冬の訪れ、その10~交渉と勧誘~
「これは・・・魔術か」
「そういうことです、私達には魔術使いがいますからね。確かにリサは無策ですが、アルフィリースの命令でここに乗り込んできたのですから。先ほどの言葉をそっくり返しましょう。あなた、うちの団長を多少舐めていやしませんか? 彼女が無策であなたを放置するとでも?」
「なるほど。こりゃあ一本取られたな」
ラインがはっはっはと笑う。その様子に多少全員が困惑したように顔を見合わせた。もっとラインは焦ると思っていたのだが、全くもって余裕なのである。そうするうちにも、ラインは剣を手放して降参のポーズを取る。彼の肩にはダンススレイブが手を置いていた。
「これは俺に分が悪い。ここは大人しくするとしよう。それでアルフィリースに一つ聞きたいんだが、いいか?」
「ええ、いいわよ」
「いつからこうしようと思っていた?」
「食堂で話をしている途中から。貴方が本心を言う気が無いと思ったから、リサに協力してもらって一芝居うったの。リサが聞き出せればよし、そうでなければ締めあげてでも聞くつもりだったわ」
「なるほど。じゃあ俺が話せば、締めあげるのは無しにしてくれるか?」
「もちろん。私に男を嫐る趣味はないわ」
「じゃあ首筋のこの細い糸もなんとかしてくれ。首筋が寒くてかなわん」
「ルナ、もういいのですよ」
ラインの発言に、リサが天井に向けて呼びかけた。すると天井の一部が開いて、ルナティカが顔を出したのだった。
「もう殺さなくてもいいのか?」
「ええ、そういうのは終わりです」
「やれやれ、勘弁してくれ。そう簡単に死にたくないぞ、俺は」
「・・・そのつもりもないくせに」
ルナティカが誰にも聞こえない様な声でぽそりと呟いたが、彼女はラインの首近くに仕掛けていた極細の鉄線を回収すると、天井から飛び降りてサの後ろの立ち、そのまま黙りこんでしまった。自分の出番はなくなったということの意志表示だろう。
そしてアルフィイリースがラインに話しかける。
「ライン、貴方の知っている事を話してくれるかしら」
「それはいいが、その前にお前達がアルネリア教会の手先でないという証拠はあるか?」
「なぜ、私達がアルネリア教会の手先だと思うの?」
アルフィリースは冷静にラインに聞き返した。するとラインはおどけるように肩をすくめてみせた。
「いや、ほぼ違うとは思っている。一応確認さ」
「どうして?」
「勘だよ」
ラインの言葉に、アルフィリースはため息をついた。
「呆れた。ここにきて言う事はそれだけ?」
「だが重要なことだ。自分の勘も信じられなくなったら戦えない。それはアルフィリースも同じだろ?」
「まあ、それはね」
「もっと言えば、俺はお前をそそっかしい奴だとは思っているが、馬鹿だと思った事は一度もない。そのお前が、タダでアルネリアの手先になるとは思えんな。アルネリアを上手く利用する、あるいは協力体制にあると睨んでいる。あるいは従属させられているとして、交換条件が気になると言ったところか」
「何か気持ち悪いわね・・・」
アルフィリースが胡散臭そうにラインをじっと見る。ラインはその目線が逆に意外だった。
「何が胡散臭いんだよ」
「今まで散々馬鹿にしておいて、急に褒められてもね」
「確かに今まで散々からかったが、そいつは歪んだ愛情表現だとでも思ってくれ」
「もっとまともな愛情表現はないの?」
「なんだ、口説いて欲しいのか?」
「誰が!」
アルフィリースが机をダン、と叩いたが、今度はエクラに止められた。
「アルフィ、また乗せられています」
「はっ?」
「大した会話術ですね。外交交渉なんかでも使われる、話術の一種ですね。話を一端逸らしておいて、その間に相手の興味や必要な事柄を聞きだす。尋問なんかでも使われるでしょうか」
