冬の訪れ、その13~ミリアザールからの情報~
「だ・か・ら! 仕事が多すぎるんじゃ~!」
「仕方ないでしょう、今日はミランダ様も別枠で動いているのですから。それに昨日、マスターが途中で仕事をサボって脱走したのが悪い」
「気分転換して何が悪い!」
「そのせいで今日のこの仕事なのです。さあさ、今日はご飯もトイレも抜きでやってもらいますからね!」
「鬼! 悪魔! 人でなし!!」
「何とでもおっしゃってください。それで仕事がはかどるなら結構」
そんなどこかで聞いたようなやり取りを、アルフィリースは苦笑いしながら聞いていた。隣ではエクラが、「そうか、そうすればいいのか」などとぶつぶつ呟いていたので、アルフィリースは聞かなかった事にした。その中でラインが一人微妙な表情をしている。
「アルフィリース、あれは? まさか・・・」
「会えばわかるわ」
アルフィリースは今日何度目かになる苦笑をラインに向ける。そしてアルフィリースの到来を兵士が告げると、中ではドタバタと忙しい片付け音が響く。しばらくして。
「どうぞ」
と、梔子が手引きをした。そんなに慌ただしくやるなら、別室に通せばいいのにとアルフィリースは思うのだが。案の定リサがツッコミをいれる。
「別室は空いてないのですか、ミリアザール。慌ただしすぎます」
「それはそっくりそなたに返すわい、リサ。昨日ミルチェが応接室一面に落書きをしよってな。使うに使えん状態じゃ」
「消せばいいでしょう」
「それがそうもいかん。後で見ればわかるがな」
「?」
ミリアザールの言葉にリサは首をかしげたが、それはさておきミリアザールはラインを見ると居住いを正した。
「お初にお目にかかる。ワシがこのアルネリア教会最高責任者、ミリアザールだ。アルフィリースとリサの紹介ゆえ儀礼的な事は省略するが、許されよ」
「ああ、お心遣い痛み入る。まずは拝謁の栄誉を、などと言いたいと所だが、こちらも省かせていただこうか。とてもそんなタマにゃ見えないんでな」
「ほう」
ミリアザールは一目でラインの人物像を把握したようだった。その彼女がラインを面白そうな目で見る。
「ワシの態度と容姿に驚かぬのだな」
「ああ、これでも人を見る目はあるつもりだ。あんた、人間じゃねぇな。まして聖女なんかであるはずがない」
「ほほう。なせそう思う?」
ラインの図抜けた態度に、ミリアザールは興味を持ったようだった。楽しそうに彼女はラインを見つめる。傍ではらはらするアルフィリースをよそに、ラインはずけずけと発言を続けた。
「血の匂いが強すぎらぁ。それだけでも見た目は作りもんだってことがわかる。俺もガキの頃から戦いに身を置いてきたからわかるが、そんな強い血の匂い、100年そこらでつくようなもんじゃねぇよ。ってことは普通の人間じゃねぇな、あんた。そんな血の匂いをぷんぷんさせる奴が聖女なんて、この世も末だろうが」
「かっかっか! そう来たか。これでも風呂は欠かしておらんのじゃがな。だから言ったであろう、梔子よ。今世にも鋭い者は沢山おるとな」
「マスターのおっしゃる通りです」
ミリアザールが楽しそうに梔子に話しかける。アルフィリースにはよくわからなかったが、ミリアザールはラインの事を気に入ったようだった。彼女はラインを見定めるようにじろじろと彼を存分に観察する。
「ふむ。それにしても態度の大きい男よな。我が怖くないか?」
「喧嘩はしたくねぇなが、話の通じない相手じゃない。それに俺の知り合いにはもっと怖い女がいてな。あれに比べりゃあんたなんて可愛いもんだ」
「はっはっは、可愛いと来たか! ワシにそんな事を言った男は何年ぶりかのう! 愉快、愉快」
ミリアザールはますます上機嫌になり、一気に茶を飲み干した。そしてその目が今度はギラリと光る。
「さて、お主がここに来た理由は楓を通じてなんとなく先に聞いたがな。中原の事情を詳しく知っておるとか?」
「ああ、話させていただこう。だが、俺にとってあんたはまだ信用に足る相手じゃない。あんたの事を先に聞いてもいいだろうか」
「よかろう。では簡単にワシのやって来た事を話そうかの」
ミリアザールはアルネリア教会の創立から今までの業績を簡単に話してみせた。もちろん自分が魔物だと言う事も。その中にはアルフィリースやリサが初めて聞く内容も含まれている。ラインはそれらの言葉を油断なく聞きながら、時に質問をし、会話をしていた。そしてそれらが一通り終わった時、
「なんとなくあんたのことはわかった。大した人物だよ、あんた。俺はアルネリア教会なんぞ気に入らない人間の一人だが、あんたという人物は嫌いじゃない」
「お褒めに預かり光栄だ」
ミリアザールが皮肉を言ったので、ラインは少しニヤリとした。どうやらそれなりに冗談の通じる相手だとも思ったらしい。ラインはさらに続ける。
「俺から約束させてもらおう。今回その黒の魔術士共の事に関しては、俺は損得なくあんたに協力させてもらう。ただ各国の対応に関して俺なりに納得いかん所もあるし、全部が全部あんたに賛同するわけじゃない事は先にきっぱりと言わせてもらう」
「それでいい。ワシとて諸手を上げてワシを肯定してほしいわけではない。むしろそんな奴は部下におってもええが、協力者としてはふさわしくないしな。そなた位が丁度好ましい」
「よし、事情は互いに呑み込めたな。じゃあ俺からだ」
ラインはクルムスに留まっている間に起きた事を話した。クルムスでの内乱の真実、中原で起きた戦争の真実、そしてそれに黒の魔術士とおぼしき連中が関わっている事。ラインの話口は簡潔であり、ミリアザールは黙ってそれを聞いていた。
そしてラインが全てを話し終えた頃、ミリアザールがゆっくりと口を開く。
「なるほど。それで貴様は武器の流通経路から相手の本拠地に迫れないかと考えたのだな? そして最初はこのアルネリア教会を疑った、と」
「ああ、そんな所だ。どうやら誤解だったようだがな。それにしてもどうしてアルネリア教会は仲裁に来なかった?」
「誤解が解けて何よりだ。だが正直な事を言わせていただくと、現地のアルネリア関係者も困惑していたのだよ。戦争の発端がわからなければ仲裁のしようもないが、明確な原因が分析できず、また仲裁の申し入れもクルムスのムスターに断られ続けていた。レイファン王女になってからは積極的に協力しているがな。それより、先ほどの話とワシの持っている情報とで新しくわかった事があるな」
ミリアザールの発言に身を乗り出すアルフィリース達。アルフィリースが真っ先に質問する。
「何がわかったの?」
「まず相手の顔触れ。これまでわかっていた相手の顔触れは、首魁の五賢者の一人オーランゼブル、英雄王グラハムことライフレス、魔神ブラディマリア、悪霊ドゥーム、剣帝ティタニア、ファランクスを殺した男ドラグレオ、魔王を制作する者アノーマリーだった」
「名前に知らないのがいるけど?」
「それを調べている者がこちらにもいる。それで判明したのじゃ」
ミリアザールが新たに注がれたお茶をすすりながら、片目でアルフィリースをチラリと見る。ミリアザールはお茶を飲むと一つ咳払いを入れ、さらに続けた。
続く
次回投稿は、1/30(月)19:00です。2月は連日更新に戻します。よろしくお願いします。




