シフクの時、その7~敬意~
「異論はないか? そこに隠れている連中も大丈夫か?」
ミランダの指摘に、演台の裏方から何人かが姿を現す。怪しい気配に気が付いて何かを仕掛けようとしていたのかもしれないが、既に彼らの後ろには口無し達がついており、首根っこを押さえられた形になっている。だが、彼らもまた反論は出さなかった。
その彼らの反応を見て、ミランダはさらに語調を強くした。
「よし! ならばこの場を持って新たな作戦を提示する。作戦名は『エーデルワイス』。標的は黒の魔術士と言われる集団だ。詳細は追って伝達するが、今は負傷者の処置を優先する。彼らを安全な場所に誘導後、現在自力で立っている者は一刻後、深緑宮翡翠の間に集合。一度解散とする!」
その言葉に、一斉に動き出す巡礼の者達。もちろん彼らが全てに納得したわけではないだろうが、少なくともこの場は収まった。それはミランダが中々にやるという事が、一端は彼らに認められたことを示す。ミランダはアルベルトを伴い、悠然とその場を出て行く。後処理はエルザとイライザに任せるようだ。
そしてミランダが扉を開けると、そこにはアルフィリースがいる。アルフィリースはミランダを笑顔で出迎えた。
「ミランダ、お疲れ様」
「アルフィ~。緊張したよ~」
ミランダがほっとしたような、泣きそうな表情でアルフィリースに抱きついてくる。そして力一杯アルフィリースを抱きしめたが、例のごとく。
「ぎゃあああ! 背骨が、背骨が!」
「あ、ごめん」
アルフィリースは自分の背骨がぎしぎしと悲鳴を上げる音を聞いて、思わずミランダの肩を叩いた。一度鈍い音がしたのは、気のせいだと信じたい。
背中をさすりながら、アルフィリースはミランダに語りかける。
「にしても、よくやったわね。まさかあの人数を相手に、本格的な戦いになってたらどうしたの?」
「アタシが勝つんじゃない? まだ仕掛けも奥の手もいっぱいあったし」
「・・・本当に?」
「うん、マジで」
アルフィリースは今になって、ミランダの底知れなさを知った気がする。彼女達はその場を去りながら、四人以外がいない廊下を歩く。
「あの作戦名、よかったの?」
「え――そうね。まぁ誰もわかりゃしないわ」
「いいんだ・・・そういえば、大草原から魔王が溢れたらしいけど?」
「知ってる。でも、もうそっちは対応策が練られているらしいから。なんでも、アルネリア教会と魔術教会が協力して事にあたっているんですって。ギルドにも要請して、腕利きを募ったそうよ」
「へえ~。でも魔王の群れを相手にできるような連中って、そんなに沢山いるのかな?」
「勇者認定された連中ならいけるんじゃない? それに忘れたの。あのロゼッタですら、ギルドの中では名が知られているってだけで、頂点の中の一人ですらないのよ? 世界にいるツワモノ達は、押してその力量と存在を知るべきだわ」
「それもそうか」
久しぶりに会話をする彼女達の話は尽きない。彼女達は歩く速度をゆっくりにして、少しでも話す時間を多く取れるようにしているようだった。そうでもしないと、互いに忙しい身空では中々自由に話す時間も取れないのだ。
「それにしてもあのシスターの攻撃魔術。すごかったね」
「ああ、あの光の玉ね。あれはびっくりしたわ。ちょっと焦っちゃった」
「よく防いだよね? ミランダってそんなに魔術が得意だったっけ?」
「う~ん、正直出来過ぎたんだけど、最近魔術の訓練も真面目に行っているからなぁ。そのせいかな?」
「ええ? 出たとこ勝負だったの?」
「まぁね」
ミランダの悪びれない態度に、さしものアルフィリースも多少呆れたようだった。後ろからは無言のアルベルトと楓がついてくる。さらにその後ろから接近する人影がいくつか。
「シスター・アノルン。お話の最中申し訳ないが、少しよろしいかい?」
「何かしら?」
ミランダ達が振り返ると、その場には十数人のシスターや神殿騎士がいた。その雰囲気は今までのどの巡礼とも違う。その先頭に立つのは初老のシスターだった。
