シーカーの里の戦闘、その9~氷の剣士~
【煉獄の底にて魔を封じせし氷の獄鎖よ、氷の験をわが剣に宿らせたまえ】
《呪氷剣》
ルイの剣が薄い氷に包まれていく。通常の粗い氷ではなく非常にきめ細かい氷であり、無駄に刀剣を厚く覆うこともない。刀剣が光を反射して、白く輝くような氷の剣だ。さらに剣の変化と共に、ルイの髪の色が白にも近い青へと変化していく。
そう、彼女もアルフィリース同様魔法剣士である。ただアルフィリースと違うのは、アルフィリースは魔術を詠唱による放出形式で使うのに対し、ルイの場合は直接武器や防具に魔術効果を付加する形式で用いるのだ。もちろんルイも放出して使うこともできるが、あまり得意とはしていない。ちなみに氷の属性は水の上位属性であり、かなりの高位術者であることを示す。それは染めてあるはずの髪色があっという間に染まっていったことからもわかる(通常は髪色の変化は魔素が浸透して変わるものなので、時間がかかる。なので高位の術者ほど変化が早い)。しかも使っている魔法剣も通常の物ではなく、暗黒魔術の系統であった。
魔術に詳しいアルフィリース、フェンナ、それに経験豊富なミランダはそれがわかったが、リサやニアにはわからない。だが、ルイが並でないことはすぐに理解できた。そして援護など必要ないであろうことも。
「レクサス、露払いはまかせる」
「了解」
軽く地面を蹴って走り出すレクサスの後にルイが続く。そして自分の敵を認識したのか、木の魔物が何本もの枝を槍のように二人に伸ばしてくる。二人が串刺しになるかと思われたその瞬間、
「甘いなぁ」
レクサスが不敵な笑みを浮かべながら、一瞬で自分とルイに向かってくる枝を斬り落とした。彼自身が意識して使っているわけでないのだが、それは二刀の居合いとでもいうべき剣速だった。その後ろからルイが袈裟がけに斬り下ろす構えをとる。だが対象までは、まだ随分と距離があるはずだが。
「剣閃!」
ルイの叫び声と共に、剣から放たれた氷の刃が風を切り裂く。一刀のもとに、魔物の左手ともいうべき家であった部分を切断する。
魔物もその衝撃に悶えるような暴れ方をする。
「凄まじいわね・・・」
ミランダが思わず呟いた。
「なるほど・・・確かにあれで私達は足手まといだな」
「ですが再生するのでは?」
「それはないわよ」
ニアとリサの疑問に、アルフィリースがあっさり言いきったので全員が驚いた。
「なんでそう言い切れるのさ、アルフィ。木の魔物なら、火系の魔術の方がダメージは大きいんじゃないかい?」
もっともなミランダの質問に、アルフィリースはしかし首を振った。
「いいえ。あの剣は斬った表面を凍らせるから、解凍してからじゃないとくっつかないわ。火だと炭化して崩れ落ちるから、内部からの再生そのものはしやすいの。どちらにしても、氷の方が再生しにくいことは確かよ。しかも暗黒魔術の系統だし余計だわ。確かに、突き詰めると火は分子の加速運動で、水や氷は分子の停止運動。だから上限温度がない火系の方が絶対零度が存在する氷系より強いと思われがちだけど、威力の大きさは『どのくらい早く分子運動に干渉するか』で決まるから、一概にどちらが強いということはないわ」
アルフィリースがぺらぺらと話す理論に、全員の頭がついていかなかった。特に分子運動のくだりなど、魔術教会で専門的に魔術を習った人間以外はさっぱりわからないだろう。これはアルドリュースが教えたからこその理論なのだが、アルフィリースにはそんな事を世間一般の人が知らないということを、知らない。
「・・・デカ女が何を言っているのか、リサにはさっぱりです」
「心配するな、私にもわからん」
「私はなんとか・・・」
全員がそれぞれ感想を口にする。そして、最後はミランダ。
「アルフィ、アンタ意外と博識かい?」
「意外とって何よ!」
その言葉にちょっとむくれたアルフィリースだったが、師匠の地獄のような授業を回想し、思わず身震いしてしまった。でも無駄なことは教えない師匠に、やはり感謝する彼女である。魔術を扱う者にとって、知識は宝と同義なのだ。
だがそうこう言う間に既に大勢は決していた。ルイとレクサスの2人は段違いの強さだった。既に魔物の各所は凍らされ斬りおとされ、既に元の大きさの半分近くになっている。そして、今まさにルイが魔物の頭らしき部分を踏みつけ、とどめの一撃を加える所であった。
