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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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シフクの時、その6~演技と演説~


「なんだこれは・・・動けない?」

「見事にかかったわね。これで勝負あり、ね」

「なるほど。今までの自信はこれか」


 得意げに演台で腕を組むミランダだったが、今まで自分の席から動こうともしなかった者達の一人が立ち上がり、動きを止めた者達の方に歩いてくる。それは髪をひじょうに短く切りそろえたシスターであり、一見男性かとも見まがうほどの髪型であった。だが胸はちゃんと女性としての主張があるし、服装がシスターのものだ。アルネリアの関係者にはさすがに女装趣味の者はいないだろう、多分。とミランダは考える。

 そのシスターは全員が動きを止めた方に歩いてくると、そっと手を差し出した。その手が電流が流れたのように、空中ではじかれる


「防護結界・・・ではないな。魔術が発動した様子がなかったし、何らかの仕掛けか。カラクリは床下にでもあるのか」

「そういうこと。どうする? 床でも掘り返す?」

「いや、それよりも、これだ」


 そのシスターは掌をミランダに向けると、その手に魔力を集中し始めた。周囲から集まる光の玉が、みるみるうちに大きくなる。


「あら、攻撃魔術?」

「ああ、これが防護結界ではないのなら、攻撃魔術で抜けるはずだ。試してみよう」

「ふーん、いい発想ね。って・・・」


 ミランダがぎょっとしたのは、光の玉が人間を飲みこむほどの速度で大きくなる事。その規模は、ミリアザールの攻撃魔術にも近い。やがて光の玉が人間の二倍ほどの大きさになると、男性の様なシスターは無表情のままミランダの方を向いた。


「さて、この距離でよけられるかな?」

「ちょ、ちょっと。それは反則よ!? そんなものこの講堂で使ったら・・・」

「犠牲者が出るだろうな。だがこのままここで死ぬくらいなら、何人か犠牲にしてでも助けられる者を助ける。それが私の判断だ」

「げっ、そうきたか。しょうがないわね」


 ミランダも魔力を掌に集中させる。だがシスターは容赦なかった。


「今からでは遅い」

「さて、どうかしら」


 シスターが光の玉を放とうとした瞬間、ミランダが高速で何かを呟いた。すると、光の玉はみるみるうちにその規模を縮小し、ミランダの目の前で指先ほどの小ささになる。その可愛い光の玉を、ミランダはぱしんとはたいて地面にぶつけた。すると光の玉は地面に少しの焼け跡を作り、四散したのだった。

 今度は男性の様なシスターが目を見開く番である。


「今のは・・・捕縛系の魔術か」

「そうよ。魔術そのものを捕縛して、規模を小さくしたわ。さっきの規模の魔術なら、遮断しても防御しても、この講堂が吹き飛びかねないわ。まったく冷静な割にキレた性格してるわね、あなた」

「ふん、あなたがそれを言うのか。だが死んだ連中は・・・」

「死んでないですよ」


 後ろから神官が声をかける。アルネリアの神官の正装に身を包んだ男性は、倒れた者達をそっと見回っていた。何人かを見て回った神官は、ほっとしたような表情を見せる。


「まったく、アノルン様も人が悪い。誰も死んでいないではないですか」

「あれ、ばれた?」

「まあ当然といえば当然なのですけどね。あれは筋弛緩系の薬をばらまいたのですね? 大量に服用すれば死にますが、一番貴女に近い者でこの程度なら、全く問題はないでしょう」

「ふふ、冷静ね、あなた」


 ミランダ――巡礼に限らず一部の者以外の間ではいまだに『アノルン』の名前で呼ばれるが、彼女は対外的に良く使う女神の様な笑顔で彼らに応えた。

 よくよく見れば、最初についていた席から全く動いていない者達も多数いる。ミランダはその成果に満足気だった。意識のある彼らに向かって話しかける。


「少しわかりやす過ぎたかしら。一生懸命演技したつもりだったのだけど」

「迫真の演技だと思います、シスター。ただヒントは多かったですね。清貧・貞潔が趣旨のこの協会で、それほど寒くもないこの講堂において不必要なほど暖炉に薪をくべてあった。違和感はなんとなく覚えていましたが、部屋の空気の対流に乗せて毒を散布したのですね?」

「ほかにもあるじゃあないのさ。天井からは変な気配がしたし、机も妙に新品。床は張り替えた跡があった。慎重に見れば、違和感はそこかしこにあるだろう? この講堂は罠だらけさ。まだまだ使ってない罠がたくさんあるだろうね」

「それに神殿騎士団の隊長であるアルベルト殿が同行している段階で、一悶着あると相手が想定していると考えねばなるまい。ただの講演なら神殿騎士団長殿は必要ないだろう」

「そう考えれば、まず攻撃を受けた者が無事かどうかを確かめるのが先決。それに状況も冷静に見極めねばならないでしょう。負傷者を放っておいて相手に攻撃を仕掛けるなど、アルネリア教の教義からは外れますわ」


 ミランダの言葉に呼応するように、そこかしこから声が上がる。この状況でも、多くの者が冷静に状況を判断していたようだった。彼女は一通り意見が出終わると、最後に付け加える。


「予想以上に修羅場をくぐって来て冷静な人間が多いのは分かった。アタシも試すような真似をして悪かったが、頼もしい連中が多くて嬉しいよ。一つ付け加えるなら、アタシ達アルネリア教は本来専守防衛を旨とするが、この任務に関してだけは違う。こっちから出て行って、相手を叩く必要があるんだ。それに戦場では相手とやり合う奴がいないと、おちおち回復もできやしないからね。最初にアタシに突っかかって来た奴も、役目としてはまっとうしている。だから結果だけで彼らを責めないでやってほしい」


 ミランダの言葉に、反論はなかった。


「では改めて挨拶しよう。アタシはシスター・アノルン。この巡礼の任務において、本意ではないながらも一番手ということになっている。そして今回の任務の発案者であり、また責任者でもある。その権限で持って、貴方達に命令をさせてもらおう。これは最高教主から預かった任務であり、アタシの言葉はそのまま最高教主の言葉だと思ってくれて構わない。

 この任務には危険が付きまとう。それこそ、今までの巡礼とは比べ物にならないほどの。下手をすると、アタシを含めた全員が全滅、なんて事態もあり得るんだ。今回アタシがとった手段は可愛いもので、もっとえげつない手段を相手は取る連中だ。この任務に向かいからには、それなり以上の覚悟をしてほしい。だから最高教主の命令であるけども、アタシとしては無理強いはしたくない。この場で降りる奴、またアタシの命令が聞けそうにない奴は正直に言ってくれ。前衛ではなく、裏方に回って危険の少ない任務に就いてもらう事にする。どうだろうか?」


 ミランダの言葉に、誰も異論はなかった。もちろん気絶している者も多数いるのだが、そこはこの場にては考慮されない。既に戦闘は始まっていると、多くの者が認識していた。今気絶している者は、ともに戦う資格を既に失くしている。

 ミランダは改めて全員を見渡した。



続く

次回投稿は、3/2(金)15:00です。

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