冬の訪れ、その29~手紙~
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「インパルス、飲まないか」
「またか、ダンサー。いくら魔剣といっても、体を壊すぞ」
「魔剣がどう体を壊すっていうのか、教えてほしいわね」
「酒浸しになって剣が折れたら、魔剣の名折れだろう」
「名折れっていうか、本当に折れてるじゃないのさ。なんだい、雷鳴剣インパルスは酒で錆びちまうほどヤワなのかい?」
「そんなわけないだろ!」
「じゃあ付き合いなよ」
そうやって今夜もインパルスとダンススレイブの酒盛りが始まる。酔わないこの二人の酒盛りは際限がないので、食堂の面々は二人が同時に食堂に現れると、一定以上の酒は予め隠してしまう。そうしないといくら酒を仕入れても追いつかないのだ。そんな食堂のコック達の気遣いなど、どこ吹く風のダンススレイブである。
酔いもしないのになぜ酒を飲むのか。周囲は非常に不思議がっていたが、子どもみたいなインパルスと、妖艶なダンススレイブの組み合わせは、面白がられていた。
「それで、インパルスはなんで魔剣になったのさ。元々は精霊だったんだろう?」
「ボクは自分でそう望んだからさ」
「何のために?」
「友達を助けるためさ。悪いか?」
「いや、全然。少なくとも我よりはいい」
「ふーん、君は?」
「そうだね・・・」
魔剣同士引き合うものがあったのか。永劫の時を老いもせず過ごす彼女達の話は、その生存した年月の分だけ尽きないようだった。
その風景をちらりと横目に見ながら、アルフィリースは自分の私室に上がって行った。最近仕事にかまけて忘れていたが、アンネクローゼから手紙が届いていたのだ。アルフィリースはアルネリアに拠点を構える事が決まってから、アンネクローゼやそのほか連絡を取りたい人間達に向けて手紙を送っていた。そして王族からの返信が届くなど光栄極まりないことなのだが、アルフィリースにはそのような事で恐縮するような頭はついておらず、ただ友人からの手紙を喜ぶのみだった。
アルフィリースが机の引き出しにしまってあったナイフで手紙の封を切ると、中身を取り出す。封に使ってあった琥珀色の蝋が妙にきれいだったとアルフィリースは思ったが、そのまま外側はうっちゃってしまった。もしアルフィリースがこの手紙の封が1万ペンドはする最高級品であったことを知っていても、彼女はもったいない程度の感慨しかわかなかったかもしれない。
アルフィリースは中の手紙を取り出して、その内容を目で追い始める、アンネクローゼの字は彼女らしく力強く、だがしかし美しい字だった。それだけでも彼女がやはり王族として高い教養の持ち主である事がうかがえる。
『 親愛なるアルフィリースへ
私との縁を覚えていてくれてありがとう。このたびは傭兵団の設立が決まったそうだな。私からも祝いの言葉を述べさせて欲しい。
だが人を率いる仕事と言うのは大変だ。私もこのような立場の者だから、お節介だと思って一つ言わせてもらおう。アルフィが傭兵団を率いる上で何かの役に立ってくれればと思う。
人というものは、締めつけては動かぬ。私の様な生まれながらの王族が命令してもそうだ。それがわからなかった私は軍に入りたての頃、随分と横暴を行っていたように思う。それを戒めてくれたのは私の上官だったが、あの人がいなかったら私は今でも人を信頼せず、また信頼される事もなかっただろう。
だが軍紀は重要だ。勝手気ままに動かれたのでは軍はおろか、一つの共同体として成立しない。何事にも一定の規則は必要だ。
ではどうすればいいのか。これは私がアルフィから学んだことでもあるのだが、基本的には厳しくやるのだが、肩の力の抜きどころが大切と言う事だな。私も最近では妹と過ごす時間を増やした。どうにも私の妹は我儘で放題で、一体誰に似たのやら・・・ともあれ、私は妹といる時間を増やしてから、新鮮な目で軍という物が見渡せるようになった。すると不思議なもので、今まで見えなかった事がよくわかるようになったのだ。これは非常に貴重な体験をしたと私も思う。
それに友人は大切だな。アルフィはとても多くの友人に囲まれていて、幸せそうだと思ったのだ。その事に気がつくまでに大切な人が二人も私の元を去ってしまったが、今からでも周りの者を大切にしたいと思う。部下とは上手くやれているし、彼らは同時に友人のようでもある。それに侍女も今までは気にしていなかったが、よくよく話してみると私はこんなにも大切にされていることに気がついた。父上には後妻が来てから様子がおかしい所もあるが、これからは少しずつ二人とも話してみようかと思う。
本当はアルフィに礼を言いたいのだが、こういうのは文字にするより、きちんと面と向かって言いたいと思うのだ。もし時間ができるようなら、私の元を一度訪ねてはくれないだろうか。その時は私の友人として、またローマンズランドの第二公女としてもてなさせてもらおう。覚えておいてくれると嬉しい。
そうだ、私との約束を覚えているだろうか? もし私がアルフィの力を必要としたら、依頼をしてもいいだろうかと言ったのだが。まだ可能性の段階だが、本当に力を借りなければならないかもしれない。これからローマンズランドは冬になる。冬になれば手紙のやりとりもままならなくなるだろう。また連絡する。春以降になるだろうが、アルフィとの再会を楽しみにしている。
ローマンズランド第二公女
アンネクローゼ=メディガン=スカイロード』
「アンネったら相変わらず気真面目ね。でも何の可能性だろう・・・」
アルフィリースはアンネクローゼの手紙に何か不穏なものを感じた。ラインも言っていたが、自分の勘を信じられなくなったら、命のやりとりはできない。こういう時には素直に、出来る限り速やかに本能に従うのが良い。