魔物も最後の抵抗として、あらゆる方位から葉を刃のように飛ばして反撃するが、ルイの後ろに控えるレクサスに涼しい顔をして全て斬り落とされた。レクサスのその行動を分かっていたのか、ルイは周囲を見ようとすらしない。普段はどうあれ、この2人は互いの戦闘力を信頼しきっているのだ。
「・・・葉の一欠片に至るまで凍りつかせてやろう」
ルイがぞっとするような低い声で大剣を魔物の頭部に突き刺し、そこを中心に木が凍りついてゆく。魔物は枝を伸ばして増殖しようとするが、明らかに凍りつく方が速い。そしてパキパキという凍りつく音と共に、ついに魔物の全体が凍てついた。巨大な樹氷の完成である。
魔物の抵抗が無い事を認めると、ルイは剣を一振りして鞘に収め、ルイとレクサスが引き返してくる。そしてフェンナの方に歩み寄る。
「とどめはエルフ、お前に譲ろう」
「・・・え?」
「決別の意をこめてな。嫌なら私がやるが、どうする?」
ルイはフェンナをまっすぐ見据えている。フェンナもやや間をおいて、
「・・・わかりました。御配慮感謝します」
そしてゆっくりとフェンナは弓矢を構え、矢を放った。その一撃で既に樹氷と化していた凍った木の魔物が崩れ落ちていく。細やかな氷の粒子となって崩れ落ちるその様は、切なく、儚く、そして美しかった。
「さようなら、父様、母様・・・」
そのままフェンナは下を向き項垂れている。アルフィリース達はかける言葉も見つからない。これでフェンナは故郷の全てを失ったことになるのだ。どうやら死んだ者達は形だけでもクルムスの兵士達が最低限の礼儀として埋葬してくれていたようだが、地面は魔物の根で掘り返され、その墓すらも跡形もない。そしてフェンナが育った家は、全て魔物へと変化した。今やシーカーの里だった場所は、ただの大きな窪地としてしかわからない。アルフィリース達が最初に足を踏み入れた時の光景など、見る影もなかった。
そして、アルフィリースはフェンナに何か声をかけようとそっと歩み寄る。
「フェンナ・・・」
「・・・木にね、印をつけてたんです」
「え?」
フェンナがうつむいたままで呟く。
「私の里は、エルフには珍しく若いシーカーが多くて。皆、年頃も似ていました。それで色んなことを比べたり、競ったり、話あったり・・・よく背比べをね、してたんです。私はエルフにしては背が低い方で、よく皆からちびっこと言われてました。歳も一番下だったからしょうがなかったのですが。でもそれが幼い私には悔しくて、月が一つ空を巡るたびに身長をはかって木に石で印をつけてました・・・」
「そう・・・なんだ」
「他にも初めて矢を飛ばしたのはどこだったとか、ぶつかって扉を壊した後とか、木の枝にツタでブランコを作ったり・・・この里には思い出がいっぱいあった。でも、でも、もう何も無い・・・無くなってしまった」
「・・・」
「でも、おかしいんです。悲しいはずなのに、涙が出ないんです・・・どうしてかわかりますか、アルフィリース?」
フェンナがくるりとアルフィリースの方を振り向く。とても悲しい表情だが、同時に心底自分の感情が理解できないという顔をしている。
「・・・それは多分ね、心が出来事に追いついてないんだよ」
「心が?」
「うん、人間は1人じゃ泣けない時があるって師匠が言ってた。1人だと、自分が悲しいことすらに気が付かないんだって。だから、生き物は友達を作るんだって。師匠はそれで失敗したって言ってた。自分には友と呼ぶべき存在がいなかったから、泣くべき時に泣けなかったって。いつの間にか、泣き方すら忘れたって。私も子どもの頃、そうだったと思う。でも私には師匠がいてくれた。だからフェンナは・・・今じゃなくても、私達の前でならいつでも泣いていいんだよ。なんだか、上手く言えないけど・・・」
その時、フェンナの銀の瞳から一筋の涙が零れ落ちた。
「そう、なんだ・・・ありがとう、アルフィリー、ス・・・う・・・ぐっ・・・ひっく・・・」
フェンナが顔を手で覆って泣き始めた。そのフェンナをそっとアルフィリースが抱きしめてやる。
「私、しばらく・・・泣き虫でもいいでしょうか・・・?」
「・・・いいと思うよ」
「・・・ごめんなさい」
「だから、ごめんなさいじゃないでしょ?」
「うん・・・ありがとう・・・」
しばらくの間、アルフィリースとフェンナはそのまま抱き合っていた。
そんな2人を見てかすかに微笑み、ルイとレクサスはその場を後にしようとする。その場を黙って去ろうとする2人を見て、ミランダが声をかけた。
