少年達、その4~裏事情~
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「ここがビュンスネルかぁ」
「リサには詳しい景色はわかりませんが、随分と瓦礫が多いような気がしますが?」
「合ってるよ。そこらじゅう瓦礫の山だ」
ラキアが言う通り、ビュンスネルの町はスラスムンドの首都であり、王城の城下町とは思えぬほどに荒れ果てていた。町に入る時の警備もざるのごとき穴だらけ。アルネリアの通行証も効果をなさず、審査にかこつけていやらしい事をしようとしたので、イライザが門番をまとめて締め上げた。その上でエルザがしっかりと脅しつけたので、とりあえず町に入る分には比較的楽であった。
町に入るなりアルフィリース達が見たのは、道に溢れる乞食達。衣服もぼろぼろ、真昼から無気力に道端に倒れる男達。それに子どもを抱いたままの女性もいる。彼女の服は破れ、乳房が出ているのもおかまいなく彼女は何かを祈るように天を仰ぎ続けていた。やせこけくぼんだ目が、一点を見つめたまま動かない。
アルフィリースは正直、今まで感じた事のない不気味さをこの町に覚えていた。
「なんなの、これ・・・」
「町が廃虚となる一歩手前といったところでしょうか。国の運営がうまくいっていないと、このような事態になります」
「まるで国が滅ぶことを知っているような口ぶりですね?」
リサがエルザの言葉に指摘をいれた。リサとしては嫌みのつもりではなかったのだが、常識で考えればエルザの心に刺さるような問いかけだろう。だがエルザは平然としていた。彼女はそれ以上の嫌味や嫌がらせなど、いやというほど体験してきたのだ。
「私はこのような場所の出身です。ここまでひどくはなかったですが、私は盗賊まがいの事をして幼少時代を過ごしました。盗賊団の様に少年達をまとめ上げ、悪事をしていたことも。彼らはかつての我が身。私の原風景でもあります」
「・・・それは無神経な事を聞きました」
「いえ、構いません。だからこそ今回の任務に私が選ばれたのでしょう。盗賊団の首領オブレスは、かつての私。そう思ってこの任務に臨んでいます」
ミリアザール直々の命令であるこの任務。エルザも最初は何事かと思ったが、話の途中から自らにもっともふさわしい任務だと、逆に彼女はミリアザールを説得した。ミリアザールは「しょうのない奴め」と言ったが、その顔はエルザを通して遠くを見るように、愛おしい者を見るように。その時はいつもと違い、ミリアザールは慈愛に溢れた聖女であった。
そしてアルフィリースが一通り街並みを見渡すうち、彼女達の周囲にはいつのまにか乞食達が寄って来ていた。完全に囲まれた形になるアルフィリース達。
「う、うう~」
「めぐみを・・・おめぐみを・・・」
「なさけを・・・もう三日も何も食べていない」
「ぼうやにおっぱいを・・・」
乞食達は亡者のようにアルフィリース達にすり寄ろうとする。ドロシーなどは剣を振るうこともできず、困りながらも差し出されるその手を振り払う。
「げっ、どうするっすか?」
「おっぱいくらいくれてやりなさい、アルフィ」
「嫌よ! それにそんなことを言っている場合?」
そんなことを言っている間にも、乞食はみるみるうちに増えていく。
「一般人では斬り伏せるわけにもいきませんね」
「何人か殴れば大人しくなると思うが?」
「逆上したらどうするのよ?」
アルフィリース達がなすすべもなくうろたえていると、乞食達は彼女達に手を伸ばしてきた。だがその手を払う事しかアルフィリース達にはできない。その乞食の一人がリサの髪をつかむ。
「きゃ・・・」
「リサっ」
アルフィリースがリサを助けようとすると、リサの周囲に群がっていた乞食達が一斉に白目をむいた。そしていつの間にかリサの隣には、乞食の様な少女が立っているのだ。
「無事か、リサ」
「・・・ルナですか?」
良く見ればそれはルナティカである。彼女の銀髪も女神のような顔も砂埃でよごれてはいるが、それは確かにルナティカだった。毛布の様に纏う布こそぼろぼろだが、よく見ればその下は彼女本来の服装、多くの暗器を隠しも持てる何重にもなった服装だった。
「少し来るのが遅れた。すまない」
「いえ、それよりその格好は」
「ああ、この恰好ならあまり目立たないかと思った。『郷に入れば郷に従え』とか言うからな」
「馴染み過ぎですよ、多少」
「そうか」