エクラがラインをじっと見る。その目はラインを馬鹿にするでもなく、ただラインを純粋に観察していた。エクラの目線は貴族として、あるいはアルフィリースの補佐として。エクラはラインと言う人物を見定めようと必死だったのである。
ラインもまたエクラが歳に似合わぬ鋭い観察眼を持った人間だと悟ったのか、真面目に受け答えした。
「嬢ちゃんは?」
「エクラです。アルフィリースの補佐を務めています」
「ならそう呼ぶ。エクラは何が言いたい?」
「貴方は騎士でしょう。いくらとぼけても、その隙のなさ、リサの気配を察知する能力、アルフィリースを手玉に取る話術、ロゼッタを上回る戦闘力。それなり以上の地位にあった騎士のはずです」
「・・・で?」
「なぜ傭兵をしているかは問いません、事情はそれぞれでしょうから。ですが、私は貴方がこの傭兵団に入る事を推薦したいと思います」
エクラの言葉に周囲がぎょっとする。それはアルフィリースも同様であったが、エクラは平然と構えていた。
「エクラ、それは・・・」
「何もおかしいことはないでしょう。私は若輩者ですが、アルフィリースの補佐をする立場です。副団長とは言わずとも、人員に関してそれなりの発言権はあるでしょう」
「まぁね。それはそうだけど」
「その私の推挙です。彼はこの傭兵団に必要な逸材だと考えます。いけませんか?」
「アタイも賛成だ、アルフィ」
エクラの提案に、ロゼッタが続いた。今度は全員の視線がロゼッタに集まる。
「ロゼッタまで? さっきまで腹立てて荒れてたじゃないの」
「確かに今でも腹が立ってはいるが、それはこいつがアタイと戦う時に手を抜いたからさ」
「手を抜い・・・ええ!?」
「ばれてたか」
ラインが悪戯をした子どもの様に舌を出す。その割には悪びれてはいないようだったが。ロゼッタが嫌悪の表情でラインを見ながら続ける。
「アタイはそいつに相性が悪い。何度やってもきっと勝てないだろうね。だけど、それを抜きにしてもそいつは強い。目端も利くし、頭も回る。うちの団にいて損はないはずだ」
「そうですね、リサも賛成です」
リサもロゼッタに続く。
「リサも・・・いいの?」
「ジェイクを引き合いに出された時は確かに焦りましたが、その情報収集能力は大したものです。準備も周到。手段を選ばない所も気に入りました。経験もありそうですし、私達の傭兵団に必要な人材だと思います。後は目的が一致するかどうかですが・・・その辺はアルフィリースの判断にゆだねます」
「そうね・・・」
アルフィリースは一端黙って考え込んだが、彼女はラインをじっと見て考えた。ラインが優秀なのは良く分かった。だが、その人格についてはまだ判断しかねる。それに自分達の戦いに巻き込んでもいいものかどうか。今さらと言えば今さらだが、ラインが優秀なだけに自分達の中心となるならその責任や負担も大きくなると考えたからだ。その気になればいつでも団を離れられる仲間とはならないかもしれないのだ。
だがそんなアルフィリースの心中を察したのか。ラインが先にアルフィリースに声をかけた。
「なんだか抜き差しならない事情があるみたいだな。アルフィリース、話してみないか?」
「先ほどリサに言った言葉じゃないですが、聞いたら最後戻れませんよ?」
「そうなのか、アルフィリース?」
リサの言葉に、ラインがアルフィリースに向き直る。その目はいつになく真剣そのものだった。その目を見て、アルフィリースは腹を決めた。
「そうね・・・ライン、覚悟はあるかしら? 聞いたら最後、この団に入ろうが入るまいが、その身に危険が付き纏う事になるかもしれないわ」
「上等じゃねぇか、俺の人生なんざ綱渡りもいい所だからな。今さら危険が一つが増えようが、どうってことはねぇよ。剣を握った時から覚悟は決めてるんだ」
「そう、なら話すわ。心して聞いてね」
アルフィリースはオーランゼブル達の事をゆっくりと話し始めるのだった。
続く
次回投稿は、1/26(木)19:00です。




