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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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シフクの時、その1~日常~


***


 アルフィリース達は平穏な冬を過ごした。それはとても平穏な日々。アルフィリースがエクラに尻を叩かれながら仕事をし、時にミランダやフェンナが訪れ談笑し、リサとジェイクの仲はむつまじく、時々周囲の連中に冷やかされていた。もちろん後でリサの三倍返しの刑である。彼らはある程度お金がまとまったら二人で暮らす計画を立てているらしく、ジェイクが神殿騎士として独り立ちが確定すれば、すぐにでも実現するのだろう。

 またエアリアルやロゼッタ、ドロシーとは剣の訓練にいそしみ、ターシャやヴェンとは軍の運用について相談する。また夜になれば、ラキアやマイアも混ざって酒を飲んだり、すぐに男に唾をつけようとするロゼッタを止めたり、賭けでその場の全員の有り金を巻き上げかねないエアリアルを止めるのだった。さらに盛り上がればエメラルドが歌い、ダンススレイブやジェシアが踊り、イルマタルが火を吹いたりインパルスが様々な火花を出したりしてちょっとした曲芸を見せてくれる。ダロンや、意外なことにラインはそれを大人しく眺めており、彼らは静かに傭兵団の温かい雰囲気を見守っていたのだった。

 そしてさらに宴もたけなわになるとイルマタルが歌い出すのだが、これがまたひどく音痴であり、大抵はそこで宴会が終了となる。それでも収まらない時はラーナが出てきて、闇魔術を使っておいたをしている連中を無理矢理懲らしめることになるのだが。具体的に何をするかというと、やや残酷な表現になるので、自主規制しておくことにする。

 ともあれ、アルフィリース達は絶頂だったのである。


 この絶頂は留まるところを知らなかった。冬のアルネリアになど訪れる人間もそういないのだが、今年ばかりは事情が違った。アルフィリース達が魔王をあっという間に仕留めた事はしっかりとリサによって周辺地域に宣伝されており、またアルフィリースが女傭兵についての待遇について非常に好条件を出したため、耳ざとい傭兵達は我先にとアルネリアに集まって来たのだった。冬も終わる頃には、傭兵団イェーガーの総数は既に300人を越えようとしていた。

 なお傭兵団の男女比はほぼ一対一であり、これはアルフィリースが提示した条件による所が大きい。その条件とは、女の傭兵と男の傭兵の基本的な報酬に一切差はないものとし、能力さえあれば女性でも活躍の機会を与え、また報償も惜しみなく出すことを約束した。それに男女の宿舎は基本別。食堂などの生活圏は共通だが、傭兵であれ女には女としての配慮をしっかり行っていたのだった。

 これは当時の傭兵団としては非常に斬新であり、そのような事を行っているのは騎士団の中でもかなり少数の国だけである。たとえばアレクサンドリアはそうだが、ローマンズランドもアンネクローゼが武人として出世していくまでは、軍内に男女の別はほとんどなかった。なのでルイなどは訓練終了後の水浴びなど、男と共に行っていた事もある。さすがに名門貴族の彼女に手を出そうとする者など滅多にいなかったし、またルイ自身がそうさせはしなかったが、ルイですら口には出さないもののかなりの閉塞感と羞恥心を感じていたのは事実である。

 ルイでさえそうなのだから、当時女で傭兵団に属そうなどとはかなりの変人に近かったので、彼女達のほとんどは個人的な任務を強いられていることが多かった。団に属している女傭兵といえば、その傭兵団の団長の愛人か、あるいは共通の娼婦だという程度の認識しかなかったのが現実である。

 アルフィリースはそのような現実を知っていたから、待遇を良くしたのだ。この案はミランダやロゼッタも進言したことであるし、アルフィリース自身も考えていたことだった。果たして効果は絶大であり、アルフィリースの元には優秀な人材がさらに集まってくることになった。利で釣られるような人間よりも、まずは道徳心の高い人間達が先行してアルフィリースの傭兵団に集まった。

