンドに住まう高官達の屋敷。グンツはそれらを見ると、ドゥームですら茶化せないほどの下卑た笑いを漏らす。

 そしてそんな中、今まで黙っていたマンイーターがドゥームの服の裾をくいくいと引くのだ。


「ねぇねぇ、ドゥーム」

「なんだい、マンイーター」

「おなかすいた」


 最近マンイーターはよく話す。その代わり、あまり食べなくなってきた。今まで沢山食べすぎたせいか、マンイーターには見た目相応の知恵がついているようだった。それに反比例するように、彼女の食欲は落ちているのだ。

 だがそれは以前のように見境がないというわけではなく、適切な食事を求めているようでもある。マンイーターは悪霊としての位を一つ上がろうしているのだ。自分の部下の新たな変化に、先が楽しみでしょうがないドゥーム。だがしかし、一定の期間で腹を満たさないとしょうがないのはまだ変わりがない。


「マンイーターはどうしたい?」

「食べる」

「今すぐ?」

「うん」


 口からとめどなく涎を垂らす彼女の口元を吹きながら、ドゥームは黙って頷いた。それだけ見ると、マンイーターは走ってビュンスネルに向かう。


「ああ、適当なところで引き上げるんだよ~! って、聞いてるかな?」

「心配ね。ちょっと見てくるわ」

「頼むよオシリア」


 マンイーターの後をゆっくりと歩いて追いかけるオシリア。その姿が一瞬ぶれたかと思うと、その姿が少し先に出現する。それを繰り返しながら、オシリアはマンイーターを追いかけて行った。その後を見送るドゥームは、まるで家族の出発を見守る父か兄のような顔をしていた。



続く


次回投稿は、3/13(火)13:00です。

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