少年達、その3~本当の依頼~
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「アルフィ、生き残った奴を締め上げたんだが」
「聞くわ」
アルフィリースは戦闘後の処理に入っていた。投降した人間達の尋問、あるいは手当て。仲間の損害の確認。また囮に使った自分達の報酬の回収。報酬の回収は実に7割程度。盗賊達が懐に入れていた者が多く、彼らに火を使ったせいでどうしても焼けてしまった物が多かったのだ。そして倒した盗賊の数は300人にも上る。そして投降したのはそれより少ない200人。また200~300人程度は先ほどの戦闘から逃げ延び、彼らの拠点に帰ったものと考えられた。
仕掛けた罠の割に、逃げた敵は多い。これは、アルフィリースが逃げる者は殺すなと命令したからである。盗賊を全滅させることが目的ではないし、アルフィリースもそこまで残虐な性格ではなかった。それに逃げた連中の後を、こっそりと追撃させている。彼らがそのまま盗賊団の拠点に帰る可能性もあったからだ。また、それとは別にルナティカをスラスムンドの首都、ビュンスネルに忍びこませている。これにはアルフィリースの別の狙いがあった。
そして捕虜となった盗賊団達を尋問していた仲間達から報告が来たのだ。ロゼッタから報告がなされる。
「アルフィの睨んだとおりだぜ。敵の首魁である、オブレスとかいうガキはここにはいねぇ」
「やっぱりね。ラインが調べてくれた所によると、この盗賊団は正規の軍隊を二度退けているわ。そんな連中が、こんなあっさりとやられるわけないもの」
「だよなぁ。あんまりにも歯ごたえが無いんで、振るう剣も遠慮がちになっちまたよ。アタイの純情どうしてくれるって話だよ」
「とんだ純情ねぇ」
ユーティがふわりと飛んで、アルフィリースの肩に止まる。彼女はアルフィリースの頭にもたれるような格好をすると、大きくため息をついた。
「あ~、疲れた! あの街の空気、汚いったらありゃしない」
「お疲れ様、ユーティ。ビュンスネルの様子はどうだった?」
「ルナティカが探った所、おおよそアルフィの睨みが合っているわ」
ユーティがアルフィリースの頭で頬杖をついて語り始める。彼女はアルフィリースの指示で、ルナティカと共にビュンスネルに潜入していたのだった。そしてルナティカからの報告を持って帰ってきたというところだ。
「アルフィが睨んだとおり、この盗賊団はスラスムンド軍部とつながりがあるわね」
「やっぱりね。盗賊にしては使っている武器や防具の種類が良いと思ったのよ。そもそもいかに戦術で上回ろうが、基本的に盗賊なんて民間人。武芸の訓練も受けていない者がほとんどよ。そんな連中が武器でも劣れば勝てる道理はないものね」
「その辺は妖精のワタシにはわからないけど。ただルナティカが探った所、盗賊団とおぼしき連中がビュンスネルにも多数いるわ。彼らは主に国の誰かと連絡を取り合っているみたいだったけど、まだ誰かはわからないわ。今夜あたりまた密会があるみたいだから、ルナティカが探るって言ってた。できればリサの協力も欲しいって」
「そうね、リサがいれば密会の内容も聞きとれるか」
「魔術がなければね」
ユーティがアルフィリースの肩に座りながら、冷静な意見を述べる。
「ユーティ、盗賊団の方のオブレスっていう少年の顔は見た?」
「ううん、どうやらかなり慎重な子みたいね。どれもこれも代理の人間が出てきたわ。それも毎回違う人間。共通している事と言えば・・・」
「言えば?」
「皆子どもだったかな」
ユーティの言葉に、アルフィリースとロゼッタは顔を見合わせた。子どもが国の、しかも密会の代理など務まるのだろうかとアルフィリースは不思議に思う。
だがユーティが冗談を言っているわけではなさそうだ。
「ワタシだって最初は自分の目と耳を疑ったわよ。でもちゃんと交渉しているの。余計な事を話さないから、もしかしたら予め打ち合わせがしてあるのかもしれないけど」
「俄かには信じ難い話ね。私もこの目で見てみたいわ」
「まあそりゃあ賛成だが、これからどうすんのさアルフィ。この戦果に関してはギルドから査定の人間を寄越してもらうとして、大将首を付き出さにゃあ、最後まで依頼を達成したことにならんぜ?」
