冬の訪れ、その30~執務室で~
「そういえば、もうすぐ五年に一度の魔術協会の総会の日になるな。いつだ?」
「来月の10日より開催です。後27日程かと」
「議題は?」
「いつも通り魔術協会の予算の振り分け、次の五年までのおおよその行事日程の確認、各派閥のこの五年の成果の発表、次代の会長の信任・不信任などなど」
「そこまではいつも通りだな。今回も信任は得られそうか?」
「現在の所、明確に我々に対する反対行動は起きておりません」
「まあそうだろうな。他には?」
「各地で頻発する魔王騒ぎに対する方針の決定。また理魔術派閥、精霊魔術派閥は代表が変わったので、新たな就任の挨拶を行う予定です。加えて・・・」
「まだあるのか」
テトラスティンは呆れていた。いかに五年に一度の会合とはいえ、この会合は実に長く続く。時に派閥間の権力闘争に発展するこの会議は、長いと一年の半分近く続く事もある。テトラスティンが会長に就任時は大きく態勢が動いたため、夕方までは会議、その後は闇で殺し合いに発展する事もしばしばであった。結局、テトラスティンが問題を起こした二つの派閥を壊滅させたため事態は収まったが、そうでなければ会議は一年続いてもおかしくなかったのである。
加えて今年は問題が多い。今から疲れる予感がするテトラスティンだった。だが出席が無ければ発言の機会も失う。特に自分は全ての会議に出席する必要があると、テトラスティンはよくわかっていた。そうでなければ、自分がいない隙に会長職を追われていてもおかしくはないのだから。
リシーが自分の書類をめくりながら続ける。
「スピアーズの四姉妹の同行と処遇について、魔女の団欒に対しての監督役の派遣について。他にも導師達が最近魔術協会に接触を図っているがその対応法について、各地で多発する行方不明者の探索について、またオリュンパス教会の代表が新たな巫女を選定したので、その挨拶を遠隔魔術にて行いたいそうです、さらに・・・」
「待て、新たなオリュンパスの巫女だと?」
テトラスティンが掌を広げてリシーの発言を止めた。彼は目の間に指をおいて悩む姿勢を見せながら、よくわからないと言った風に首を振った。
「確か現在の巫女の名前は何と言ったかな、ええと・・・」
「ラ・ミリシャーです」
「ああ、そうだ。変わった名前だったな、オリュンパスの連中は。あの女が巫女になってからまだ10数年だったような気がするが?」
「そうですね。そのようなものでした。それが何か?」
「覚えてないのか、リシー」
テトラスティンが真剣な顔でリシーを見た。その顔には普段の冗談めかした彼の表情はない。
「以前ラ・ミリシャーが巫女に選定された時、我々はかの教会に招かれた。目的も何もかも違う我々だが、せめて相互の誤解がないよう一度は会見を行いたいと。できれば末長く良い関係を保ちたいと、あちらは言ってきた」
「そうですね。そのせいで我々は、遠路はるばるオリュンパスに向かったのでした」
「そうだ。無碍に断るのもどうかと思ったからな。そして到着した先では、奴らが勢ぞろいで待っていたな」
「ええ、盛大なおもてなしでした。随分と美味しい料理を出されたと記憶してます」
「それだけか?」
テトラスティンがぎろりとリシーを睨む。彼女はできれば少し場を和ませたかったのだが、テトラスティンがそれどころではないらしい。
リシーは「はぁ」と一つため息をつき、彼女の本当の胸の内を話し始めた。
「よく無事に帰れたものだと。もし我々が取るに足らぬ愚物であれば」
「あの場で殺されていただろう。そうなれば、今頃魔術協会は存在していない。あるいは奴らの庇護下にあるか」
「そしてアルネリアとの全面戦争ですか。ありえない話ではないですが、あのラ・ミリシャーはそこまで貪欲で強かったでしょうか?」
「やはりお前ほどの使い手でもそう思ったか。リシーは本分が剣士だからやむを得ないかもしれないが、あれはそんな大人しい者ではない。私は最初にあの女を見た時、心底恐ろしかった」
そういうテトラスティンの手は、少し震えていたのだった。いつも冷静で傍若無人な彼が怯えているのだ。これは非常に珍しいことだった。
「あの女はひたすら魔力を溜めこんでいた。そう、そのために他の魔術がほとんど使えなくなるほどに。その段階で当時の私とほぼ互角。実に恐ろしい女だ。魔力を存分に使っていれば、当代随一の魔術士と呼ばれていただろう。だがそれほどの魔力を何に使ったか、リシーはわかるかい?」
「いえ、さっぱりです。話の流れとして聞きますが、何に使ったのですか?」
「おそらくは、子どもに全て渡した」
テトラスティンは歯をカチカチと鳴らしながら、そう言い放った。彼は段々と早口になりながら続ける。
「オリュンパスの巫女は代々短命。前任者が死んだ時点で次の巫女が選定されることが多い。だが今回は前任の巫女は死んでいない。つまり、新たな巫女の能力が前任者を上回ったと言う事だ」
「それは・・・新たな巫女は当代最強の魔術士ということですか?」
話が段々と呑みこめてきたリシーはテトラスティンに問うた。するとテトラスティンの震えがどんどんと大きくなるではないか。リシーは心配になり彼の所に寄り添ったが、そっと彼に手を添えた所で彼の口元が大きく歪んでいる事に気がついた。テトラスティンは笑っていた。そう、彼の震えは武者震いだったのだ。
「そう、彼らが認める当代最強の魔術士が誕生したと言う事だ。ライフレスを見た時にどうやって倒したものかと思ったが、そう言うことであれば話は早い。奴らを殺し合わせて、それから・・・」
「テトラ、落ち着いて」
リシーがそっとテトラスティンの手に自分の手を添えた。
「私達の望みが叶うかどうか、それが重要なのです」
「ああ、もちろんだ。でも、どんな手段を使ってでも私が叶えて見せるさ、君の願いを。そして私の願いを」
「もし叶わなかったら?」
「その時は、この大陸そのものを火に包んで、大陸を墓標に眠ろう。二人でね」
「そうね。でもあなたと二人は嫌。あの人も一緒でないと」
「リシー・・・」
テトラスティンの手に顔をうずめたリシーの頭をそっと彼は撫でた。その時、リシーが先ほどまで持っていた議題の一覧がはらりと落ちる。その議題の最後にはこう書いてあった。
『呪印の女剣士、アルフィリースの処遇について』
と。
続く
次回投稿は、2/17(金)17:00です。