冬の訪れ、その26~命名~
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ある日の朝、アルフィリースは珍しく率先して仕事をしていた。エクラが目を丸くしながら、不審そうに時折アルフィリースの方をちらちらと見る。その様子を、お茶を出しに来たラーナが見てくすりと笑っているという、しんしんと雪が降るアルネリアののどかな午前だった。
ラインが入団し、ミリアザールとの会談を終えてから、アルフィリースは傭兵団の名前を決めた。その名も、『天駆ける無数の羽の傭兵団』。後に『天翔傭兵団』と略されることになる、傭兵団の発足である。アルフィリースがこの名前に決めた時、反論はほとんど起きなかった。彼女の目は今までになく輝いており、その名前に込めた願いに誰もが共感したのだ。
アルフィリースいわく、
「小さな手では救えるものが限られる。大きな手からは小さなものがこぼれていく。ならば、一つ一つの羽ををより合わせるかのごとく、隙間のない大きな手を作ればいい」
目を輝かせて語った彼女に当時の団員は誰も反対せず、彼女は拍手をもって迎えられた。せいぜい百人程度を前に、傭兵団の食堂で行われたこの演説は、後にこの傭兵団に長く受け継がれる理念として形を残すことになる。
この傭兵団の当初の幹部は10人。アルフィリース、リサ、エアリアル、ユーティ、ラーナ、エメラルド、ダロン、ルナティカ、ロゼッタ、ラインである。ミランダは最初からの考え通り、アルネリア教の所属である事を理由に指名されなかった。またフェンナも同様である。シーカーの王族として行動する彼女に、これ以上の負担はかけられないとのアルフィリース達の判断であった。
またイルマタルは幼すぎるし、仮にも真竜だ。本来中立である真竜を仲間に引き込むのは、容易に決断してよいことではなかった。マイアやラキアも同様の理由だった。その一方でインパルスやダンススレイブは魔剣である事から、無機生命体だから幹部として認められないとギルドに断られた。ギルド側の主張は、彼女達の存在は召喚した魔獣や土人形などと変わらないという事なのである。アルフィリース達は侮辱だとして抗議したが、当の二人が揉め事を嫌いあっさりと引き下がったため、それ以上アルフィリース達も何も言えなかったのである。
他にニアやカザスはこの場にいないし、ジェイクは神殿騎士への正式な昇格が予定されている。クローゼスからは音沙汰がなく、ターシャはフリーデリンデからの出向だ。エクラはイーディオド宰相の娘であり、彼女を勝手に傭兵にしてよいはずがない。人選に苦慮したアルフィリースが悩む間に、リサとユーティはギルドを脅しつけてユーティを無理矢理人員として認めさせてしまった。これはユーティが人並、いや、いや、妖精並みはずれて俗っぽかったことも影響した。本当はロイドなどを幹部にできればよかったのだが、オーランゼブル達と戦える覚悟ができるほど彼がまだこの傭兵団に馴染んでいないと、判断された。エメラルドを幹部にしたのは、彼女が随分と「あるふぃと一緒じゃなきゃいや」と愚図ったからである。これには皆が苦笑いした。
そしてアルフィリースは、傭兵団の最初の幹部達に入れ墨を施した。入れ墨は、中心には永遠の象徴でもある太陽と和を貴ぶ円卓を模した円を。その周囲に、10枚の羽を象った紋章であった。これは今後、一定以上の地位に昇格した者に施されるようになるのだが、この時は中心となる人物の証であった。イルマタルがどうしても入れ墨を入れてくれとせがむので、アルフィリースがマイアに散々説教を垂れられながら結局入れ墨を施したのはご愛嬌である。その左肩にアルフィリースとお揃いの入れ墨を入れたイルマタルの機嫌たるや、それはそれは最高だった。
ともあれ、アルフィリースの傭兵団はなんとか傭兵団として認められるに至ったのだった。
発足してからのアルフィリース達の動きは早かった。アルフィリースにも団長としての自覚が芽生えたのか、彼女は自らの仕事を嫌がらなくなった。それどころか進んでエクラに指示を飛ばし、次々と新しい規約の作成、制度の整備、各方面との交渉、新たな行動を起こしていった。エクラが忠実に仕事をこなす種類の人間なら、アルフィリースはその持前の自由な発想を持って行動する人間である。この二人が噛みあうと、傭兵団の動きは驚くほど早い。そういった意味ではエクラの人選は、アルフィリースに取って最適だといえた。
