冬の訪れ、その33~故郷の偵察~
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女性の目の前には洞穴が見える。その入口には大量のオーク達。10人以上が常時見張る洞穴には、頻繁に他のオーク達が出入りしていた。ゴブリンやその他の闇の眷族達も多くみられる。
その光景を見ている女性とは、ブラックホーク二番隊隊長のルイ。
「まさかこんな所にこんなものがあるとはな。いつの間に作り上げたのだ・・・」
ルイは驚きを隠せないでいた。遠くにかすんで見えるのは、ローマンズランド王城である。その目と鼻の先に、闇の眷族の拠点があるのだ。普通であればこんな事は考えられない。そう、周辺警備の人間達が意図的に見逃しているのでなければ。いくら認識阻害の魔術を使っても、警らには魔術士も一定の頻度で同行するのである。これほど大きな拠点を見逃すことは考えれらなかった。
「一体何が起きているんだ・・・」
「何が起きているんでしょーねー」
真剣に悩むルイの後ろから、間の抜けた声をかけたのはレクサス。真剣なルイの悩みに、レクサスはのんびりとピクニックに来たかのような声を出す。いや、実際に何かを食べていた。近くで取った木の実を、食用の葉に巻いて食べている。木の実はもっちりとしていて力が湧きやすいもので、兵士にとっての簡易の食事であった。
ルイは間の抜けた自分の副官を、ぎろりと睨む。
「レクサス、やる気はあるのか?」
「ありまふ。姐さんもたふぇましぇん?」
「食べるのか喋るのかどっちかにしろ」
ルイがレクサスの腹を叩くと、レクサスは食事を喉に詰まらせどんどんと胸を叩き始めた。その背中をカナートが叩いてやる。
やがてげほげほとむせながら、レクサスが呼吸を取り戻した。
「ああ、死ぬかと思った・・・」
「いつもお前はルイと喋ってると死にかけてるな」
「本当ですよ。どうしてこう姐さんは冷たいのかな~」
「お前が悪いからだろ」
「ええ、こんなに愛してるのに!?」
レクサスが真剣にカナートに詰め寄るが、カナートの方が困ってしまった。
「なら、愛し方に問題があるんだろう」
「そんなぁ」
「で、レクサス。腹ごなしはいいのか?」
ルイが洞穴の方を見ながらレクサスを呼んだ。その瞬間、レクサスは真剣な顔に戻る。
「はい、もちろん。潜入するんですよね?」
「ああ、出来る限りな」
「姐さんの準備は?」
「飯は帰ってからの方がいいだろう。それなりに腹は満ちている」
「(なんだかんだで、この二人は意志が通じているんだよな・・・)」
カナートがそう思うのも無理はない。この二人は特に戦闘になると恐ろしいほどの息の合った場面を見せる。ここ最近、カナートが二人に同行して思った感想である。今のこの二人なら、ヴァルサスといい勝負ができるかもしれないとカナートは秘かに思った。
そして最近思った事はもう一つ。
「やあやあ、今日も若い二人が痴話喧嘩! もうユー達○○しちゃいなよ!」
「出た・・・」
「こいつさえいなけりゃ、それなりに快適な旅だったんだが」
やはりセクハラ神父こと、グロースフェルドの相手は疲れるということだった。レクサスですら避けているのである。というより、団員全てから避けられているような気もする。
だが彼の能力は貴重であり、彼がいるからこそブラックホークは大きな犠牲も出さずに戦い続けることができると言っても過言ではない。真面目にやっていれば、それなりに威厳のある神父だとカナートは思うのだが。
「よしルイ殿、レクサスで物足りなければ、私と○○を・・・」
「・・・」
黙っておけばいいのに、とカナートはいつも思っていた。もはや目も合わせないルイだったが、洞穴の方に一歩踏み出そうとしてカナートは止めようとした。だがその前に、
「あー、ルイ殿。洞穴に向かうのは無謀極まりないだろう」
と、そのグロースフェルドが止めたのであった。ルイがグロースフェルドの方を振り返った時、彼の目は既に真剣なものに変わっていた。どうやら先ほどまでとは話が違うようだ。ルイも流石に彼の意図が気になったようだった。
「理由を聞こうか」
「あの洞窟は危険だ。中にいる敵がどうとかではなく、その存在そのものが。レクサスもそう思うだろう?」
「はぁ、まあ」
「副官として、ルイ殿を止めるべきではないかね?」
グロースフェルドの言葉に頷いたレクサスだったが、ルイがぎろりとにらんだので、ぽりぽりと頭を掻きながらやや所在なさげに答えた。
「俺が止めても姐さんは行きたいでしょうし、その気持ちもわかるんですよね。だって、故郷のこんな近くに得体のしれないものがあるんですから。それでしたら俺の仕事は、あらゆる危険からルイ姐さんを護る事かなって」
「涙ぐましい言葉だ。だがあの洞穴はおそらくが一部、王城とつながっているはずだ。それなら二人で攻略できるほど、簡単な迷宮でもないだろう」
「待て、王城とつながっているだと? どうしてそう思うんだ」
ルイが疑問を口にした。だが彼女の瞳をグロースフェルドは見据えると、諭すような口調で彼女に話しかける。
「ルイ殿、貴女もわかっているはずだ。こんな王都の近くに構えたと洞穴の存在に気付かぬほど、ローマンズランドの軍隊は間抜けではないだろう。ならば、ローマンズランドの軍、もしくは貴族と。しかもかなり上層部とのつながりがあると考えるのが妥当ではないだろうか?」
「だが、しかし」
「俺もセクハラ神父の意見に賛成だ」
カナートもグロースフェルドの言葉を肯定した。ルイがぐっと言葉に詰まる。カナートは団の中でも冷静なご意見番である。センサーでもある彼は、団に忠告や警戒を促す発言が多い。自然、彼の言葉は重みを増すのだ。
「セクハラ神父とは失礼な。私は愛の伝道・・・」
「それはどうでもいいから。それよりも、俺のセンサーにひっかかる適度の範囲にヤバそうなのが最低3体。それより向こうはセンサーが届かない。それにどれもこれも、俺達が一般に魔王として最近戦ってきた奴らより強い。そんなのと相手の懐の中でやりあおうなんざ、頭が悪いとしか言いようがないと思うな」
「む・・・」
カナートの言葉にルイも納得せざるとえなかった。彼の言うことはしごくもっともだったからだ。レクサスも同じ意見だったのか、ルイが少し考え直し始めたことに安堵しているようだった。レクサスはカナートに目で感謝の合図のごとく、ウィンクをしていたからだ。ただ一人、グロースフェルドだけはふてくされていたが。余程自分の発言を途中で止められたことが不満だったのか。
少し考え込んだルイがカナートの意見を聞く。
「ではカナートの意見は?」
「この四人じゃいくらなんでも戦力不足だ。一度戻ってヴァルサスに指示を仰ごう。ベッツやマックスが良い手を考えてくれるかもしれないしな。なあに、この規模の拠点だ。相手は逃げも隠れもしないし、できないさ」
「うむ・・・そうだな」
ルイはカナートの意見に納得しながらも何かが心に引っかかっていた。自分の父親の事、兄弟姉妹の事、旧友の事、そして祖国の事。これほど近くにありながらも何もすることがかなわない状況に、ルイは祖国を捨てたことを初めて後悔し、何度も振り返りながらその場を後にするのだった。
続く
次回投稿は、2/20(月)16:00です。