冬の訪れ、その14~ミリアザールの忠告~
「加えて、先にこのアルネリアに侵入していた虫を扱う女、さらにルナティカが仕留めて回った人形を扱う者がいる。そしておそらくあと一人か二人はいるはず」
「その根拠は?」
「武器の流通、さらにワシの考える所では金策をする者もいるだろう。それらの細かい作業が、先ほど挙げた者達にできそうか?」
「無理っぽいですね。そんな性格じゃなさそうでした」
リサがずけっと発言する。ドゥームあたりが聞いたら怒りだしそうである。
「それに沼地の近くで会った時、神経質そうな男と、やたらに男前がいたような気がします」
「それらが残りじゃろうな。どちらが人形を扱うかはわからんが、まあそのあたりが奴らの全容じゃのう。そして広範にわたって虫を使った事で、相手の名前も判明した」
「そいつの名前は?」
「『災厄を招く者』カラミティ」
ミリアザールがお茶をことりと置いた。その名前に、アルフィリース達はいい知れぬ不吉な物を感じるのだった。
「何者なの、そいつ」
「あくまで噂じゃが・・・南の大陸の事じゃ。元々南の大陸にはそれなりに人間の文化があったと伝えられている。ワシが生まれるはるか前の出来事じゃし、ワシが会った何体かの真竜から断片的に聞いただけじゃから、詳しくは知らぬ。だが、南の大陸には『三すくみ』なるものが存在し、勢力圏は拮抗していると聞いた」
「それの一人がカラミティなんだな」
「その通り」
ラインの言葉に、ミリアザールは頷く。
「この大陸で最も南に棲んでおる部族に人をやって、改めて聞いてみた。彼らは南の大陸とも交流を一部持っていてな。彼の大陸に行く事もあるそうじゃ。現在では人の勢力圏は北の端っこのごく一部だそうだが、そこは『百獣王』なる者の勢力圏だとか」
「百獣王?」
「うむ。詳細はわからんが、どうやらこの百年ほど誰もその姿を見ていないらしいが、供え物は一年たりとも欠かしたことがないらしい。百年前に供え物を欠かした国が一夜にして滅んだとか。飯さえ捧げていれば何もしないらしいがな」
「なんだそりゃ。ただの食いしん坊だな」
「随分豪快な食いしん坊ですが。国を滅ぼしたのが事実なら、それは恐怖の対象でしょうね」
呆れるラインに、冷静に分析するリサ。だがミリアザールの表情は真剣そのものである。
「征伐に出した人間、軍隊。その全てが誰一人として帰って来なければ、やはりリサの言う通り恐怖の対象だろうな」
「誰一人、ですか」
「ああ。800年間、誰もな」
その言葉にアルフィリースはぞくりとした。頭の中に大草原で遭遇した大男が浮かぶ。なぜかその男が浮かんだ。炎獣の一撃に怯みもせず、豪快な笑い声と共に襲いかかって来たあの男が相手なら。アルフィリースは背筋が凍る思いだった。エアリアルはいつかあの男を倒すつもりでいるが、あの男が倒れる瞬間がどうしてもアルフィリースには想像できなかった。
そうする間にもミリアザールは話を続けた。
「その百獣王と戦っておったのが、魔神ブラディマリア。そしてもう一人が・・・」
「カラミティってことか。そんなに奴は強いのか?」
「うむ。出現は噂によると1500年以上前にもなるそうだ。人に対する憎しみは凄まじく、一時は南の大陸の人間を殺しつくす一歩手前までいったそうだ。全滅しかけた人間はある提案を彼女に持ちかけた。それが生贄だ」
「生贄・・・嘘でしょ?」
アルフィリースが信じられないと言った表情をしたが、ミリアザールは首を振った。
「残念ながら事実じゃ。百獣王の出現まで実に数百年の間、人々は毎日1人以上の人間をカラミティに捧げ続けていた。その人数は日によって代わり、多い時には10数人にも及んだとか」
「あの女。そんなにイカれた野郎だったか」
ラインが吐き捨てるように罵った。彼の怒りはアルフィリース、リサ共に同じだった。ミリアザールもまた、そして梔子も表情にすら出さないが彼女も内心では同じだったのかもしれない。
「南の大陸で人間の文明が廃れるわけじゃ。そんな脅威に常にさらされていたらな」
「大陸を脱出すればいいでしょうに」
「それをしたら、他の大陸に追いかけてでも殺し尽くすと脅されたそうじゃ。その言葉を信じた人間達は、怯えながら南の大陸で暮らしている。そしてその事実を知ったこの大陸の南端の人間達は、そう簡単に彼らがこの大陸に渡ってこれないように関所を設けた。要塞にも等しい、な」
「なんですって!?」
アルフィリースが怒りの声を上げ、ミリアザールはそれを黙って見ていた。
「なんでそんな馬鹿な事を!」
「わかってやれ、アルフィリース。誰だって自ら不幸を招きたくない。それが人間だ」
「だとしても・・・」
「で、それをアルネリア教会は容認したんだな?」
ラインの指摘に、アルフィリースがはっとする。ミリアザールは眉をぴくりと動かしたが、大きな動揺はしなかった。
「本当に鋭いな、お主は」
「ミリアザール、事実なの!? だったら私・・・」
「四度」
ミリアザールがアルフィリースの発言を遮った。アルフィリースが今まで聞いた中で、一番強いミリアザールの声だったかもしれない。
「アルネリアから南の大陸に派遣した遠征の数じゃ。うち二回は強力な魔物がはびこる緩衝地帯を突破して、件のカラミティの勢力圏に達しておる。だが誰一人、報告すらなかった。一度など、ワシの育てた最精鋭を投入した。にも関わらずだ」