「随分大きく返してもらっちゃったね」
「そうでもないさ。ワタシ達が戦うのに相性がいい魔物だった。それだけだ」
「こっちが借りたみたいで、気分がすっきりしないわ」
「そうか? じゃあいつかまた出会ったら酒でもおごってくれ」
「出会ったときに敵でないことを祈るわよ」
ミランダの言葉にルイは何も言わず、後ろ姿のまま手をひらひらと振って答える。レクサスは軽く手で敬礼の真似ごとをして去って行った。
少しアルフィリース達と距離を離すと、レクサスがルイに話しかける。
「気が利きますね、姐さん! に、しても姐さんが誰かを気にかけるなんて珍しい。初めて見たような気がするんですけど」
「・・・かもな。だがあのエルフではなく、不思議とアルフィリースという子が気になった。なぜかな」
「また会えますかね?」
レクサスが珍しく期待感を込めた言葉を発する。アルフィリース達の事を気に入ったのは、ルイだけではないようだ。
「おそらく。そうだな、あの子は強くなる。そうなったら意地でも出会うさ。敵か、味方かは別として」
「その前に俺達も死なないようにしましょう。当面は魔王が相手の様ですから」
「当り前だ」
ルイは鼻で笑った。この女剣士に、自分が敗北する姿など想像もつかないのだろう。そんな普段通りの彼女を見て、レクサスもまた元の軽い性格に戻る。
「で、さっき頑張ったご褒美に、姐さんの胸に飛び込んでいいすか??」
「・・・どうやら魔王と戦う前に、貴様は今ここで死にそうだな」
ルイがすらりと大剣を抜き放つ。
「いやいや、冗談ですって! って、なんで魔法剣使ってるんですか!? ち、ちょっと、危ないー!」
悲鳴を上げながらレクサスが逃げていく。どうやらこの2人は当分死にそうにもない。
***
そしてこちらは上空である。この結果が面白くないのは、上空にいた3人だ。
「なんか三文芝居みたいになっちゃったね」
「そうですね。良い見世物とは言い難い」
「くっそ! なんだ、あの反則みたいな強さの女は! あんな魔法剣アリか!?」
荒れた声が、結界の中にこだまする。
「やっぱりキミの演出だとイマイチだったね」
「うるさいな!」
皮肉を言われ、空中で地団駄を踏んでるのは、今や姿を隠そうともしていない活発そうな少年である。彼はひとしきり地団駄を踏むと、突然冷静に戻る。
「でも確かにね・・・あの女は強い。というか、あの傭兵隊はあんなのばっかりなの?」
「そういえば貴方達2人は直接見たことが無かったのですね。あの傭兵団はあんなものです。そしてあの傭兵団の部隊番号はそのまま強さを示します」
「それはつまり、1番隊はもっと強いってこと?」
活発そうな少年が驚愕の声を上げる。
「あくまで隊として、ですが。個人の戦闘能力では、団長の次くらいにあの女は強いかもしれません」
「ちっ・・・師匠が手を出す許可さえくれていれば、あんなやつら1分で挽肉にしてやるのに!」
「残念だけど、今はその時期じゃない。我慢だよ」
「わかってるよ!!」
吐き捨てるような言葉と共に、少年の形相が凄まじいことになっている。目だけで呪い殺しかねない勢いだ。
「で、その隊長ってのはどのぐらい強いの?」
「間違いなく大陸最強の一人でしょう。西側から連絡が入りましたが、どうやら隊員が揃うのが待ち切れず、隊長は1人で既に2体魔王を狩っています」
「おいおい。そんな化け物、対策はどうするの?」
老人が呆れたように青年を見る。
「師匠がアレを起こしに行っています。アレなら相性がいいかと」
「アレか。確かにそうかもしれないけど、制御できるの?」
「やり方次第ですね。一歩間違えればこちらに牙をむきかねない」
「でも、アレに勝てる人間とかいないんじゃない? ・・・バカだけど」
「さしずめバケモノとバカモノの対決ってところかな?」
「何上手いこと言おうとしてるのさ。で、そろそろ引き上げない? もうどっちらけ・・・ん?」
活発な少年が、下で這いずる何かに気付いた。3人は他に動く者がいないことを確認すると、ふわりと地面に降り立つ。
地面で芋虫のように這いずるのは、ムスター王子だった。彼の両足は膝から下がなかったが、それでも生への執着は捨てきれないのか、地面を手で這うようにして進んでいる。だが、その出血量からも長くないだろう。既に彼の意識は混濁を始めていた。
