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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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冬の訪れ、その20~人知れぬ戦い②~

「よし、今のうちに・・・!?」


 動こうとしたミナールだったが、突如として背中に悪寒が走る。彼は本能の告げるままに、前に飛びのき、アノーマリーがいるにも関わらず部屋の中に転がり込んだ。その首筋に、温かい物が流れている。ミナールの血だった。


「はずしたか」

「く、いつの間に?」


 ミナールを襲ったのは、今さっき部屋から出て行ったはずのヒドゥンだった。彼の左手にはミナールのものらしき血が付いている。刃物で切られたとミナールは思ったのだが、ヒドゥンは刃物の類は持っておらぬようだった。どうやって自分の肌に傷をつけたのかと、ミナールは訝しむ。魔術が発動した様子はなかった。また目の前の男は痩身でえあり、お世辞にも肉弾戦を好むようには見えなかったのだ。

 ヒドゥンはその血を舐めとりながら、ミナールの方をじろりと見た。まだ認識阻害の魔術そのものは解呪していないにもかかわらず、ヒドゥンは正確にミナールの姿をとらえていた。アノーマリーは突然の騒音に何が起こったのかわかっていないにも関わらず、だ。まだアノーマリーはミナールの姿を捕えていない証拠だった。


「ふむ、血に栄養素が不足しているな。どうやら不摂生が過ぎるようだ。ちゃんと食事を採っているか、侵入者よ?」

「余計なお世話だ。貴様のような青びょうたんに言われたくない」

「ふん、貴様こそ貧相な面の分際で」

「何!?」


 ミナールが声を荒げたのはヒドゥンの言葉に腹を立てたからではない。ヒドゥンが自分の事を正確に見ていたから、純粋に驚いたのである。理解のできない状況に、さしものミナールも動揺が前面に出ていた。その表情を見てヒドゥンが歪んだ笑いを見せる。


「驚きが隠せないようだな、侵入者よ。無理もない、俺の魔術は特殊でな。貴様のような侵入者を見つける事にも随分と応用がきくんだよ」

「ほう、それは教えを乞いたいものだな」

「そこまで言うなら教えてやろう。貴様の体にな!」


 ふっとヒドゥンの姿が掻き消える。その瞬間、ミナールはアノーマリーがいない方向に左手を支えに、またしても横っ飛びで逃げた。別にヒドゥンの攻撃を読んだわけではない。ただの本能である。

 だがミナールがよけた瞬間、後ろにあった台が粉々に砕け散った。後ろをミナールが振り返れば、ヒドゥンの蹴りが勢い余って台を吹き飛ばしたのである。割と作りのしっかりした台であったはずが、まるで菓子でも蹴り飛ばすように見事に粉々になっていた。もしあれが台ではなく人間だとしても、同じ運命をたどるだろう。

 台を蹴り飛ばした姿勢のまま、ヒドゥンが横目でぎろりとミナールを睨む。ミナールはその瞬間、男の見た目が何の参考にもならない事を悟った。敵の幹部の一人。実力は推して知るべきだった。


「馬鹿力め」

「良い勘だ。だが!」

「ふん」


 再びミナールに突進しかけたヒドゥンだったが、今度はミナールの方が動きが早い。いつの間に手にしたやら、彼に向けていくつかの黒い球体を放り投げると、ミナールの右手からは小規模の火球が放たれた。詠唱不要であり火花ほどの火球が球体に命中すると、小規模の爆発とともに一面に煙がまかれる。緑、紫、藍と種々の色をした煙匂いまで御丁寧についており、完全にミナールの姿を隠してしまった。

