冬の訪れ、その32~追う者、追われる者~
「お嬢ちゃん、こっちにおいで。いいものをあげよう」
男がそう言うと、少女はとことこと近づいてきた。そしてその少女の手を取り頭を撫でると、男は少女の喉をかき切った。もちろんその程度で悪霊が死ぬはずがない。男は少女を突き飛ばすと、渾身の力を振り絞って全力で逃げた。
だがその行く手はさらに二人の女に阻まれた。そこには妖艶な女と、黒髪で表情の見えない女が立っていた。男は悟った。もはや逃げる事は無理だと。先ほどの少女も何事もなかったかのように、首から血をほとばしらせながらむくりと起き上がっている。だが男は何を思ったのか、突然妖艶な女の方を押し倒すと、下半身をはだけ始めた。
「あらやだ。何するの、あなた」
「決まってるだろ。犯すんだよ、てめぇをよ」
「私が悪霊でも?」
「関係ねぇよ。女は犯す、男は殺す。死ぬ時は女に突っ込みながらと決めてるんでね。それに疲労のせいかどうかしらねぇが、今一発やりたくてしょうがねぇ」
「呆れた、あんた悪霊よりタチが悪いわ。ドゥーム~」
「あいよ~」
女の呼び声に反応し、少年が姿を現した。男は少年を見ると、背筋がぞわりとした。だがそれは男にとって嫌な感覚ではなく。むしろ好ましいとさえ感じるのだった。
「ちょいとお兄さん。あんまり僕の女の子達をいじめないでおくれよ」
「知った事じゃねぇよ・・・小僧こそ、何者だ? 人間じゃねえな?」
「それはこっちのセリフ・・・へ?」
「あん♪」
会話の途中で男はリビードゥを犯し始めたのだ。目の前でおっ始まった行為に、さしものドゥームも呆然とした。
「ちょっと、君。僕の話を聞く気はある?」
「あるともよ。だがそれとこれとは別物だ。女は犯したい時に犯すのが俺の主義でな」
「信じれらないね。君、人間より僕達寄りの生き物だね。むしろ畜生じゃないのか? どう考えてもまともじゃない」
「『まともじゃない』ってのは、俺にとっては褒め言葉だな」
男はそう言う間にもリビードゥを無茶苦茶に犯していた。そして一際大きな動きの後、ついに彼はリビードゥの中で果てる。だが・・・
「ウッソオ!? この人間、精を吸収する私と直接交わっても何ともないんだけど?」
「何抜かしてやがる、このアマ? それよりテメェ、具合がいいじゃねぇか。黙ってケツをこっちに向けな」
「・・・ますますもって信じられないね。悪霊を強姦する人間か。面白い」
ドゥームは男に興味を覚えたようだった。彼はつかつかと歩み寄ると、リビードゥを獣のように犯す男に手を差し出した。
「気に入った。僕の仲間にならないか? 僕はドゥーム。君は?」
「あん? ガキが俺を飼い慣らそうってのか?」
「いやいや、とんでもない。僕達はあくまで協力関係、対等だ。それでいいか?」
「ふん・・・まあ俺もこのままじゃあ少しやりにくかった所だ。せいぜいテメェを利用させてもらうぜ?」
「どうぞご自由に」
「そうかい。ところで俺の名前はグンツってんだ。よろしくな」
「僕はドゥームだ。よろしく」
そうしてグンツはリビードゥを犯しながら、ドゥームと握手をするのだった。
***
「終わったか?」
「たーいちょ~、まだでぇす!」
血まみれのハンマーを肩に担ぎ、フリーデリンデ二番隊隊長のヴェルフラが自分の部下であるマルグリッテに問いかける。その問いかけに答えるのは、やはり顔にかかった返り血をぬぐおうともしないマルグリッテ。自分にかかった血よりも剣の血糊を拭うと、マルグリッテはそのまま報告を始めた。
「槍に絡む蛇の殲滅はほぼ終了でぇす。打ち取った首は総勢ざっと500。最近のギルドへの人数報告から、ほぼ全員を打ち取ったと思いますが~?」
「だが肝心の一人が打ち取れていない。だな?」
「そうですね~」
マルグリッテがしょんぼりとして見せた時、二番隊の団員達がひそひそと囁きあう。
「(ねぇ、副長っていつもあんな感じなの?)」
「(そうだが、それがどうした?)」
「(仲間が殺された報復戦だってのに、なんだかふざけ過ぎじゃない? ちょっとあの人の神経が信じられないわ)」
「(しっ!)」