そんな彼の目の前に立ちふさがり、活発な少年は呆れたように声をかける。
「なんだ、王子サマ生きてたの?? 悪運だけは一人前だな」
「わ、ワシが死ぬはずはない・・・ワシは正義だ、ワシは正しいのだ。最後はワシが勝つのだ・・・」
「・・・愚かなのもここまでいくと、才能だね」
「ええ、醜すぎて逆に美しいかと」
「なぜワシに皆かしずかぬ・・・なぜ兄上と同じようにして、ワシだけ軽蔑される・・・なぜだ、なぜだ・・・」
実際、この王子には大切なモノが欠落していた。彼は違いが全く分かってないのだが、彼が枝をやつあたりで折ったのは、これから他国の大使達を迎えて会食をする会場の木だったのだ。しかも折ったのは一本どころではなく、何本も枝を折られたことで完全に景観は損なわれていた。その会場に大使達を案内して、国王一同クルムス側が大恥をかいたのは言うまでもない。
また彼は兄をまねて召使にお仕置きを与えたつもりでいるのだが、事情が全く違う。兄の方は盗みを働いた召使いに対し、ムチ打ちを背中に20発打っただけだ。本来なら法に照らし合わせて打ち首のところを、王子自らが罰を行ったということで裁判を免れたのである。これは温情ある行為と言っても良かった。
が、この第3王子は違う。彼は単純に粗相で飲み物をこぼしたメイドの顔面をムチで打ちすえた。結果としてこのメイドの右目は光を失っている。このような仕打ちは残忍以外の何物でもないのだが、この王子にはその違いがわからない。彼は頭の出来がどうこうという以前に、人として何か大切なものが欠けていたのである。それは大多数の人間が当り前のように備えすぎていることだから、抜け落ちていることに逆に気がつかないのである。
そのような者が平民であれば、早い段階で犯罪や何かで裁かれる機会もあったろうが、不幸なことに彼は王族であった。その欠落に気づかれないまま、そして裁かれないままここまで生きてしまった。これは周囲のみならず、本人にとっても悲劇である。歪むのもあるいは致し方ないのかもしれない。だからといって彼の責任が消えるわけではないことは、付け加えておかねばなるまい。
そして意識を失いかけるムスターを見下ろす3人。
「どうする?」
「そうだね・・・まさか兄弟子様はここまで見込んでこの王子を焚きつけたのかな? だとしたら、ちょっと尊敬しちゃうな」
「我々が思うより兄弟子殿は思慮深い。力は我々より下かもしれませんがね」
青年が感慨深げに言葉を発した。活発な少年は興味が無いとでも言いたげに、ムスターを足蹴にしながら語る。
「で、どうすんの? この王子、キミが使うの? ボクはいい魔王の素材になると思うんだけどな、魔王制作者さん??」
活発な少年は、そう言いながら老人のような少年の方を振り向いた。少年は即答する。
「うん、もちろん持ち帰るよ。口封じも兼ねてね」
「まさか各国首脳陣も、各地で暴れる魔王が人の手で制作されているなどとは、思いもつかないでしょうね」
青年が楽しそうに微笑む。だが、老人は楽しそうに否定するのだ。まだまだ彼の楽しみはこれからだとでも、言いたげに。
「いやいや、最終目標はそこじゃないよ」
「ちなみに今、何体くらい貯蓄があるのさ?」
活発な少年が、老人に尋ねた。その言葉を待っていたといわんばかりに、老人が得意げに答えるのだ。
「現時点で100体は即時稼働させられるけどね、まだ研究段階だよ。西側の魔王達の成果が出たら、もっと具体的に制作の方向性を定められる。それまで君達には色々実験してもらわないといけない」
「へいへい」
「私達が直接手を出せれば、こんな大陸などあっという間に火の海ですけどね・・・」
くすくす、と青年が笑う。その笑みが本当に楽しそうだったので、他の2人もまた一瞬びくりとするのだ。そして、見た目はどうあれ、彼もまた自分達と同類であることをしっかり認識する。
「ふふ、意外と君も好戦的だな・・・けど思ったより時期は早く来るかもよ?」
「楽しみにしておきましょう」
「早く大暴れしたいな~楽しみ!」
そうやって3人は不敵に笑いあい、ムスター王子と共に消えていった。そしてその数日後、中原に戦争の火の手が上がることとなるが、それがこれから始まる大きな戦争の発端に過ぎないことに気がついている者は、まだ誰もいなかった。
続く
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