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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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冬の訪れ、その21~人知れぬ戦い③~


***


「さて、なにやら魔術の気配を感じたが」


 先ほどミナールが戦う決意をした場所に、やや遅れて到着するヒドゥン。彼もまた戦いの気配を悟り、この場所で歩みを止めた。そうでなくとも、さきほどヒドゥンが予め仕掛けたおいた幻術をミナールが通過した時、彼の行く先がわかったためヒドゥンは全速力で追いかけてこれたのだ。つまり、ミナールが何もしなくとも、ヒドゥンは再びこの分岐で止まりミナールの行き先を確認する必要があった。いわば、幻術は侵入者の足を止める役と、警戒網の二重の役割を果たしている。

 ヒドゥンの思考はミナールと非常に似ている。また二人の役割も。一つ違うとすればミナールが裏方に徹する事を決めてその能力を育てたのとは違い、ヒドゥンの能力は生まれながらに暗躍に向いていることだった。そして経歴が長い分、ミナールよりも全般的に優れているのがヒドゥンという男である。彼らは互いに似たような空気を感じ取り、相手が同種の存在であることを察知していた。そうでなければ、ヒドゥンは自分の心がこうまで戦闘で昂るのを説明できなかっただろう。


「(ククク。さて、どんな仕掛けをあの人間がしたかな)」


 ヒドゥンが内心でほくそ笑む。彼は戦闘での高揚など無縁の存在であり、敵と認識した者はなんの感慨もなく殺すだけだった。だが今日は違う。初めてとも言える自分と同じ種類の人間との戦闘。好敵手とも言えるかもしれない相手に、ヒドゥンは興奮していた。


「(先ほどの男、何のためらいもなく逃げる事を選択した。その手際も鮮やか。おそらく、次善にかなり様々な状況を想定しているに違いない。実力が伴わぬ分、頭で補うような戦い方は好きだ。私もかつてそうであったように、そこには思いもかけぬ人間の能力が発揮されるからな。さて、あの男はいかな輝きを発揮するか)」


 ヒドゥンは楽しみながらも慎重に進む。彼はいかに高揚していようとも、戦闘中に自らを見失うような事はない。冷静に、慎重に歩を進める。すると、片方の通り道からミナール本人が出てくるではないか。


「ほう、正面勝負と来たか。意外性という意味では中々だが」


 ヒドゥンがややわざとらしく感心して見せる間に、ミナールが突撃してくる。ミナールももちろん、格闘術の覚えはそれなり以上にあるが。


「私の姿を見て、もしや格闘が苦手だと思っているのではないのかね?」


 ミナールのフェイントからの回し蹴りを、ヒドゥンは片手でいなした。続いて繰り出されるミナールの右正拳を軽くかわし、繰り出されるミナールの連続攻撃にも、ヒドゥンは全く動じず、そのほとんどを片手でさばいていた。それだけ近接戦闘技術に開きがあるのだ。


「ふ、それだけか」


 ヒドゥンが余裕を見せるが、ミナールは気にも留めずさらに連続攻撃を繰り出した。ヒドゥンがそろそろ自分から攻めようかと言う時、ミナールが自分のローブを脱ぎ捨てヒドゥンの視界を塞ぐ。


「む?」


 瞬間、ローブ越しに至近距離からミナールの魔術が襲ってきた。あっという間に火に包まれるヒドゥン。さらに追撃するようにミナールが突撃してくる。


「小癪な」


 ミナールの右の突きに合わせて、ヒドゥンも突きを繰り出した。ほぼ同時の一撃。だがヒドゥンの突きがわずかに早く、ミナールを捕える。

 糸の切れた人形のように吹き飛ぶミナール。全霊でミナールを殴ったヒドゥンが、感触がおかしいことに気が付く。


「これは!?」


 ヒドゥンの目に映ったのは、ミナールの姿がみるみる小さな木づくりの人形に変化していく光景。一瞬ヒドゥンが目を疑った隙に、ミナールの行動はさらに続く。ヒドゥンが新たな魔術の気配に気が付くころには、既に次の魔術が発動していた。

 もう一つの分岐からまたしてもミナールが飛び出し、今度はやや大きめの魔術を使ったのだ。対するヒドゥンは無防備である。


【輝ける氷塊を削り、研ぎ、わが敵を貫く幾筋の矢となりて汝の時を止めよ、<輝ける氷矢フリージング・アロー>】

「面白い。だが、まだまだ」


 だがヒドゥンは焦ることなく、ほぼ真っ向からその魔術を受け止めた。ヒドゥンが元々体の周囲に巡らせる対魔術防壁が、氷の矢を粉々に砕いていく。彼に届くのは、氷の矢と魔術防壁の衝突が作り出す衝撃波だけ。ヒドゥンの髪が衝撃にたなびく。


「無様だな、貴様の力はその程度か」


 自らの防壁を強化することなくミナールの一撃を防いだヒドゥンが、蔑みの言葉をミナールに向ける。そしてヒドゥンは自分の手のひらに傷をつけると、そこから流れる血を手のひらに溜めた。


「貴様にはこの程度でよかろう。【我がしもべ主人ヒドゥンの名をもって命ずる。<クリムゾン行進曲マーチ>】」


 ヒドゥンが自分の血に命ずるまま、彼の血は一滴一滴が自らの意思を持つかのごとく、拳大の大きさで次々と空中に舞い上がっていった。そしてその血の塊が自らの形を一回り小さくするように固まったかと思うと、まるでそれらはつぶてのようにミナールに襲い掛かったのだった。無数の球になすすべもなく貫かれるミナール。だが、その反応がおかしい。あまりに抵抗がないのだ。


「まさか、これも?」


 はっとしたヒドゥンの上に姿を突如として露わしたのはミナール。彼はヒドゥンが魔術を打った後の一瞬の硬直をついて、天井から彼の頭に小刀を刺しにいった。そう、二股の道のどちらにも最初からミナールは隠れていない。彼は最初から天井に張りついていたのである。

 その目論見は半分成功だった。小刀はヒドゥンの頭を傷つけたが、思ったほどには深くなかった。妙にヒドゥンの頭が固く感じたのである。骨の感触にしては堅過ぎる。血もそれほど飛び出ていない。ミナールが頭に小刀の突き刺さったヒドゥンを見て呟く。


「ふむ、思ったよりは刺さらなかったな。脳には達していないか。随分な石頭だ」

「当たり前だ。このようなもので・・・」


 ヒドゥンが刺されながらも振り返ろうとした瞬間、彼はぐらりと倒れこんだ。その様子を見て、ミナールがにやりとする。ヒドゥンは思ったように動かない体で、ミナールを見つめあげる。


「き、さま。毒か」

「当然だ。私の狙いは、貴様に爪の先ほどの傷をつけること。全てがそのための仕込みだ。安心しろ、苦しまずに死ねる猛毒だ。両手で指折り数えるほどしかもたぬ」

「なるほ、ど・・・そのた、めに、囮を」

「そうだ。貴様は二つの道を見て、どちらかに私が潜んでいると思い込んだ。だが、その実どちらでもなかったのだ。どちらもはずれ。選択肢は常に無数にある事を、貴様は考えていなかったようだな」

「ふ、ふ・・・やる、な」


 ヒドゥンがニヤリと笑った。だがその笑みは不自然だった。彼の笑い方がではない。彼が笑ったこと自体が、ミナールにとって不自然だったのである。



続く

次回投稿は、2/8(水)18:00です。

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