シーカーの里の戦闘、その8~封印の魔物~
ズズン・・・!
地面が大きくグラグラと揺れた。それと同時に地割れが発生し、大きな集合住宅である木のあった場所が隆起する。いや、その表現は正確ではない。家そのものがまるで一つの生き物であるかのように起きているのだ。
アルフィリース達は徐々に距離を取っていたおかげで間一髪地面の隆起からは逃れ、反応の遅れたフェンナも、レクサスが抱えて地割れを回避する。一方で何も気が付いていなかった王子の周りにいた兵士達は、何人かが地割れに飲まれてしまった。と思った途端、今度は突然地割れから飛び出してきた。飛び出たというよりは、吊りあげられたという方が正しいか。彼らの体にはに木の枝が巻き付き、締め上げていたのだ。
何が起こったのかわからない兵士達は、完全に恐慌状態だった。
「た、助けてくれー!」
「う、うわぁ! なんだこいつ、俺から何か吸い取って・・・」
「ぎ、ぎゃああああ」
どうやらその家は兵士達から血を吸い取っているようだった。血を抜かれ、あっという間に干からびる兵士達。同時に血の色に染まっていく家。それに呼応するように、木の幹が徐々に生き物のように脈打ち始めた。
その様子を呆気にとられながら見守るアルフィリースとブラックホークの面々。
「なんだありゃあ。トレントにしてはでかすぎでしょ!?」
「しかも吸血種。聞いたことはあるけど、植物の吸血種なんて、そんなの南の大陸にしかいないんじゃなかった?」
「だけどい、いくらな、なんでもで、デカすぎ、ないか?」
ダンダの指摘通り、ゆっくりと地中から家が起き上がってきた。どうやら地上にあったのはほんの一部のようだ。大樹ほど根が深いと言うが、まさにその通り。地上部分だけでも数十mはあったろうに、根の部分も合わせれば既に100mは超えているかもしれない。そして体が起きてくるに従って地形は完全に変形してしまい、もはや王子とその兵士達は反対側に退却したせいもあって、姿も見えない。ただ悲鳴だけは確実に聞こえるので、ロクな事にはなってないだろう。
しかもソレが他の家まで巻き込みながら、体の一部として取り込んでいる。今や木の枝一本一本が脈打ち、まるで生き物の様相を呈していた。加えて、根の部分は木が寄り合わさって塊のようになっているのだが、どうやら顔の形にみえなくもない。
そんな木とも生き物とも魔物ともつかない生物を前に、フェンナがゆっくりとレクサスから離れ呟いた。
「あれが私達が封印していたものです」
フェンナが突然語り始めた。全員が反射的にフェンナの話に耳を傾ける。
「シーカーの起源はかなり南方に由来します。その時大暴れしていた大樹を彼の地にて封印し、その封印を預かったのが私の先祖だと聞いています」
「どうやってこんなデカイのを封印したのさ」
「それはわかりませんが、伝承ではここまで大きくはないはずです。それに吸血種の類いではなかったかと。先ほど見た時は、封印も後何年かは何もしなくても大丈夫だったはずなのに・・・」
フェンナが大樹の魔物を見上げる。つられて全員が見上げるが、ゼルヴァーが実際的な事を口にした。
「そんなことより、どうやって倒す?」
「木ならば燃やせばよかろう」
ベルノーが言うが早いか、既に魔術の詠唱を始めていた。
【我に仕えし火の眷族よ。湧きて寄りてこの腕の内、巡りて巡りて塊と成し、眼前の敵を撃ち抜け】
《炎の塊撃!》
人間の倍はあろうかという巨大な炎塊が木の魔物向かって発射される。これなら結構な打撃になるのではと全員が期待したが、
《舞葉の防御壁》
木から落ちてきた葉が何重にもなり、炎を大樹の本体手前でせき止めてしまった。こともあろうに木の魔物が魔術を使用したのだ。
「ウッソ・・・トレント系の魔物が魔術使うなんて聞いたことないよ??」
「ならばこれならどうじゃ?」
ドロシーの驚愕もよそに次の詠唱を始めるベルノー。今度は詠唱だけではなく、手での印も使用している。さらに高位の魔術を行使するつもりだ。
ベルノーの前の宙に、複雑な紋様で円形の魔法陣が描かれる。
【我に仕えし炎の眷族よ・・・湧きて湧きて泉とならん…泉となりて天にたゆらに舞え…我が命に従いて、地上に怒りの雨を降らせよ】
今度の魔術はかなり大きい。炎が上空高くに集まっていき、まるで空に現れた炎の海のように漂っている。どうやらこのベルノーという魔術士、かなりの使い手のようだ。
《炎の豪雨》!