 爆発から身を守ったヒドゥンが風の魔術で煙を吹き飛ばす頃には、ミナールの姿は完全になくなっていたのである。


「あーあ、逃げられちゃった」


 アノーマリーがヒドゥンの責任だと言わんばかりに、彼に向けてわざと大きな声で言った。だがヒドゥンは冷静に返答する。


「問題ない。奴の血の味は覚えた、匂いもな。私から逃げることはもはや不可能だ」

「じゃあ任せちゃっていい? ボクは興味ないし」

「いいだろう。だがよかったのか、奴にこの工房は見られたようだが?」

「問題ないよ、こんな工房は見られても構わない。でも、今の段階では見られるとまずい工房も確かにあるね」

「奴の血の味はろくなものを食べていた形跡がなかった。私が考えるに、随分と長いこと潜入していた可能性もある。そうなるとここで始末をつけた方がよさそうだな」

「じゃあ殺す方向かな。魔王の材料にする?」

「さてな。思いのほかしぶとそうな奴だった。顔にも覚えがある。確かアルネリアの大司教のミナールとかいう奴のはずだ。生け捕りはあまり期待してくれるな」

「ああ、暗殺リストにあった奴か。じゃあその辺は兄弟子様にお任せしますよっと」

「いいだろう」


 それだけ言い残すと、ヒドゥンは姿を消すのだった。


***


「ふっ、ふっ」


 ミナールは広い工房を出口に向けてひた駆けていた。どうしてこんな大きな工房を作ることができたのだろうかと、彼は不思議でならなかった。よく見れば、入口付近は完全に天然の洞窟。先ほどまでいた深部に当たる部分は、完全に人工的に掘り進めたことが壁を見ればよくわかる。元々あった天然の洞穴を利用したのだろうが、洞穴を掘り進めると言うのは思ったほど楽な仕事ではない。鉱石採取の仕事において、毎年何人の犠牲者が落盤、ガスの発生、魔物との遭遇で死ぬと思っているのか。そう考えれば、これほど大きな工房をいくつも用意するには、とてつもない年月がかかっているのではないかと思う。

 例えオーランゼブルタ達がどれほどの魔力を持っていようと、こういった洞穴を掘り進むことに有用なわけではない。つまり、実際にこれらを作った人足がいるはずだが、工房の中はアノーマリーの分身以外はほとんど見当たらない。


「(処分、したのか。あるいは魔王の実験材料にしたのか。だが)」


 それにしてもそれほど大量の人員を、どこから確保したというのか。確かに最近世の中では行方不明の人間が多発しているが、それにしても計算が合わぬ。

 それらの疑問も、全力で走って酸欠気味の頭では明瞭な答えを出すのは難しく。ミナールはそれらの疑問を頭の中から振り払った。今はそのような事を考える時間ではない。全力で逃げ、そして次の一手を考えねばならない。


「(事態は最悪だ。私が危険なのはいい。だが相手にあのような者がいるのでは、以後潜入が思うようにできない。まだ工房も敵の目的も、その全貌を掴んでいないというのに・・・!)」


 ミナールが歯ぎしりした瞬間、彼の首筋にひやりとした悪寒が再び走る。


「(追ってきている)」


 ミナールは追撃者の気配を感じ、疲れた体に鞭打って走る速度を上げた。外に出さえすれば、近場に転移のための魔法陣を用意してある。ミナールは全力で走り続けた。だが、


「馬鹿な? 道が無い、だと?」


 ミナールの脱出経路が突如として塞がれた。ここまで自分にしかわからない目印を辿って来たというのに、道を間違えるはずがないとミナールは壁につけた小さな傷を確認した。彼のもつ特殊な眼鏡を介してのみ、発光するように特殊な染料を塗ってあるのだ。


「道は間違いない・・・だがこれは?」


 ミナールは壁に手を当てようとして、それらが幻覚だと言う事に初めて気がついた。壁に見えるのは幻術だったのである。それに気がついたミナールが再び走り出そうとした瞬間、殺気が後ろから急激に迫って来ていた。


「(速過ぎる、ここにいることがばれたのか・・・ここからでは出口までに確実に追いつかれるな。ここで迎え撃つ必要がある!)」


 ミナールはそう決めると、少し先のやや開けた場所に走る。道が二本に分かれたその場所で、ミナールは戦う決心をした。彼はまず懐から木製の人形を取り出すと、それに札を張り何やら怪しい呪文を唱え始めたのだった。



続く


記念すべき400話目ですが、特に何かあるわけでもなく……感想や評価などいただければ嬉しい限りです。


次回投稿は、2/7(火)18:00です。

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