「・・・」
「ワシはまずこの大陸の平和を安定させるのが使命だと思っている。その次は東。彼らからは具体的に援助要請もあったしな。だが現実はどうだ。この大陸の西にはオリュンパス教会があり、ようやく大陸の中原より東が安定したと思ったらこの騒ぎだ。ままならぬものよ、何年生きてもな」
「・・・ごめんなさい、ミリアザール。貴女の苦労も知らず」
アルフィリースが悲しそうに謝罪したので、ミリアザールはふっと笑みをこぼした。
「構わんよ。ワシとて自分の行いがいつも正しいとは思わん。組織の手が広がれば、零れ落ちる物が多いのは必然。頂点に立つ者はいつもその現実に頭を痛める。アルフィリース、お主も心しておくがよい。いずれその悩みに直面するであろうからな」
「・・・ええ、心に止め置くわ」
「よろしい。それから奴らの武器の生産・運搬方法と金策の件だが・・・」
そこで部屋の中に慌ただしく入ってくる者がいた。
「ミリアザール様、謁見中申し訳ありません!」
「梓か。どうした、慌てて」
「すみません。これが先ほど届きまして」
梓が何やら紙切れをミリアザールに手渡す。その紙を見たミリアザールの顔つきが険しい物に変化する。
「・・・アルフィリース。済まぬが謁見はここまでじゃ。今後の事は何らかの形で後日連絡するようにする。火急の要件が出来たのでな」
「? わかったわ。それでは今日はお暇するわね」
「リサはチビ共の様子を見てから帰りたいのですが、構いませんか?」
「構わんがセンサーは封をしておけ。これから多少慌ただしくやるでな」
「いいでしょう」
「あ、私はミランダに会ってもいい?」
「構わんが、かなり忙しくやっているぞ?」
「様子を見てみるわ」
そしてミリアザールが梔子に何やら耳打ちすると、彼女も梓を伴い急ぎで出ていった。そしてアルフィリースとリサはそれぞれの目的場所に動いていく。急に行き場所を失くしたラインは、肩をすくめながら出て行こうとした。そこでミリアザールが彼を呼びとめる。
「ラインとやら。貴様、アレクサンドリアの出自だな?」
「・・・なぜそう思う?」
「訛りは隠せん。それに歩き方。彼の国の剣術に秀でた者は、居合いを得意とする。そのため歩き方が右利きの者は左足がわずかだが下がるのよ。もちろん他に多くの国がそうだが、言葉と合わせれば推察はたやすい」
「で?」
「数年前、アレクサンドリアでは痛ましい事件があった。さる貴族の娘が発狂し、父親を刺殺。国の重臣数名を巻き添えに、屋敷ごと焼身自殺したとの報告があった。そして共謀者は当時、彼女と深い仲にあったという、将来を嘱望された騎士だった。彼は今をもって逃亡中。その身には国から多額の懸賞金がかけられている」
「・・・俺がそうだと?」
「さてな」
ミリアザールは残りのお茶を啜っていた。梔子も誰もいないので自分で注ぎ足そうとするが、既にポットの中身は空だった。ミリアザールが残念そうに項垂れる。
「理由など個人、国それぞれだ。全ての報告を鵜呑みにはしておらぬ。そもそもがおかしい点の多い事件だったしな。詳しくは私も知らぬし、ここで追及するつもりもないが、それがやがて誰かの重荷になることはないのか?」
「俺を心配してんのか?」
「それもあるが、ワシが心配するのは貴様がアルフィリースの関係者じゃからじゃ。ワシの中の優先順位では、貴様はそれほど高くない」
「そりゃそうだな。だが心配するな、俺の過去が邪魔なら誰かに相談する。あるいは俺がアルフィリースの前から消えるさ」
ラインが素っ気なく言ったので、ミリアザールは悲しそうな目をした。
「あまり悲しい事を言うでない。貴様がいなくなれば悲しむ者も多く出よう。レイファン王女とか、アルフィリースとかな」
「な、なんでそこでその名前が出るんだよ!?」
ラインが突如として出た二人の女性の名前に焦る。だがミリアザールはあくまで冷静に。
「ワシは貴様のような若者を何人も見てきた。成功者も失敗した者もな。だからある程度その将来も予想がつくのだよ。真なる愛する者も、真なる友も真得難きもの。その大切さに人は中々気付かぬ。失くした時に、初めて気がつくことが多いのだ」
「あんたもか?」
「どうだかな。ワシは多くを失くし過ぎた。だが貴様は普通の人間だ。失くし過ぎるということはない。今、手にある物を大切にせよ。過去に引き摺られるな。ちょっと歳経たワシからの忠告じゃ」
「有り難く頂戴するぜ、最高教主様」
ラインはその言葉に騎士の礼を取り、その部屋を出ていった。残されたミリアザールは一人で苦笑いすをする。
「ふふ。老婆心とでもいうのかな、こういうのは。ワシも年か。楓、おるか?」
「はい、ここに」
後ろから音もなく楓が参上する。
「今ワシが言った、数年前アレクサンドリアで起きた事件の事を詳しく調べるよう手配せよ。急ぎではないが、できるだけ詳しくだ。ラインの出自も合わせてな」
「御意」
楓が再び消える頃、ミリアザールの手の中にあるお茶は既にぬるくなっていた。彼女はその水面を見つめながら、うっすらと映る自分の顔を確認しふっと笑うと、一気に飲み干すのだった。
続く
次回投稿は2/1(水)19:00です。先にお伝えした通り、2月から連日更新です。3月からの事はまた連絡します。