ルナティカはリサを起こすと、周囲で様子を見ている乞食達に殺気を放った。すると乞食達は一斉に四散していったのだった。その手並を見てラインが口笛を吹く。
「やるぅ」
「ああいう奴らは命の危険には敏感。ほとんど動物みたいなものだから」
「『衣・食・住の全てが足りて、初めて人間は道徳心が身につく』と最高教主がおっしゃっていました。確かにそうだと、私も思います。彼らに道徳心を説いても、今は無駄でしょうね」
エルザの言葉を最後に、アルフィリース達は再び歩き出した。案内はルナティカ。彼女がビュンスネル内に安全な場夜を確保しているとのことだった。
そもそも、今回の依頼は裏がある。表向きは盗賊団の討伐だが、裏ではミランダとミリアザールが手を回したのだ。その依頼の内容はこうである。
スラスムンドは元々、そこまで内乱の多い国ではなかった。100年ほど前に存在した国が分裂し、独立した若い国の一つである。裕福ではないが、それなりに落ち着いた平和な国だったのだ。
だが魔獣の出現は多かった。それは土地柄なのか、他に理由があったのか。だから国を挙げて魔獣や魔物の征伐には取り組んでいたし、スラスムンドはそれなりに強い軍隊を持つ国だった。
通常、戦争は儲かる。鍛冶屋は眠る暇もない程に受注が取れるし、物資の流通をよくするために一時的に金利は統一される。比較的安い金で物資が回転し、人の流れも増えれば宿場に金は落ちる。国全体が活気づくのが道理だった。それに相手を負かせば貢物が取れる。国家間の調停ではアルネリア教が仲裁に入ることが多いため略奪は過剰にできないが、それでも戦勝国は戦争で費やした人員・財産を補って余りあるほどの莫大な利益を得ることが多かった。
だが魔獣、魔物相手の戦いは違う。彼らを倒しても利潤を得られることは少なく、むしろ後処理の方に金がかかるばかりだった。物資は消費するが、略奪ができない、戦争の利益がでない。それでも町が被害に合えば、軍隊は動かざるを得ない。そうしてスラスムンドは徐々に疲弊していった。かさむ戦争の費用に、首が回らなくなっていったのである。
アルネリア教会も戦争による損害を人的に助けはするものの、国の運営に口出しはしない。内政不干渉がアルネリア教の原則だからだ。そのため、アルネリア教会がスラスムンドに対してする援助は、人的救済や物資の供給に限られた。だがそれも限りがある。アルネリア教会が派遣する人員だけではとても手が足りず、また施す食料にも限りがある。アルネリアの恩恵を受けることができる人間は少なく、雇用もままならない多くの人は町の中ですら飢え、町の治安と衛生は加速度的に悪化していった。
そのような状況の中、アルネリア教会のスラスムンド担当の者は長く任期が続くことを嫌がった。長くて2年、短ければ2月ほどで彼らは移動を願い出た。中には奉仕の精神にあふれる者もいたが、現状でどうしようもない事を悟ると、彼らは現場に出るよりももっと多くの援助を得るための呼びかけをしようと、やはり本部に戻ることを願い出るのだった。
ところが。現在の任務に就く僧侶は任期が10年以上に及ぶ。彼はこの荒れ果てた土地において、非常に我慢強く任務をこなしていた、そう思われていた。にもかかわらず、スラスムンドは荒れ果てるばかり。魔獣の出現の頻度も高くなり、国はますます疲弊し、状況は何も変わっておらぬ様子だった。
そんな中、スラスムンドを訪れた巡礼の者から一つ報告があがる。スラスムンドにおいて、アルネリア教会の行動がおかしいとの報告だった。ミリアザールも秘かに懸念していた事項であり、その報告を受けたミリアザールは密かに調査を開始したが、明確な証拠は何もなく、ただ担当官が何やら理解不能な動きを時折しているとのことだった。
そして調査の責任者はミランダに引き継がれる。彼女が巡礼として行っていた仕事は魔獣・魔物征伐が主だったが、ほとんど顔を知られることのなかった彼女は不正の摘発も多く行った。そのミランダに任務が下るのは確かに当然なことだったが、彼女は思いのほか新部署の立ち上げにてこずっており、その任務を別の者に任せざるをえなかった。そこで白羽の矢が立ったのが、エルザだったのである。
エルザの任務は、スラスムンドで行われるアルネリア教会の不正を暴くこと。もし存在すれば、の話だが。その任務にエルザのような位の高い者を遣わしたのにはわけがある。それは、
続く
次回投稿は、3/9(金)14:00です。