アルフィリースが正式に団を発足させて間もなく、傭兵団の人数は100人を超えるに至った。フリーデリンデからは10騎の天馬騎士が寄越されたし、エクラの護衛でもあるイーディオドの騎士達は20名を超えていた。その隊長として、ハウゼンの護衛でもあったヴェンが任命されていた。エクラは驚きながらも、彼が来たことを頼もしく思っているようでもあった。それはアルフィリースも同じ事である。強い人間はいくらでも欲しかった。
加えて嬉しい誤算だったのは、他にもシーカーからの援軍を借り入れることに成功したことである。これはもちろんフェンナの働きかけがあったのだが、シーカーとしても彼らがこのままアルネリアの客人として甘んじる事をよしとする者ばかりではなく、彼らは彼らで自分達の未来を憂い案じ、また魔王の脅威を取り除かんとする者も少なからずいたのである。
彼らを得てアルフィリース達の練兵は変わっていった。天馬騎士とシーカーが乱し、騎士隊が切り崩し、その後を歩兵が蹂躙する。時にその役目を入れ替え臨機応変に戦うその様は中々に多様であり、真似のできる傭兵団は他に存在しなかった。特に先頭を突き進むダロン、ロゼッタ、ライン、ヴェンの強さはこの規模の傭兵団にしては驚異的であり、傭兵達はその経験によらず奮い立ち、予想以上の戦果を彼らは上げていくことになる。
アルフィリースの傭兵団は結成当初から絶頂だった。そしてこの絶頂はいずれ、アルフィリースすら考え付かなかった方向へと発展していく事になる。彼女はまだ、自分が何を始めてしまったのかを気づいてすらいなかった。
そんな中、アルネリアにも動きはさらに起こる。教会ではミナール大司教の死が正式に発表され、その後任に関してもエルザが就任するとの発表が正式にあった。本来なら年明けに発表の予定だったが、復讐に燃えるエルザは一刻も早く行動を起こしたかったようだった。
エルザの知名度はそれなり以上にアルネリアにはあったので、主だった反対の声はそこまで起こらず、むしろ得体のしれなかった影の薄い大司教よりも歓迎されていた。その声を素直に受け入れることができないのは、他でもないエルザ本人であったが、そのことを知るのはごく少数だった事は述べねばなるまい。イライザはというと、大司教付きへの騎士へと昇格が決まってから、さらに憑りつかれたように剣の稽古に励むようになっていた。その修羅のごとき剣の冴えは、いずれ女性の身でありながらラファティやアルベルトも凌ぐのではないかと言われるほどになっていた。
一方でミランダの新部署の発足は秘密裏に行われた。こちらはまだ形を成しておらず、なぜかというと大陸各地で任務に就く巡礼の者達を一堂に会するのは、実に容易ならざることだとミランダは理解していたのだが、彼女は全員が集まるまでは事を起こすつもりがなかったからである。その裏にはアルフィリースを援護するための部署という事の他に、もう一つミリアザールからの依頼も絡んでいたからである。
「裏切り者を見つけ出せ」
ミリアザールは以前、ミーシアで襲撃を受けている。大戦期にはさほど珍しくもなかったミリアザール暗殺未遂も、大戦末期には非常に珍しい案件となった。それがここ最近立て続けに起こる。どこくらい起こっているかというと、ミリアザールがどこかに巡視に出かける度といった具合である。公式からお忍びまで含め、それは全てに等しい程の頻度であった。
当然のごとくミリアザールは内部から情報が漏れたと疑い、ミーシアではわざと一人の状況を作ってまで敵をおびき出そうとした。だが目論見は失敗に終わり、結局敵の尻尾すら掴めぬ始末。ミリアザールはそこでミランダというもっとも信頼のおける部下を使い、敵を炙り出そうと企んだ。ミランダがおりしもアルフィリースという友人の手助けをしたいと申し出たので、これは風向きが良いとミリアザールも内心では拍手をしていた。
こちらもまた様々な理由があっての新部署の発足。だがミリアザールは知らない。自分がどれほどの恨みを今まで買っていたのかを。それはミランダも同様であることを。人の愚かさには際限がなく、その闇もまた深さをとどまることを知らないと、彼女達はこれから思い知ることになる。
続く
次回投稿は、2/13(月)17:00です。