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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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少年達、その2~命の重み~


「見ろよ、同士討ちが始まったぜ。アルフィが兵を引かせた理由がよくわかるな」

「混乱の極みなんてあんなものよ。あんな中にこちらの仲間を突っ込ませても、なんの利益もないわ」

「よく知ってるな、アルフィ。確かによく見る光景だが、戦争の仕方なんて誰に習った?」

「師匠よ。兵法に関する手ほどきも一定以上受けたけど、まさかこんな形でその知識を使うことになるとは思わなかったわ。嫌な気分ね」


 アルフィリースは人の焼ける匂いに顔をしかめたわけではなかったが、彼女は難しい顔をしていた。しばらくして、アルフィリースはリサに告げる。


「袋小路の出入り口の封鎖はもう必要ないわ、全滅が目的じゃない。ヴェンを引かせて頂戴、リサ」

「それはいいですが、アルフィはどこへ?」

「ちょっと次の指示を出しにね。手の空いた者は残った物資を回収して。あれが私達の取り分なんだから、あまりなくなっていると困るわ」


 アルフィリースはそれだけ告げると、その場を去って行った。その場を去り誰も見えない位置にくると、アルフィリースは馬を下りた。その動作がいつもよりのろく、彼女はよろよろと岩肌に手をつき、手で口を押えるとその場に吐き始めた。


「う・・・うええぇ」


 アルフィリースはひとしきりその場に朝食べた物を吐くと、さらにえづき始める。その吐き気はとどまることを知らなかった。

 そんな無防備な彼女に、背後から近寄るものが1人。


「大丈夫か?」

「う・・・ラインね」


 アルフィリース蒼白な顔で声の主を振り返った。そこには真面目な顔をして、アルフィリースを心配するラインが立っていたのだ。


「やっぱりこうなったか」

「やっぱりって何よ・・・私を馬鹿にしているの?」

「そうじゃねぇよ」


 ラインはアルフィリースの背中をさすりながら、腰につけた水筒を差し出した。


「口をすすげ。飲むなよ? また吐くからな」

「うん・・・ありがとう」


 ラインの思わぬ好意的な行動に、アルフィリースはこの時だけは素直に感謝した、正直、口を水で漱ぐだけでもだいぶ楽になったからだ。アルフィリースは一息つくと、ラインの方を向き直る。


「よくわかったわね。私がここにいるって」

「つけてたんだよ。あんだけ真っ青な顔してりゃあな」

「見てたの?」

「まぁな。以前俺と組んだ依頼を忘れたか? あんとき初めて人を斬ったお前は、夜通し吐いてたじゃねぇか。介抱したのは誰だと思ってやがる」

「あ・・・」


 そういえば以前、そういう事があったとアルフィリースは思い出した。昔受けた、山賊を討伐する依頼。複数人で受けたため自分の受け持つ相手はほとんどいなかったが、アルフィリースは山賊程度なら殺さずに打ちのめしてみせる自信があった。

 だが初めての実戦はそこまで生易しいものではなった。心の臓は縮みあがり、肺は呼吸を容易く許してくれない。速くなる呼吸に気は焦り、冷静さを保てなくなったアルフィリースは飛び出してきた男を反射的に切り捨てた。

 相手の事を気にかける余裕などなかった。殺した相手の恰好を確認する余裕もなかった。たまたま山賊だったが、もし傭兵の仲間だとしてもアルフィリースは勢い余って切り捨てていたのではないかと思う。

 そして斬った男の最後の表情が忘れられない。その相手の胸を貫く手の感触が忘れられない。男の最後の言葉が忘れられない。


「ちきしょう、このガキ・・・俺を殺しやがったな・・・」


 アルフィリースはそれからしばらく悪夢にうなされた。だがその悪夢もじきに見なくなり、安心していたのだが。


「(あれ。どうやって私、あの出来事を割り切ったんだっけ・・・?)」


 アルフィリースはその時の詳細が思い出せなった。だがあの時ラインがしばらく付き添っていてくれたのは覚えている。今回もそうだ。

 アルフィリースは改めてラインを見た。


「こんなことで吐いちゃう私の事を、情けない人間だと思う?」

「いや、極めて人間らしい人間だと思う。人を殺せば嫌悪感を催して当然だ。それが人間ってもんだ」

「あなたも?」

「ああ、三日三晩吐き通しだった。情けない奴だと周囲には言われたが、唯一俺の上官だけが褒めてくれた。『お前は良い騎士になる』ってな。結局、騎士は最後まで全うできなかったが」


 ラインは多少自嘲気味に笑った。彼のこういう顔は最近になって見るようになったとアルフィリースは思う。むしろこちらが本来の彼の姿なのかもしれない。


「自分が戦うのと、人を戦わせるのは訳が違うわ。私は今日誰も斬ってない。だけど、私の命令で何人も人が死んだ。それがこんなにも心に重くのしかかるなんて」

「俺もそうだった。最初は自分につらく当たる上官達の事を憎みもしたが、自分が上官になった時にその理由がわかたったよ。ああ、あの人達は俺達に死んでほしくなかったんだったってな。上官になった時、俺が受けてきた訓練じゃまだ足りないと思った。より厳しい方へ、厳しい方へ。それで最後は国で一番の騎士の元に赴くことになったんだが・・・」

「どうしたの?」


 ラインの顔が青ざめていた。何か嫌なことでも思い出したのか、少しラインがぶるっと体を震わせた。


「・・・何事にもほどほどが一番だよな」

「ちょっと、何があったのよ?」

「聞くな! 思い出したくもない!」

「あ、こら! 待ちなさいよ!」


 ラインが耳を押さえながら逃げ出したのを、アルフィリースが追いかける。そうして彼らはふざけあいながら仲間の元に戻って行くのであった。



続く

次回投稿より、隔日投稿に戻します。作者の都合にて、申し訳ない。


次回投稿は3/5(月)14:00です。

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