最近二番隊に編成された新米に対し、先輩の団員が口をふさぐ。
「(・・・滅多な事を言わないの。あの人はああ見えて一番仲間思いなの。特に仇に関しては絶対に逃さない。なにせ、あの人は自分の姉妹を全て殺されているんだから)」
「(え?)」
「(あの人は編成されてこの部隊に来たんじゃない。自ら志願してここにいるの。あの人の戦い方、見たでしょう?)」
新米が戦いの最中のマルグリッテを思い出す。マルグリッテは剣を捨てようとする『槍に絡む蛇』の団員達も容赦なく殺していった。その中の一人など、明らかに戦闘の意思を捨てて命乞いをしているにも関わらず、その首をかき斬ると、相手が絶命していく様を返り血を浴びながら見守っていたのだった。その間、マルグリッテの表情は全く変わらなかった。そう、いつものように、変わらぬ笑顔を浮かべたまま。
新米はその光景を思い出し少し震えた。マルグリッテの笑顔の意味。彼女は楽しいから笑っているのではなく、常に笑顔をせざるをえないのではないかと。新米の団員が再びマルグリッテを見ると、やはり彼女は笑顔で報告を続けていた。
「確かに頭は潰してないですけどぉ、これから何とか探してちゃんと殺すんで~」
「ふん、やれるのか?」
「あら心外です~。私が今まで一度でも相手を逃がしたことがありますかぁ?」
「その点は心配してない。心配事は他の事だ」
きょとんとしたマルグリッテに、ヴェルフラは静かに話した。とても血まみれの二人とは思えないほどに。
「先ほど、アフロディーテの隊長カトライアから一報が入った。彼女達を雇い入れる国があったそうだ」
「それって娼婦のお仕事込で、ですかぁ?」
「そうだ」
「何人くらい?」
「耳をかせ・・・いいか、部隊丸ごとだそうだ」
その言葉にさしものマルグリッテも息を飲んだ。それがいかほど金のかかる事なのか。ちなみにカトライアを10日ほど雇い入れるだけでも、大都市のど真ん中に豪邸を構えられるほどの金が飛ぶと言われている。もし200人からいる部隊を丸ごと借り入れれば、期間にもよるが都市が丸ごと買い上げられるほどの金が飛ぶだろう。娼婦を雇い入れるだけで国の財政が傾く可能性もあるのだ。マルグリッテも当然ながら気が付いた。
「本気ですかぁ? そんなことしたら・・・」
「私も耳を疑ったがな、カトライアは怪しみながらも受ける気でいた。お前も知っていると思うが、今我々の故郷では災害続きでいくら金があっても足りない状況だ。もっともすぐにどうこうというわけではなく、最初は純粋に戦力として雇い入れたいそうだ」
「途中から状況に応じて契約内容を変えるってことですかぁ? まあ、ありえなくもないですけど~」
「そうだな。ただきな臭いからこそ、カトライアも私に連絡を寄越してきたのだろう。いざという時には我々が赴かねばなるまい」
「私達もしばらくは依頼を制限しないといけませんねぇ。それで相手はぁ?」
「それはまだ言えない。だが私もカトライアも、その国が私達を雇い入れる意図が見えない。おそらくは何か月も先の事だとは思うが、お前も準備だけはしておけ。蛇の頭を潰すのもそこまでにやらねばな」
「了解でぇす。いっそ暗殺者でも雇おうかなぁ」
「傭兵が傭兵を雇うのか? あまり感心はしないがな」
澄ましたままの顔で語るヴェルフラだったが、マルグリッテはそれなり以上に悩んでいるようだった。実際に森の奥深くに逃げ込んだであろう相手を追撃するのは、天馬騎士には困難である。加えて森は深く、どこに逃げたのかは予想が難しかった。
ヴェルフラは現時点におけるこれ以上の追撃は困難とし、部隊をまとめて撤収を命令した。もちろん、仇をあきらめたわけではない。追撃はそれ専門の連中をギルドで何人か雇い入れることとし、また各ギルドに懸賞金付きの通達を出すことにした。槍に絡む蛇の団員に良い感情を持っている傭兵など、まずいない。ヴェルフラも比較的簡単に相手を見つけられると思っていたのだが、まさか相手が悪霊に魅入られているなど、この時は思いもしていなかった。
続く
次回投稿は、2/19(日)16:00です。