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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第三幕~その手から零(こぼ)れ落ちるもの~
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閉ざされた大国の悩み、その1~兆候~


***


 時期は真冬だった。一年でもっとも寒いこの時期、大陸の北部は豪雪に包まれる。フリーデリンデ傭兵団の故郷であるロックハイヤーもそうだし、ローマンズランドも同様である。この時期のローマンズランドは、降り積もった雪のせいで物資の輸送もままならない。馬車は雪かきをしなければ車輪が前にゆかぬし、雪をどけたその先から後に雪が積もっていく。

 それでも必要最低限の物資輸送は国の運営のために行わねばならず、そのためにはローマンズランドは大陸最大の軍隊の大半を放出している。いや、むしろ物資輸送を国がおこなうために、軍隊の規模を拡大したのが正しい史実であったといえる。


 少しローマンズランドの歴史について語ろう。この土地一帯は、元々魔王達の巣窟であった。山は険しく道はなく、そして雪は深く攻めるに難し、守るに易し。ピレボスを後ろに控え天嶮の要塞と化したこの場所を魔王達が好んだのも、当然だったのかもしれない。当時のアルネリア教でさえ、攻略は後回しにするような状況であったのだから。

 人間は魔王達の奴隷であった。あるいは玩具であった。魔物達の気分次第で蹂躙され、もてあそばれ、殺される。そういった日々をこの土地の人間達は怯えながらも、どこかで諦めて暮らしていた。


 その中で立ちあがったのは、高所に住んでいたある部族の青年。竜と会話することができたその青年は、ともに育った親友の飛竜と共に竜族の間を駆け、彼らを味方につけて回った。そして最終的に真竜の何体かを味方につけ、青年は魔王への反抗を開始した。

 青年の元に兵は集い、やがて彼らは何体もの魔王を駆逐し、ついに一つの国を建てることに成功する。それが現在のローマンズランドであり、青年は初代国王となった。青年の髪はブルネット、瞳は美しい青であり、彼の背中には不思議な紋様が生まれつきあったと伝えられている。

 だがその後ローマンズランドに竜と会話ができる者は誕生しなかった。何代かおきに初代国王と同じ紋様を体の一部に表して生まれる者はいるものの、彼らは多少竜との相性がいい程度で、会話は不可能であった。ゆえにローマンズランドと竜達との交流は徐々に衰え、彼らに残されたのは広大な占領地と、飛竜を飼い馴らす方法と、それらを利用した圧倒的な軍事力だった。


 以上のような理由でローマンズランドはアルネリアと深い関わりを持たず、また飛竜が使えるゆえに真冬の中でも移動手段を持つローマンズランドは、国内において無敵だった。竜の種族にもよるが羽は寒さに強く、多少の吹雪ではびくともしないのだ。

 また国外においても頭上からの攻撃手段を持つローマンズランドは他国の侵略を度々行ったが、彼らは必要以上に国土を拡大しなかった、できなかった。作物の育ちにくい来たの土地では彼らの穀物生産能力には限界があり、大規模な戦をそう何度も行う事はできなかったのだ。また周辺諸国がそろって恭順を願い出たことでその野心はさらに発揮しにくい状況となった。もちろん裏では、アルネリア教が様々な手をまわしていた事も忘れてはなるまい。加えて、大陸自体が長らく続く戦乱のため厭戦気分に包まれていたのも大きかったかもしれない。

 『巨獣は自らの重みで動けず』が、各国のローマンズランドに対する認識だったのだ。少なくとも、ローマンズランドの人間達でさえ、そう思うようになっていたのだ。ごく、最近までは。


***


「父上、父上はおられるか!?」


 赤く柔らかい絨毯の上を怒りもあらわに歩くのは、ローマンズランドの第二皇女アンネクローゼであった。衝撃を吸収するような素材で作られたはずの絨毯なのに、アンネクローゼの怒りはそれすら上回り、廊下に飾られた高価な花瓶を揺らして落としかねないばかりの勢いで歩いていた。廊下で彼女とすれ違う貴族達が平伏しながら、彼女が過ぎ去った後は互いに顔を見合わせるばかりだ。

 その彼女の斜め後ろをひょこひょこと付いて行く男がいる。


「姫様、姫様! どうか自重なさってくださいませ!」

「自重だと? 貴様が自重せぬか!」


 アンネクローゼが男の襟を掴んで壁に叩きつけた。女性とはいえ、大柄なアンネクローゼである。また竜騎士として軍で長年鍛えられた彼女だ。小男であるその者を、壁に片手で叩きつけるくらいは楽なものだった。だがその剣幕にとばっちりを受けてはならぬと、周囲の者は我先にと逃げ出した。男もまた、アンネクローゼの鬼の様な形相にぶるぶると震えている。