ベルノーの叫び声と共に、空中に集まった炎が無数に分かれて雨のように広範に降り注ぐ。木の魔物は魔術で防ごうとするが、あまりにも火の降り注ぐ範囲が広すぎて防げない。そして各所で葉や枝に引火して。大樹は燃え盛り始めた。
「ワシの持っておる中でもっとも効果範囲が広い魔術の一つじゃ。これならば防ぎようがなかろう。一度火が付けば、木では止める術がない」
「さっすがベルノー。ただのジジイじゃないやね」
「いや、どうかな・・・?」
やや得意げなベルノーと、はしゃぐドロシーを尻目にルイがつぶやく。
「はー? ルイ何言ってんのさ。むっちゃ燃えてるよ?」
「俺はそんなドロシーちゃんに、むっちゃ萌えてます!」
その瞬間、果実を潰すようなぐしゃり、という嫌な音とともに、ルイ、ドロシー、そしてなぜかミランダの拳骨によるツッコミがレクサスに入る。そして吹っ飛んだレクサスに、ちゃんとリサがとどめを刺しに行った。
「ウザいんだよ、レクサス!」
「非常に同じ気持ちだ。ここで森の肥やしになるがいい」
「森が腐んなきゃいいけどね」
「つい、手が」
「死ねばよいと思います」
「(師匠、やっぱり私が出会う男性にまともな人が少ないです・・・」
ルイ達だけでなく、アルフィリースの嘆きも無理からぬ。だが一方で、彼女の思考は冷静そのものだった。
「・・・でもルイさんの言うとおり。ほとんど効いてないわ」
「またひよっこが何言って・・・って、えええ!?」
ドロシーが素っ頓狂な声を上げたが、それも無理はない。なぜなら木のいたるところが膨れたかと思うと、膨れた部分からはじけるように樹液を放出し始めたのだ。それは血のように真っ赤な樹液であった。あるいは本当に血だったのかもしれない。さらに焼け焦げた範囲を新しく木が覆って補っていく。再生能力も以前倒した魔王ほど急激ではないものの、かなり高い。
「火が消えていく・・・」
「決まりだな。撤退だ」
ゼルヴァーが身をひるがえす。
「ちょっと・・・逃げるの?」
「そうだ」
「アンタ、それでも男なの?」
ミランダが挑発するが、ゼルヴァーはいたって冷静だ。
「あんな魔物とやりあう理由がない。それに今は団長の最優先命令が出ている。そのため任務すら放棄しているのだからな」
「ちっ、冷静だね・・・」
だが、彼の言うとおりである。火の魔術が効かない段階で一度撤退して態勢を整え直すべきだろう。それはアルフィリース達も同様だ。隊長に促され、ブラックホーク3番隊の面々は撤退準備を始める。ルイとレクサスも同じく撤退するようだ。
それを見て、ミランダもまた撤退する事を決める。
「アルフィ、私達も一度退こう。なんの準備も無しじゃ、あれは無理よ」
「私の力を使えば・・・」
アルフィリースが右手の呪印をチラリと見る。そのアルフィリースの右腕を、ミランダがつかむ。
「ダメ! そんなホイホイ使う物じゃないことくらい、わかってるだろう??」
「でも・・・」
「私は退きません。皆さんはどうぞ撤退を」
突然、フェンナがぐいと前に出た。弓を携え、大樹の魔物に向かおうとする。
「ちょっと待ちなフェンナ。あんた一人でどうにかなる相手じゃないでしょう?」
「どうにもならなくてもやります。あれが止めるのは私達一族の責任。もはや私しか一族はこの場にいませんから。皆様、ここまで私を連れてきてくださってありがとうございました。報酬を払えないことをお詫びしなければなりませんが・・・」
フェンナがそう言おうとした時、リサが杖でフェンナの頭をぽかりと叩いた。
「フェンナ、何一人で完結しようとしていますか」
「そうだな。このまま死なれては寝ざめが悪い」