「お初にお目にかかる、シスター・アノルン。私はシスター・ラペンティ。以後お見知りおきを」
「シスター・ラペンティ。こちらこそお目に書かれて光栄です。この巡礼において、あなたの功績は非常に偉大だと聞いています。現時点での貢献度は、巡礼の中でも比類なき程に大きいとか」
「ふふ、謙遜はよされよ。巡礼の制度そのものを作り出した偉大なシスターと比べられては、おもはゆいと言うもの」
「・・・へぇ」
ミランダの口調が変わる。目の前の老婆は事もあろうにミランダの不死身を知っており、かつそれを多数の人間の前でばらしたのだ。ミランダがさっと気色ばむ。だがラペンティは笑顔のままだった。
「ご心配なく、シスター。我々は巡礼の頂点に立つ者達。それぞれが最高教主から貴女の事は伺っております。貴女がどれほど献身的にこのアルネリア教のため、また人のために尽くしてきたかを。我々は皆が貴女の生きざまに感銘を受け、また貴女の力になるよう最高教主より仰せつかっております。どうか貴女のため、我々の命を好きにお使いくださいませ」
ラペンティはそう言うと、自分は恭しく礼をした。それに続く者が何人か。だが何人かはミランダに礼をしないものもいる。
それに気付くと、ラペンティは彼らを叱責した。
「これ! シスター・アノルンに敬礼をせぬか」
「俺は嫌だね、婆さん。あんたの事は認めちゃいるし、目の前のシスターの成したことは確かに偉大だろうが、それとこれとは話が別だ。俺が誰に尊敬の念を抱くかまで強制されたくはねぇ」
「右に同じく。私が彼女の事を尊敬するかどうかは、これからの彼女次第。ああ、心配はいりません。仕事は仕事として、しっかりシスター・アノルンに従いますから」
「ですよねぇ。私もその意見に賛成~」
「ほな顔見せも済んだし、さいならってことで」
そういって若手のシスター、神官二人ずつは去って行った。ラペンティが慌てて取り繕う。
「まったく、最近の若い者は・・・シスター、申し訳ない。これも私の監督不行き届きが故」
「いいのよ、気にしてないから。そのくらいの方が元気があっていいわ。それより貴女達も後処理を手伝ってきて頂戴」
「かしこまりましてございます」
そう言うと、ラペンティはその場を去って行った。彼女達の背中を見送りながら、ミランダがぽそりと呟いた。
「・・・あのシスター、気に食わないね」
「え?」
「いや、こっちの話」
アルフィリースはミランダが何かを呟いたので聞き返したが、ミランダはアルフィリースに何も言わなった。
そしてミランダはアルフィリースに向き直ると、真剣な表情で言ったのだ。
「アルフィ、折り入って頼みがあるんだけど」
「・・・いいわ。私にできる事なら、なんでも」
ミランダの真剣な顔を見てアルフィリースもまた真剣に頷いた。彼女達は場所を変え、二人だけで話せる小部屋に移動した。外には楓が見張っていることを示し、部屋には二人だけが取り残される形になる。ミランダは厳重に防音の魔術を張ると、さらに声も顰め気味に話し始めた。
「アルフィはスラスムンドの依頼を受けたろう?」
「そうだけど、なんで知っているの?」
「スラスムンドは遠く離れた場所で発生した依頼だ。対象は傭兵団だし、普通は近隣一体での募集に限られる。遠く離れていると移動も一苦労だし、ギルドへ募集依頼を出すのもタダじゃないんだ。仲介料が発生するからね」
「それは知っているけど。じゃあもしかして」
「ああ、アタシが根回ししたんだ」
ミランダは真剣な表情で続ける。
「町からの依頼は盗賊団退治だ、これは実際その通りなんだ。だが問題は盗賊団の頭領だ」
「何が問題なの?」
「盗賊団の頭領の名前はオブレス。まだたった15の少年だってことさ」
「!?」
アルフィリースはミランダからもたらされた情報に愕然とするのだった。
続く
次回投稿は、3/3(土)15:00です。