「ローマンズランドか。エクラにどんな国か聞いてみようかな」
アルフィリースはそのまま部屋を出ると、既に夜遅くにも関わらずエクラの部屋へと向かうのだった。
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「テトラスティン様、このようなものが使い魔から」
「うむ。見せろ」
魔術協会の執務室。テトラスティンとリシーは仕事中である。アルネリアのミリアザールと梔子とは違い、この二人は実に淡々と仕事をこなす。おかしなのはリシーの服装が毎回変わることくらいだろう。ちなみに今日の恰好は、下半身は裸で上半身にはサイズの大きい男の服だった。まあそれは関してどうせ誰も指摘せず、またその勇気が無かった。エスメラルダくらいは、飽きもせず文句を言うかもしれない。
テトラスティンとリシーは夕刻になる前には私邸に引き揚げ、夕餉を作るのが習慣となっている。もっとも家に帰れば主従の関係は逆転し、リシーは何もせず家のベッドに寝転がり、テトラスティンが主に家事を行っている。テトラスティンはその上で自分の魔術研究まで行っているのだから、休む暇もない。そんなことができるのも、彼はほとんど寝る事をしない。またその必要が無い。およそ他人に理解不可能なこの関係を彼らが構築したのは、数百年以上も前の事になる。その辺りの事情はまた語るとしよう。
私生活はどうあれ、彼らは魔術協会の指導者としては非が無かった。仕事もそうだが、テトラスティンは魔術士としての能力も申し分ない。彼とリシーを同時に相手にして、単独で勝てる人間は存在しなかった。それに彼らの全力を見た者は今まですべからく死亡しており、二人の正体・能力共にいまだに誰も知らないのだ。彼らはミリアザールとは違い、恐怖でもって魔術協会を統治していた。
現に彼らの執務室に顔を直接出すのは、テトラスティンの弟子でもあったエスメラルダと、征伐部隊のイングヴィルくらいである。テトラスティンはミリアザールのような統治の方法を羨ましいと思う反面、自分達はこれでよいとも思っていた。癖の強く、野心家の多い魔術協会の連中は一筋縄ではいかない。また千年近く続く魔術士の家系もあり、新参で背後組織のないテトラスティンでは支持力にも限界があった。
ミリアザールのように一から組織を作っていれば楽だったろうにとふっと彼は思うのだが、自分は魔術協会という組織そのものに用があるので、本格的な統治にもあまり興味が無いのである。それどころか自分の探す魔術が協会内部見つからなかったため、彼はその可能性を他の場所に求めていた。いまや魔術協会はテトラスティンにとって探索のための手段に過ぎず、他の場所とは黒の魔術士達だった。
テトラスティンは目的のためなら、誰を犠牲にする事も厭わない。そう、たとえ弟子のエスメラルダさえも。彼にとって優先すべきは自分であり、リシーであり、その他は全てどうでもいい。ミリアザールに魅かれているそぶりも見せたし、実際憎からずかの存在を思ってはいるが、彼の目的とは天秤にかけられるほどの存在でもなかった。実際、ミリアザールの何らかの弱みを探れないものかと考えていた所にミナールが魔術協会に現れたのだった。彼はミリアザールとの渡りを付けるためにミナールを利用したが、ミナールも単純に利用されるだけの人物ではなく、また想像以上に使える男だった。
今テトラスティンは自分の目的のために、ミナールという男と利用し、される関係を保っていた。だが利潤の関係だけに、彼らの間に嘘はなく、また信頼のおける相手だったかもしれない。そういう意味では、彼らは友人よりも友たりえたのかもしれない。そのテトラスティンの元に届いた手紙は、『犬』からのものである。その手紙を見ると、テトラスティンの表情が明らかに強張った。そしてその手紙を感情のままに破り捨てたのである。その行動に驚いたのはリシーだった。
「テトラ、どうしたの?」
リシーの口調が私生活のものに戻っていた。それほどテトラスティンが感情を表に出すのは珍しかった。特に家以外の場では。普段は二人の時でもおどけて見せる癖に、元来ひがみ屋で、感情の起伏の激しかったテトラスティンの幼い頃をリシーは思い出した。久方ぶりに思い出したが、テトラスティンは元々そういう人物だったと。
だがそんなリシーをよそに、テトラスティンは明らかに怒っていた。悲しんではいない。怒っているのである。
「ミナールが死んだ」
「え? 彼がやられたの?」
「ああ。ヒドゥンとかいう敵の幹部らしき男にな。報告では、敵は魔術協会にも所属していた事のある男らしい。至急調べねばなるまい」
「了解したわ。敵の特徴は?」
リシーが筆と紙を素早く用意する。
「痩身、背丈もそれほど高くなく、見た目もぱっとしない神経質そうな男。吸血種との混血で、人体練成の魔術を使ったそうだ」
「人体練成を。そうなると暗黒魔術派閥に聞くのがいいでしょうけど・・・」
「フーミルネか。厄介な奴だ。奴に借りを作りたくはないな」
テトラスティンが悩む。暗黒魔術派閥のフーミルネは協会内でも最大勢力の一つであり、征伐部隊の現総隊長であるイングヴィルを操っているとの報告もある。テトラスティンがいなければ魔術協会の長はこの男になるとも言われており、テトラスティンにとっては邪魔者の一人でもあった。本人が強く、また役立つ男でなければ、とっくの昔に消していただろう。
そのような男がいるからこそ、エスメラルダのような女を弟子にして、自分に味方しうる派閥を作ったのだった。
続く
次回投稿は2/16(木)17:00です。