 さらに今度は冬であり依頼も控えめに受けているため時間もたっぷりあるし、集まる人間の質にこだわる必要もない。現に集まった傭兵の中にはただの村娘の様な者も何人かおり、初めて剣を握る者さえいた。アルフィリースが彼女達の事情を聞けば、彼女達は農家の生活嫌気がさしたり、また生活そのものに困窮して奴隷となるか、ターラムに売られるかしかの選択ができないものもいた。世間知らずな娘達は、人生の選択肢を多く待たないことを、アルフィリース初めて知ったのだった。

 そんな彼らも、アルフィリースは鍛えながら彼らにこなせるような依頼を与えるようにギルドに協力を要請し、仕事を斡旋していった。「自分の生計は自分で立てる事」が、アルフィリースの傭兵団の方針であったからだ。幸いにもアルネリアには平和な仕事も多く、たとえば皿洗いや子守り、荷運びの下働きなど、小さな仕事は山のようにあった。


 そんな生活の中でアルフィリースが気付いたことがある。アルフィリースは事務作業が多かったせいで滅多にアルネリアの外に出る暇もなかったので、自分が依頼を受けるよりも団の充実に力を入れた。具体的には訓練法の充実、体力のつく食事の献立、戦術の研究会、剣技会などである。加えてアルフィリースは自分の教養の高さを活かし、読み書きを色々な人に教えるような場を設けたのだが、アルフィリースが驚いたのは世の中の人間の識字率の低さであった。

 男性でも字が読めても書ける者は三割程度しかおらず、また字が読めない者自体が三割程度存在していた。また奉公に出る事の少ない女性の方が、当然識字率も一割程度低かった。彼らにどうやって生活してきたのかと問うと、簡単な金の勘定ができれば世の中は何とかなるそうだった。自分が文字が読めずとも、町や村で一人読めればなんとかなるのだと。また農家の人間達や町人達にも聞いたのだが、彼らも最悪物々交換ができれば生きていけると考えており、自分達が作った作物の相場など全く知らなかったのだ。その事をアルフィリースがミランダに伝えると、すぐさま行政監督が入り、不正な取引で農家への支払いを減らしていた者達が処罰された。

 そういった事情を受けて、アルフィリースは世の中の厳しさを知った。自分のようにアルドリュースに教育されることが、いかほど幸せかをアルフィリースは知ったのだ。彼女はすぐに女性の知性と教養を上げるべく、様々な教育体制を引いた。平民に学問を教えるなど、そのような取り組みは実は大陸の歴史上類を見なかったのだが、アルフィリースはそんな事を知らなかった。彼女の取り組みが評価されるのは、もっとずっと後のことである。


 そうこうするうちに、アルフィリースの元にはカザスからの祝いの品が届いた。どんな金目のものかとロゼッタ辺りは手ぐすね引いて待っていたのだが、その内容は地図であった。大陸の中央から東側。その主要都市から森などの魔獣の生息地域まで、市販されているものよりもかなり詳細な地図である。カザスの地図の最大の特徴は、高低差が記されている事であった。実際に彼が歩いて、あるいは雇った人間達に歩かせて記録したのだろう地図は、何十枚、満百枚では収まらないほどの大量の紙に記されていた。


「なんだこりゃ。ただの紙切れじゃねぇか」

「いえ、これは・・・すごいわ」

「アルフィリース、あなたの友人にはすごい人がいますね・・・これは同じ量の金貨にも代え難い」


 この地図の価値が理解できたのは、この時はアルフィリースとエクラのみであった。二人の感嘆も無理はない。行ったことが無い土地の地図というのは、かなり参考になる。これからどういう経路で進軍すればよいかわかるし、宿営地の選定、撤退、あるいは主戦場の決定にも役立つのだ。

 少人数での旅と異なり、大勢での移動は道を選ぶ。人が通るだけならそうでもないだろうが、実際には武器・食料の輸送に加え、寝具や料理用品の運送などもある。戦争することを前提に置くなら、その移動手段も確保せねばならないし、食料や武器の補給なども考えねばならない。雇ってくれた軍隊が武器の補充までしてくれることがないわけではないが、期待はしない方がよいとのミランダやロゼッタの忠告だった。

 アルフィリースはこれらの地図をエクラと共に眺めながら、しばらく過ごすことになる。そうして彼女達の冬は、多少の小さな依頼などをこなしながら、おおよそ平穏に過ぎて行くのだった。



続く

次回投稿は、2/26(日)15:00です。

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