「その点についても私に考えがあるわ。ロゼッタ、ちょっと耳を貸して」
ロゼッタはアルフィリースに言われるままに耳を貸したが、アルフィリースの言葉にその赤い目がきらりと光る。
「そりゃあまた・・・アルフィ、お前は悪い女だな」
「ロゼッタには言われたくないわ」
「いや、アタイよりも頭が切れる分タチが悪いさ。それじゃあアタイが連れていく連中は、シーカーの連中、エアリアル、エメラルド、ターシャ。そのあたりか?」
「ええ、ラインとリサ、ラキア、それにドロシーはこちらいただくわ。それにこっちは20名もいればいい。後は全部連れて行ってちょうだい」
「了解だ。そっちはあまり大勢だと目立つからな。合流はいつだ?」
「三度白い月が沈むころ、またユーティを寄越すわ」
「なら、アタイ達はこれまでに片をつけておくとしよう。またしばらく後に」
「ええ」
そうしてアルフィリースの傭兵団はいずくかへと姿を消した。残ったのは精鋭20名程度。それに――
「一端片付いたわ」
「お疲れさまでした」
アルフィリースが岩陰で待機していたフードの二人と、ラキアに話しかける。フードの人物は丁寧にアルフィリースに返す。またラキアはアルフィリースのほかに、フードの二人を乗せてこちらに到着したのだった。昨日のことである。
ラキアは便利な移動手段代わりに使われたことに多少腹を立てていたが、飛ぶこと自体は嫌いではない。それにタダ飯をもらっている自分としては、いかんとも不満は口にしがたいのだった。そろそろ自分も傭兵として簡単な依頼をこなしてもいいのではないかと、ラキアは思う。だがそれはマイアの反対で中々実現できず、正直傭兵団においてはラキアは少々時間を持て余していたのだった。だから今回依頼で遠出できるのはラキアにとっては嬉しかったのだが、それがこのように留守番とあれば多少むくれたくもなるのだった。
アルフィリースも多少彼女の不満を感じながら、それでもフードの人物達を優先して話しかける。なぜなら、今回の本当の依頼はこちらなのだから。
「さて、表向きの依頼はほとんど片がついたわ。ここからは貴女達の依頼に協力するとしましょう」
「はい、ではよろしくお願いします。ただ我々でほとんどを片付けるつもりではいますから、援護だけをよろしくお願いしたいと思います」
「それならそれでいいんだけど。事態が簡単ならいいわね」
「ええ、本当に」
そう言うとフードの人物はフードを取った。フードの下のその顔は――エルザ。隣はもちろん彼女の騎士、イライザだった。
彼女はフードを取ると優しい笑顔で微笑む。
「アルフィリースと何かをするのは初めてですね」
「そうね、顔だけはミランダのせいで馴染んじゃったけど」
「そうですね。でも二人で話をするのは珍しいかも」
「むしろ初めてくらいなんじゃない? でも、以前よりエルザは表情が硬くなったような気がするわ。私より目上の人間に向けて言う事でもないかもしれないけど、エルザは疲れてない?」
その言葉にエルザは笑顔だけで返した。アルフィリースはエルザの詳しい事情を知らない。エルザの前任に不幸があり、その代行を彼女はする事になったとだけ聞いている。もちろんエルザが大司教であることはアルフィリースも知っているが、ミランダの方が協会内では立場が上のようになっているので、どうもアルフィリースはかしこまる必要性がみえないのだ。もっとも、宰相などにも遠慮のないアルフィリースが大司教にかしこまるかと言われれば、甚だ疑問であろう。
そしてエルザも自分の中に芽生えた憎悪の感情は消えてはいない。だが、それとは別に今回の任務は重要だった。私情を仕事に挟むような事はエルザの誇りが許さないし、今回の任務に大司教である自分が自ら隠密で出向く以上、相当に重要な任務であることは疑いがないからだ。
エルザは平静を装ってアルフィリースに応えた。
「それよりアルフィリース。これからの手筈を説明しますが、よろしいでしょうか?」
「ええ。私もまだエルザとイライザを連れてくるくらいしか聞いていないから、よろしく頼むわ」
「ではこれからの打ち合わせをしましょう」
そう言って二人は話を始めるのだった。
続く
次回投稿は、3/7(水)14:00です。