シーカーの里の戦闘、その6~黒い傭兵団~
そして時は、現在のダルカスの森。
「なんのつもりだ、ルイ?」
「ヴァルサスからの伝令だ。『全員西の都サードイドに緊急集合』だ、そうだ」
「・・・ち。全員戦闘停止だ」
男が大剣を収める。それを見て女剣士、魔術士、オーク、そしてルイも剣を収める。
「レクサス、お前もだ」
「へーい」
リサはぎょっとした。自分のすぐ背後から声がしたのだ。気がつくと、自分の喉元にレクサスの短剣が付き付けられていた。嫌な汗がリサの背中を流れる。
「いつの間に・・・」
「んー? キミが『アルフィリース』って叫んだ時から」
「そ、そんな・・・」
数秒は自分の背後にいたことになる。背後で木の葉が落ちる衝撃すら感知できる自分が気付かないとは、リサには衝撃の出来事だった。
そんなリサの頭を、レクサスはぐりぐりと撫でる。
「そんな顔しなくてもいいさ。いっとくけど、暗殺者とかはこれくらい皆やるよ? だってセンサーに気取られるようじゃ、彼らの商売あがったりだからね。嬢ちゃんはセンサーとしてまだ甘いし、自分の能力を過信しない方がいい。世の中にはセンサーの能力を潰せる魔術士やセンサーもいるしね」
「・・・」
リサは悔しそうに歯がみしている。その一方で大剣を持っていた男達は、既にアルフィリース達に興味を失くしたようにルイと語り始めた。
「ルイ、お前が伝令役とはな。面倒くさがりお前がどういう風の吹きまわしだ?」
「別に。たまたまさ」
「たまたまでこんな深い森の中まで来るか?」
「もー、姐さんたらー。素直にヴァルサスさんが苦手だって言いましょうよ!? 一緒にいると息苦しかったんでしょ?」
バキッ!
イイ音と共にレクサスが吹っ飛んでいく。
「・・・たまたまだ」
「う、うむ」
ルイの冷たい目線に、大剣の男が無理やり自分を納得させた。そして、一つ咳払いをすると、男がルイに質問をする。
「で、何があったんだ?」
「4番隊が全滅したそうだ」
「ヴィラトの隊が!?」
「5番隊だったら気に病む必要もなかったんだがな」
「それは・・・同意せざるをえないな」
これには今まで戦っていた相手が、全員驚いた表情を見せた。
「誰がやった?」
「どこぞの魔王だそうだ。しかも相当強力で、どうも伝説の大魔王級という噂もある」
「・・・で、それでもヴァルサスは掟通りに報復を?」
「それはそうだ。ワタシ達の唯一といってもいい掟だろう?」
「では全ての部隊が集合するのか」
「さらに昔引退した人間まで召集するらしい。それで人出が足りないから、ワタシまでがこんな真似をしている」
「なるほど、腕が鳴るな」
「ああ、それは同意見だな」
ルイと大剣の男がニヤリと笑う。それを合図に、他の連中も一斉に口の端を歪める。彼らはまぎれもなく戦闘狂なのだ。それに良く見ると全員揃いのコートを着ているようだ。
「黒いコートに、金の刺繍の鷹・・・貴方達、まさか『ヴァルサス率いる黒い鷹の傭兵隊』?」
放っておかれたミランダが、たまりかねたように疑問を投げかける。その質問に反応するコートの人間達。
「その通りだ。とりあえずは戦うこともないだろうし、名乗っておこうか。俺は『ヴァンダル=ヴァルサス=ブラックホーク』の3番隊隊長ゼルヴァーだ」
「残念ながら副隊長はいないけどね。私が副隊長代行のドロシー。んでそこのオークがダンダ、魔術士のおっさんがベルノー。んでそこの無愛想な女が・・・」
「2番隊隊長のルイ姐貴です。んで俺が副隊長のレクサス。っていっても、2番隊は俺達2人だけなんですけどね」
「・・・アタシ達が今生きていることは奇跡かもしれないね・・・」
ミランダがため息をつく。それもそのはず、目の前にいる傭兵隊は大陸でも1、2を争う有名な傭兵団だ。大陸に名をはせる傭兵団として、フリーデリンデの天馬騎士団、カラツェル騎兵隊、ミュラーの鉄鋼兵などがあるが、特に戦場における先陣を切る者達として、『ヴァンダル=ヴァルサス=ブラックホーク』の右に出る傭兵団はないとされる。
彼らは総勢50人に満たない傭兵団だが、隊長の条件は「単独で100人切りを達成すること」らしい。そのため『狂獣』の異名をとるヴァルサスが全体を率いるとき、その戦力は一個師団にも匹敵すると言われており、戦場で彼らを見たら竜も裸足で逃げると言われたほどである。竜は元々裸足だろうが! というツッコミはさておき。だが団長のヴァルサスが単独で魔王を狩ったというのは、かなり信憑性の高い話だった。