「お、落ち着いてくださいませ。どうか、どうか平にご容赦を」

「くどい! 貴様ごとき木端が私に意見するか。父上に取入って出世しただけの能無しが!!」

「そ、それはあまりなお言葉」


 アンネクローゼが酷薄な言葉と共に壁に叩きつけた男は、彼女の手から解放されると懐から取り出した手拭いで冷や汗を吹き取った。見れば使い古した手拭いだ。普段からよっぽど冷や汗をかくのだろうか。

 だが男は再びアンネクローゼの後を追い始めた。その男をきっと睨むアンネクローゼ。


「まだついてくるのか!?」

「は、はい。恐れながら、ただ今お父上・・・国王様は体調がすぐれておられませぬ。今は王専用の一画に閉じこもり、わずかな案件の処理と、養生に務められるのがなによりかと」

「養生だと? ふざけるな!!」


 今度こそアンネクローゼは本気で激怒した。男、名前はヴォッフというが、彼が宙に舞わんばかりの勢いで殴りつけたのだ。


「養生などと、どの口でほざくか! 貴様、私が知っておらぬと思うのか? 王の一画では夜な夜な宴が催され、連日連夜贅を凝らした食べ物と、国中からかき集めた女どもと、また無用な高級調度が運び込まれている。王宮の外に聞こえるほどの乱痴気騒ぎを起こしておいて、どこが養生だ! それに、不摂生の総額たるや、この一年で十年の王宮全体の総支出より多いのだぞ? この額が財政を圧迫し、月ごとに民にはさらに重い税がかけられることになった。それに加え、最近王の一画から出てくる法案となれば、民にさらなる税を課すものばかり。どんな思いで我々がそれを処理していると・・・」


 アンネクローゼはここ一年の軍務や会議を思いだし、思わず情けない気持ちになって言葉を切った。現在王宮では、王の様子がおかしいことが話題になって久しい。賢王として名を知られていたアンネクローゼの父王、スウェンドル王。彼が歩けば貴族は自然と平伏し、幼いアンネクローゼは彼の隣を歩くのが大好きだった。

 だがいまや王の悪口に身を切られるような思い。今ではあれほど自身と希望に満ち溢れて闊歩した王宮で、彼女は耳を塞ぎながら急ぎ足に通過するのみだった。彼女は情けない気持ちでいっぱいなのだ。

 だがそんな彼女の気持ちを知ってか知らずか、ヴォッフはアンネクローゼが思いもしなかった言葉を口走ったのだ。


「アンネクローゼ様、そんな姫殿下に良い提案があります」

「朗報だと? 貴様の言葉は当てにならぬが、我に殴られてまで申し上げる根性に免じ、耳だけは貸してやろう」

「ありがたきお言葉まことにいたみいります。その案ですが・・・お耳を拝借」


 ヴォッフはアンネクローゼに耳を貸すよう要求したので、やむなく彼女は耳を近づけた。何の香料かは知らぬが、常に口から甘ったるい口臭を吐き出すこの男をアンネクローゼはとことん嫌っていたが、父王のお気に入りの家臣ともなればそうそう邪険にもできない。殴っておいて今さらどうかとも少しは思うのだが。しかしそうでなければこのような卑屈で下劣な男など、当の昔に斬って捨てているのにと、アンネクローゼは口惜しかった。面白い余興はないかと王が言った時に、何のためらいもなく自分の娘に公衆の面前で裸踊りをさせるような男など、最も唾棄すべき存在だった。それがいまや王の寵臣である。

 だが今回ばかりは、アンネクローゼも完全に堪忍袋の緒が切れた。ヴォッフの話を聞くなり、今度は彼の胸倉を掴んで無言でしこたま殴りつけ始めたのだ。驚いたのはヴォッフ。彼はアンネクローゼの行動が理解できなかったのだ。苦痛よりも、驚嘆の表情で彼女を見上げた。


「ひ、姫。何をなさいまひゅ・・・ぶっ」

「黙れ、下郎! 貴様、今何と申した!? ヴィンダルを攻め落とせばよいだと? ヴィンダルは属国だが、我らの友好国だぞ。我らが手足を喰らってその腹を満たせと言うのか、貴様は!」

「そ、そんな。ですが、戦争をすれば物流が良好になり、景気がよくなるのは事実。経済学の常識ですぞ」

「そんな事は知っている! だがそれはあくまで最終手段であるし、最終的に国も民も疲弊する。ここ十数年、我が国と周辺諸国の関係は非常に良好だ。それを自ら捨てよと言うのか、貴様は。そんな道理の通らぬ事をすれば、他の国からどんなそしりをうけるか・・・」

「ならば、口実さえあればよいのでございますね?」


 ヴォッフが口から滴る血を拭いとりながら発言した。その怪しい光を灯し始めた瞳に、アンネクローゼは初めて目の前の矮小な男に不気味な印象を抱いた。



続く

次回投稿は、2/23(木)16:00です。

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