少年達、その1~盗賊退治~
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「アルフィ、足並みが揃ったぜ」
「・・・」
「アルフィ?」
「はっ!?」
アルフィリースは下から除きこむロゼッタの赤い瞳に我を取り戻した。今は戦闘を目前に控えた状態。既にアルフィリースの仲間達は戦闘態勢を整え、いまかいまかと手ぐすね引いて待っているのだ。団員だけではなく、もちろん隊長達も同じである。
その状態で団長であるアルフィリースは一人、ぼうっとしていたのだ。
「大丈夫かよ、アルフィ。月のモノか?」
「下品な事を言わないで。そんなんじゃないわ」
「大丈夫ですよ、ロゼッタ。そんなもので体調を崩すほど、このデカ女は繊細じゃありません」
「失礼ね!」
アルフィリースが隣のリサにくってかかる。そこまではいつもの光景だ。だがロゼッタはその光景を見て安心したのか、くるりと馬を返した。
「大丈夫そうだな、安心したぜ。大将がそんな調子じゃ、先が思いやられるからな。とっとと終わらせて勝利の酒を飲みたいんだ、アタイは」
「そうね。私が勝利を約束するわ」
「その意気だ。じゃあ合図をアタイは左翼で待ってる。早く合図をくれよないとよ、アタイの部下は荒っぽいのが多いんだ。先に出ちまうぜ?」
「ふふ、しょうがないわね。すぐにでも始めるとしましょう」
「頼むぜ」
それだけ言うとロゼッタは去っていった。切り立った崖の上にはアルフィリースとリサが残る。そのリサが今度は心配そうにアルフィリースを見た。
「ロゼッタの手前ああは言いましたが、実際大丈夫なのですか。アルフィ?」
「ええ、大丈夫よ。ただ本番はここじゃないから、少し集中力がないだけ」
「確かに、敵があの体たらくでは」
リサがちらりと気にするのは、眼下で繰り広げられる好き勝手な略奪。標的とする盗賊団は、アルフィリース達が囲んでいるど真ん中で嬉しそうに荷馬車の物品を分配していた。それらはアルフィリースの発案で用意させた、撒き餌の役目をする荷馬車だった。アルフィリースは傭兵団の一部を商隊に変装させ、自分達の報酬相当の物品を運送させた。もちろんその噂をそれとなくばらまいたわけだが、これみよがしの噂に、盗賊団は早速食いついたのである。
「まったく。強盗するのはいいですが、奪ったその場で分配を始めるなど愚の骨頂ですね。それもこんな見通しの悪い、丘の合い間で。今襲われたらどうするつもりなのでしょうか」
「そんなことまで考えていないのよ、きっと。それにしても」
妙だ、とアルフィリースは考える。これが各都市を脅かした盗賊団のとる行動だろうかと、アルフィリースは考えたのだ。まるで子供の遊び。統率や、明確な意思など何も見て取れなかった。
アルフィリースが決断を渋る理由はそこにあった。罠ではないだろうかと勘繰り、様子を見ていたのだ。だが、ここで手を出さずに見ているわけにもいかない。相手はこちらの罠にかかったのだ。少なくとも、見た目上は。
「・・・リサ、予定通り仕掛けるわ。ただダロンの隊だけは控えに回しましょう。万一に備えてね」
「了解です。何かあればリサが真っ先に感知してみせましょう」
「頼りにしているわ」
アルフィリースのその言葉を最後に、リサはさっと右手を上にあげた。その合図で、ある程度離れた傭兵達が合図を行い、次々とアルフィリースの指令を伝達していく。
「よし、合図だ」
「ははっ、やっとか。腕がなるな」
「さて、気合いれていくか」
「・・・我々は待機か」
それぞれの隊長達が合図に反応する。そして彼らは一斉に討って出たのだ。四方から突然上がる歓声に、面食らったのは盗賊団達。アルフィリース達は敵が混乱するように、より大きな歓声と鳴り物でもって敵をさらに攪乱するように言いつけていた。
