少年達、その6~盗人~
「アルフィリース」
「何?」
「何か失くした物はない?」
「失くしたって、別に・・・あ!」
アルフィリースは懐をまさぐるが、彼女はあるべきものがない事に気が付いた。それは今回の依頼の受理状。アルネリアのギルドで申請し、念のためルナティカに命じてスラスムンドのギルドでも手続きをしておいたのだ。
傭兵の仕事は個人で受ける場合単純に早い者勝ち、もしくは結果を早く出した者勝ちだが、団として受ける場合はそう簡単にはいかない。団として依頼を受ける場合、ちょっとしたことが現場で団同士の諍いの原因になるため、申請したギルドでいつの日、およそ何時ごろ依頼を受理したかを証明してもらう。加えて念のため、依頼の発生したスラスムンドのギルドにてもアルフィリースは依頼を受理した順番を確認している。その結果、アルフィリースの傭兵団は一番手であったのだ。アルフィリースは晴れて、この依頼を大手を振って受けることに成功したのである。
だがそのことを証明する書類がアルフィリースの懐から消え失せたのだ。これがなければアルフィリースは依頼を受けたことにならず、下手をすれば報酬が発生しないこともありえた。ギルドと交渉の上、依頼してきた各町から報酬相当の物資を借り受けての行動だからその可能性は低かったが、相手が狡い人間であれば依頼料の踏み倒しも考えられる。いかに世間知らずのアルフィリースでも、そんなことくらいは想像ができた。
「ど、どうしよう? どこかに落っことしたかな?」
「さっきの小娘だな。取り返してこよう」
ルナティカが言うが早いか駆けて行った。案内役の彼女がいなくなり、その場に残されるアルフィリース達。
残された人間の中、ぽつりとエルザがつぶやく。
「やっぱりね。なんだか挙動が怪しかったから、イライザにも追いかけさせました。すぐに取り戻せるはずよ」
「うん・・・ごめんなさい。私ったら団長なのに、自覚に欠けるかしら」
「果たしてそうでしょうか?」
弱気なアルフィリースの援護をしたのが、意外なことにリサだった。普段なら彼女が真っ先にアルフィリースを面白おかしく責めるのは、全員が知っていることでもある。
だが。
「あの子の手並みにリサは気が付きませんでした。ちょうどセンサーの切れ目を意識して手を出したのか、あるいは無意識か。どちらにしろ、センサーとしてリサが飛ばしているソナーが切れるのは一瞬。その間にこのデカ女から物を盗むなど、普通の盗人じゃあありません。天晴というほかないでしょう」
「同感だわ。私も恥ずかしながら、こんな町で育ったから気づいたこと。しかも確信があるわけではないし、イライザをとりあえず向かわせてみただけ。褒められたことじゃないけど、見事な手際ね」
エルザがリサの言葉に続けた。アルフィリース他数名は彼女達の言葉にぽかんとしながらも、イライザとルナティカの帰りを待つのだった。
***
その少し前。ビュンスネルに入っていたアルフィリース達を追いかける影が一つ。いや、そのずっと前から影はアルフィリースに張り付いていた。だがアルフィリースが最近ラキアという移動手段を得たため、その追跡も楽になってはいない。現に今回もいくらか、アルフィリースを見失う場面があったのだ。
「・・・あの小娘、知ってか知らずか・・・そのでかいケツを追いかけるこちらの身にもなってみろ・・・」
人知れず悪態をつくのはライフレス。彼はオーランゼブルに命じられた通り、アルフィリースの監視を忠実に行っていた。いや、完全に忠実ではないかもしれぬ。時に監視は使い魔に任せ、彼はそこらじゅうをぶらついていた。
もともとライフレスは風来坊の気質である。だから一つの事を継続して行うのは非常に苦手だし、興味がなくなれば昨日までの宝物もゴミへと変わる。そんな彼が王という枠に大人しく収まるはずもなかったのは、道理なのかもしれない。
それに彼は長い事異空間に封印されていた。よく考えれば、自分が封印されていた間にこの大陸に何が起きているかを、ライフレスはよく知らないのであった。オーランゼブルの精神束縛をもってしても、ライフレスの気質までは抑えられぬとみえた。
「・・・ふむ、この辺りは以前一面の花畑であったはずだが・・・」
ライフレスがスラスムンドを最初に見た時の感想である。ライフレスはスラスムンドの荒れた土地を歩きながら、地面に咲く一輪の花をそっと手に取った。戦いを好む彼だが、花や生き物が嫌いというわけではない。時に気分に任せ、花を愛でる時もある。
彼はそっと花の匂いを嗅ぐ仕草をすると、その花を手の中で凍らせ、その後ぐしゃりと握りつぶした。
「・・・脆い・・・この花はもっと生命力に溢れる花であったはずだ・・・つまらんな・・・それに匂いも嗅げぬこの身ではつまらぬ・・・」
ライフレスは荒れた土地を歩きながら、ふっとブランシェの事を思い出した。ブランシェは姿形こそアルフィリースに瓜二つだが、その本質は魔獣である。魔獣は服など着ないし、言葉も普通は話さない。だが姿形が人間である以上、また自分に付き従う以上、自分が恥をかかぬ程度には仕上げねばならなかった。
ライフレスは明瞭な会話をしつけ、また服を着せ、食事の仕方をしつけ、適切な排泄まで教えることとなった。手のかかる大きな赤子のようだとライフレスは呆れながら、意外にも飽きない事に気が付く。
「・・・俺に子供はいなかったからな・・・子育てとはかようなものか・・・子育てはまさに戦争だと部下の誰かが言っていたが・・・」
オーランセブルの仕事をいつまでも放っておくことはできないため、ようやく一枚のワンピースを着ることを嫌がらなくなったブランシェをエルリッチに預けて出てきたが、はたしてどのようになっているか。きっと頭に新たな歯形が増えているのだろう。その光景を想像して、ライフレスがふっと微笑む。
「・・・あれでもエルリッチは魔王の中でも有望株だったはずなのだがな・・・おかしなものだ・・・」
「ねえねえ、何が面白いのさ。王様?」
そんなライフレスの背後から突如として声がする。ライフレスからすっと笑みが引き、その顔はいつもの無表情に戻った。
「・・・ドゥームか・・・何の用だ・・・」
「こう見えても僕は忙しいのさ。仕事だよ」
無表情になったライフレスと対照的に、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべるドゥーム。その傍にはオシリアとマンイーター、それに仲間になったばかりのグンツがいた。だがそのいずれもライフレスの目には映っておらぬ。ライフレスはドゥームには興味がわかないのだ。
「・・・俺に用が無いのなら去れ・・・貴様は不愉快だ・・・」
「久しぶりに話したと思ったら、随分とご挨拶だね。まあ僕も王様に用があるわけじゃないけど、一応連絡だけ入れようと思っただけさ。でもそっちがそのつもりならもういいや」
ドゥームもまたあっさりとその場を去ろうとする。その態度が妙に気になったライフレスは、思わずドゥームを呼び止めた。
続く
次回投稿は、3/11(日)13:00です。