「とりあえず、アンタ達はアタシ達ともう戦う気が無いってことでオーケー?」
「ああ、『緊急集合』は全てに優先される。現在の依頼を投げだすことになったとしてもな。この傭兵団における唯一の掟のようなものだ」
「だそうだ、アルフィ。助かったね」
「うん・・・あの!」
ミランダがゼルヴァーに確認を取った。だが、アルフィリースの顔はすっきりしない。ニアもやられっぱなしで苛立ちが治まらないようだ。
「ルイさん、ありがとうござました。助けていただいた形になって・・・」
「別にお前を助けたわけではない」
ルイにの返事はあくまでそっけない。アルフィリースの戸惑う様子を多少かわいそうと思ったのか、ルイの方から言葉をつなぐ。これは実に珍しいことだったのだが。
「それに、打ちこんでいたら死んだのは案外ゼルヴァーの方かもな」
「そんなこと!」
「ちょっと、ルイ! いくらアンタでも聞き捨てならないよ!?」
「まあまあ、抑えてドロシー」
ルイに喰ってかかるドロシーを後ろから抑えるレクサス。いつの間に後ろに回り込んだのか。軽い言動とは裏腹に、全く油断がならない男だ。
「ド、ドロシー。短気、だ、ダメ」
「オークのお前にゃ言われたくないよ、ダンダ!」
「怒ると、し、シワが増える、と、聞いた・・・」
「こいつっ!」
「ほっほっほ。ダンダの勝ちじゃわ、ドロシー。それに実力でもルイとお主では雲泥の差じゃよ」
「わかってるよ!」
どうやらなんだかんだで結構仲が良い傭兵隊なのか、わいわいやっている。さっきまで戦っていた相手とは思えない。さっきは全員が死神のようにアルフィリース達には見えたのだが、今では等身大のただの人間だ。もっとも1人はオークなのだが。
そんなきりのない言い争いともじゃれつきともとれない騒ぎを、ゼルヴァーが制する。
「いつまで馬鹿をやっている。この森にはもう用がないだろう、いくぞ」
「そうだな・・・が、一応雇い主に一言詫びた方が、後々面倒ではないと思うが」
「その雇い主はいつ帰ってくるんだ?」
「噂をすれば、ほれ」
ベルノーが指差す方向に、30人くらいの兵士と、先頭にやたら派手な格好をしたこの森に似つかわしくない人間が見える。あれが王子なのだろう。なるほど、こう言ってはなんだが、誰が見てもいかにも頭が足りなさそうな面構えだ。目は離れ、焦点がいまいち定まらない目つき。しかも小男の肥満体型であり、威厳とはいかにも無関係だった。王家というより、道化と言った方が似合うだろう。
しかもこの森を探索するのにあんなひらひらした直垂をつければ、そこらじゅうで引っかかってボロボロになるに違いない。全く探索に適していないことも理解できていないのだろうか。いかにも・・・と言う感じでアルフィリース達が見ていると、その視線に気付いたのか王子が彼女達を認識する。
「む、そなたらは何者じゃ? 何をしておる? わしらの味方か?」
そこらじゅう焼けているし、どうみても戦ってたと思うのだが。しかも隠密行動している王子に対して、援軍がいきなり来るわけはないだろう。フェンナとてシーカーの外見を隠していないのに。どうやら兵士達の言う事も、強ちはずれてもいないのだろう。
そんな彼にも傭兵としての矜持がそうさせるのか、ゼルヴァーは律義に告げる。
「雇い主よ! すまんが俺達はここで抜ける。緊急の用件が入ったのでな。賃金はきちんと日割りにしてお返ししよう!」
「何!? そんなことをこの第三王子たるムスターが認めると思うのか? 貴様は頭が足りんのか?」
いや、頭が足りないのはどっちだよと言う顔をブラックホークの面子やアルフィリース達だけでなく、王子側の兵士もしている。せっかくゼルヴァーが気を使って身分を伏せたのに、王子は自分から名乗ってしまった。隠密行動の意味をわかっていないのではないだろうか。
「ゼルヴァー、もうあれは無視してもいいか?」
「ああ・・・あそこまでバカだとは思わんかった。すまん、ルイ。手間を取らせた」
「アルフィ、アタシ達もずらからない? なんか、馬鹿の相手とかする必要ないと思う。もう封印は手に入れたしね」
「ミランダもそう思う? 私もそういう気がしてきた・・・」
既にアルフィリース達もブラックホークの面々も全員ぐったりしてきている。だが、この光景を空から見守る者達がいたのだ。
続く
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戦いはは続きます。次回投稿は本日11/7(日)21:00です。