「なんだなんだ?」
「敵か!」
「どこから来た?」
だが彼らがアルフィリース達の姿を目視することはない。丘の合い間は見通しが悪く、さらに見張りもつけていなかった彼らは丘の向こうを知る手段を持たなかった。その彼らをアルフィリースは騒音と喚声でたっぷりと焦らしたのだ。
だがアルフィリース達は違う。彼らにはリサがおり、その気になれば天馬も竜もある。そしてついに盗賊の一団がしびれを切らして脱出を始めた。
「動いた」
リサが右手を今度は横に出すと、その合図が次々と知らされていく。そして盗賊達が視界の開けた場所に出た途端。
「撃てぇ!」
ロゼッタの号令と共に、矢が次々と彼らを射抜いた。盗賊団は途端に混乱の極みに達する。統率された上での退路を確保しなかった彼らは、一度混乱すれば右往左往するだけだった。
「待ち伏せだ!」
「なんだ、あいつらの矢。こんな距離に届くぞ?」
「それよりこっちは駄目だ! あっちだ」
アルフィリースが、ジェシアとシーカーと相談の上作り出した弓矢が功を奏する。アルフィリースが開発した弓矢は、この時代に用いられる平均的な弓矢の倍以上の距離を誇る。見たこともない距離から飛来する弓矢に、盗賊達はなすすべもなく逃げ惑う。
だが盗賊達は散を乱しながらも、生きる本能に従い別の方向に進路を向ける。だがそこには今度はラインが率いる一隊が現れた。
「よし、射掛けろ」
ラインは冷静に命令を下した。またしても飛来する矢。矢に喉笛を射抜かれる仲間を尻目に、盗賊達はまたしても別の方向に引き返さざるをえなかった。
だが彼らがどこに行こうとしても、彼らの目の前にはアルフィリース達の部隊が現れた。この丘はところどころ崖のように切り立っており、少々の事では登れない。センサーのいない彼らでは、この土地の全てを把握することは不可能だった。
そして彼らは徐々に袋小路に追い込まれていった。そのことに気が付いた時にはもう全てが遅い。
「おい、こっちは行き止まりだ。引き返せ!」
「無理だ。次から次へ押し寄せてくる」
「こんなところに敵が来たら・・・」
そう叫んだ男の頭に、突然雨が降った。空は晴れているのにと男が空を見上げれば、そこには天馬が十騎ほど飛来していたのだ。
彼女達から落とされる樽。その中身である黒い液体が、盗賊達の頭上に降り注いだ。それを見て男は自分の頭についた液体を手に取った。その液体は黒く、ぬめりがある。
「おい、これ・・・」
「火矢だ!」
男が悪い予感を誰かに伝える前に、彼らの頭上から火矢が雨のように降り注いだ。そしてその火が黒い液体にあたると、火は炎になり、盗賊達を襲ったのだ。ここに盗賊達の混乱は頂点を極めた。逃げ惑う者、わけもわからず剣を振るうもの、その場に怯えてうずくまる者。取る行動は様々だった。
その彼らを高い場所から見守るアルフィリースとリサ。彼女達は場所を変え、最終的な作戦の場所を見降ろしていた。そこには各隊長達の顔もある。
「盛大だ、とは言い難いか。せいぜい混乱させる程度だが」
「効果は十分だな。こんな程度の低い集団なら、脅しをかけるだけで十分だろう」
「ああ。でもこの人の焼ける匂いは・・・」
「慣れるこった、エアリー。こんなの戦場じゃ、しょっちゅう嗅ぐぜ」
「慣れるのが良い事とは思えないな」
エアリアルが顔をしかめながら鼻を手のひらで覆うようにその場に立っていた。彼女の愛馬シルフィードも落ち着かない様子だ。冷静に見守るのは、ライン、ロゼッタ、ロイドなど歴戦の傭兵達。その他の新米の傭兵達には、たちこめるひどい臭いに吐いている者もいる。
下で逃げ惑う盗賊達を見ながら、ロゼッタが指を指した。
続く
次回投稿は、3/4(日)14:00です。