「ニア、そこは素直に『フェンナが心配だ』って言ったらどうですか?」
「わ、私は別に心配などしていない!」
ニアの尻尾がせわしなくパタパタし始めた。全くわかりやすい事だ。
「でも皆さんを私のわがままに付き合わせるわけには・・・」
「今さらそんなこと言いっこなしよ、フェンナ。ここまで来たんだから、最後まで付き合うわ」
「アルフィがそういうんならしょうがない、アタシもやるよ」
「ご、ごめんなさい・・・」
「フェンナ、そこは謝っちゃだめよ。『ありがとう』がいいと思うわ」
「アルフィ・・・ありがとう!」
アルフィリースの言葉に、フェンナの眼が潤む。今度は悔しさや悲しみではなく、嬉し涙だった。
「で、作戦は?」
「んー、ミランダが何かあの魔物に効く薬をポケットから出すとか」
「おいおい、アタシはどこの便利屋だい? んな都合よくいかないよ」
「作戦かどうかわかりませんが、リサに提案があります」
え? といった目でアルフィリース達がリサを見る。
「ちょっとそこの変態とその相方!」
「はいはーい!」
「・・・誰が相方だ」
なぜか元気いっぱいに返事をするレクサスと、ややイラついた顔で反応するルイ。とりあえずレクサスが変態というのは認めるらしい。
「何を言われても手伝わんぞ」
「いえ、貴女はリサ達を手伝わざるを得ません」
「ほう? なぜだ」
ルイが不敵に笑む。
「貴女は自分の発言に責任を持っていないのですか? 以前貴女は確かにこう言いました。『急ぎの身ゆえ大した詫びもできんが、また会った折には何らかの形で返そう』と。ということは今が詫びを返す時だとリサは思うのですが? まぁ自分で言ったことに責任を持てない人ならしょうがないですね・・・もう少ししっかり人だと思いましたが、うちのデカ女と違って」
なぜそこで私を攻撃するのかとアルフィリースは思ったが、挑発の仕方は上手い。ルイもしばし考えていたが、ふぅ、と一つため息をついてこちらに引き返してくる。
「まったく・・・宙に吐いたセリフは消せないな。仕方あるまい、やってやろう。それで貸し借り無しでいいか?」
「ええ、もちろんです」
「レクサス、お前はどうする?」
「姐さんがやるなら俺もやりますよ」
「そうか」
二人が戦闘態勢に入る。それを遠巻きに3番隊の面々も見ている。が、手を貸す様子はない。
「で、何か作戦はありますか?」
「そうだな。ワタシとレクサスの二人でやるから、お前達は下がっていろ」
「は?」
今度はリサが面喰う。まさかそんな危険を冒すことまで要求してない。
「それはいくらなんでも危険では?」
「わからないか? お前達程度では足手まといだ」
「そうは・・・」
「いえ、下がりましょう」
リサがさらに何か言いかけるが、アルフィリースが止める。どうやらアルフィリースは何か感じたようだ。
「大人しく従うわ。援護か何か必要なら遠慮なく言って」
「援護はこの変態で十分だ。強いて言うならあと5歩以上下がれ。多少被害が及ぶかもしれん。割と派手にやるからな。レクサス、準備は?」
「いつでもどうぞ」
レクサスが一歩ルイの前に出る。もはや彼にも先ほどのふざけた様子は全くない。と、いうより同一人物かと疑うほどの殺気を放っていた。どうやら死神という通称は本物の様だ。
そしてルイも大剣を抜き放つ。そして同時にざわざわと周囲の空気が揺れ始める。アルフィリース達はこの時は知らないが、彼女の通称は『氷刃のルイ』。それは彼女の戦いぶりだけでなく、彼女の能力そのものを示す。それは・・・
続く
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