シフクの時、その2~依頼~
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「アルフィ、大口の依頼がきたぜ」
声の主はロゼッタである。彼女は朝からギルドでくだを巻いていたのだが、その際に仕事の話を聞きつけたのである。アルフィリースは丁度事務作業を終えた所であり、珍しいことにエクラと談笑しながらお茶を飲んでいたのだった。
「ロゼッタ、どんな依頼?」
「ああ。比較的北の治安の悪い場所での盗賊退治なんだが、そこそこに盗賊の規模が大きいらしい。数百はいるとか」
「結構な規模ですね。そんなになるまで国は放っておいたのですか? どこの国でしょうか」
エクラが質問する。彼女は最初の補佐の一人として外国との折衝も行う事があったので、各国の情勢にはリサ以上に詳しい事も多い。特に市井に出回らぬ上流階級の出来事は、当然リサより詳しかった。
ロゼッタもそんなエクラの事は承知だし、また仕事の話で冗談を持ち出す彼女でもない。至って真面目にエクラとも話し合う。酒の席ではロゼッタがエクラをひたすらからかっているせいで、仲はそれほどよくないのだが。
「場所はスラスムンドだ。あそこは元々治安があまり良くない国だし、魔物・魔獣の出現も多い」
「ああ、それならありえますね。あそこに行く時は滞在する町と場所を選ばないと、公式の大使といえど追剥ぎに会うとか何とか」
「うわぁ。ひどい場所ね」
「公式の大使が強盗にあうなんざ普通は許されないが、スラスムンドだけは別だよな。一応軍の護衛も付けるが、大使が泊るような場所の裏通りでさえ、殺された死体が何日も転がされたままの様な治安の悪い場所だ。言うなれば、国全体が戦場のようなものだ」
「ですから、スラスムンドでは自分で自分の身を守ることは常識なのです。たとえ公式の大使でも、ね。だからかもしれませんが、スラスムンドとはどの国もあまり友好関係を結びたくありません。産出されるものも大してありませんし、正直危険に対する旨みがありませんから」
エクラがはっきりと言ったので、多少ロゼッタは驚いていた。たしかに物言いに遠慮の少ないエクラではあるが、冷たい人間でもないからだ。
「お嬢ちゃんもはっきり言うねぇ」
「外交は優しさではできませんから。それに多少スラスムンドとの関係が険悪になっても、あの国は内乱と魔獣への対応で手いっぱいで、外国へ戦争を仕掛ける余裕すらないでしょう。事実、今回の依頼も国が対応してくれないから、被害を受けた町が依頼してきたとかいう手合いなのでは?」
「当たりだ。盗賊団が荒らし回っている周辺の町から、連名での依頼だよ。ちっと遠いし報酬も格別良いわけじゃないけど、この傭兵団の人間相手の緒戦としては適切じゃないかと思うんだよ、アタイは。アルフィはどう思う?」
ロゼッタとエクラがアルフィリースの方を見る。アルフィリースは途中から二人の話を聞きながら考え込んでいたようだ。彼女は少し悩んだ後、エクラの方を見る。
「私だけじゃ決められないわ。隊長達をここに呼んで話し合いましょう。それにアルネリア教にも連絡を。誰か寄越すように伝えて頂戴。一応彼らの了解も得た方がいいでしょうから」
「了解しました。では各隊長には私が声をかけてきましょう」
「お世話になりっぱなしの身もつらいねぇ。早いとこ金を稼いでアルネリア教会に借金を返済したいもんだ」
口々に良いながら部屋を出て行く二人に、アルフィリースは軽く笑いながら彼女達を見送った。
そして程なくして集まる隊長達。幸いにもそのほとんどが依頼の最中ではなく、すぐに彼らは集まることができた。
アルフィリースがテーブルの上座につき、その傍にはエクラが控える。テーブルの上にはカザスの地図。
テーブルの左右には隊長達が並んでいた。アルネリアからの使者は来ていなかったが、彼らには事後報告程度でよいかとアルフィリースは考えたので、先に自分達だけで話し合いをすることにした。アルネリア関係者にはあまりいないとは思うが、話の通じない者が来ると、話し合いそのものが混迷しかねないからだ。
「エクラからも話はあったかもしれないけど、私からも説明するわ。今回の依頼はスラスムンドの中で暴れ回る盗賊団の征伐。報酬は80万ペンド、加えて諸準備費や移動費が最大10万ペンドまで支給されるわ。私は傭兵団の三分の二程度の人数での出撃を考えてる。貴方達の意見を聞きたいわ」
「団長、敵の規模は?」
「数百だそうよ。1000はいないと考えられるわ」
「それなら内容は悪くない。傭兵団の、人間相手の初戦にしては適切な相手ではないだろうか。一度は我々は魔王を討伐しているのだからな」
ロイドの声に、多くの者が頷いた。敵が正式の軍隊ならともかく、統率のとれない人間なら数百程度者の内にも入らないと多くの傭兵が考えていた。何せ彼らに守るべきものなどないことがほとんどだし、自分達の優勢が崩されれば自分の命を優先し、四散する可能性があった。経験のある傭兵達なら、その事を知っているのだ。それに魔王を倒した自信は彼らに強気の発言をさせるのは十分だった。
彼らの返事にアルフィリースも頷き、出陣ということであっという間に話はまとまった。アルフィリースは黙ったままのラインの方をちらりと見たが、彼は目を瞑ってそのままだった。特に異論もないのだろう。戦いや傭兵の依頼に関してラインの判断は実に正確である。伊達に依頼率100%近かったわけではない。アルフィリースも彼の能力には一目おいていた。
「では進依頼を受ける方向で話を進めましょう。次に路を決めるわ。私はスラスムンドなら街道沿いに北上して、最短で3つ程の国を越えることになる。関所はアルネリアの通行証で問題ないとして、何日程度の道程が予想されるかしら」
「雪解けは始まっていますし、すでに街道の通称は滞りなく行われています。大地は平地なので、馬で駆けて通常14日。急げば12日。荷馬車などがあれば一月近くかかるとリサは想像します」
「私も同意見だわ。でももたもたしていると、他の傭兵団に先を越されてしまう。こんな時のために私が準備しておいたことがあるわ。ジェシア、準備はできてる?」
「はーい、問題なくってよ」
続く
次回投稿は、2/27(月)15:00です。