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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第一章~平穏が終わる時~
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シーカーの里の戦闘、その5~ダルカスの森の惨劇~

微グロ注意


***


 時間は数日前に遡る。


「で、このエルフ達はどこに連れて行ったらいいんだ?」

「さあ? とりあえず、赤い紐がついてる木を目指して進めってよ」

「とか言って、もう3刻ぐらい歩いてるぞ? 日が中天を過ぎちまってる」

「しかも、俺達って森の中心部に向かってないか?」


 森を歩く鎧姿の男達が、不平不満を口々に言う。


「ボヤくな、紐が段々短くなってる。もう少しなんだろ」

「なんで赤なんだよ、見づらいじゃねえか」

「俺が知るか」


 先頭を行く男がなだめようと一瞬したのだが、すぐに口論に巻き込まれる。


「喧嘩するな。エルフを届けたら帰っていいんだし。それよりあのアホ王子の顔を見なくて済むかと思うと、せいせいすらぁ」

「ひでえ言い様だな、俺達一応親衛隊だぜ?」

「くじで決まったようなもんだ。第一王子か、第二王子がよかったよなぁ。あのアホ王子は宮廷じゃ相手にされてねぇじゃねえか」

「だから必死なんだろうよ。ちょっとでも功を上げようってな」


 兵士が唾を吐きながら、それに付き合わされる自分達の身にもなれ、と呟く。その男の肩を、別の男が叩いた。


「あのおつむの出来じゃ無理だろうよ。まだワラが詰まってる方がマシってもんだ。今回のことだって、誰の差し金かわかったもんじゃねえ」

「例の貴族じゃないのか? ほら、最近出世してきたっていう」

「あー、ここ2年くらいで宰相補佐になったってやつか。しかしなんでまたそこまで出世したのに、あのアホ王子に親切にするかね?」

「さあな。でもあのアホに限らず、全員に親切だぜ? 俺もよく声をかけてもらうしな。気取らなくて感じが良い奴ではあるぞ」

「貴族なのに珍しいな」


 がやがやと話をしながらダルカスの森を進む兵士の一団。全員で50人くらいだろうか。彼らはシーカーの森を急襲した後、生き残りのシーカーを連れて指示された場所を目指して進んでいる。エルフは全員後ろ手に縛られ、さるぐつわをされている。魔術の詠唱と印を結ぶ手を封じられては、さすがのシーカーでもどうにもできない。腕力はもともと人間よりもひ弱なくらいだし、鍛えてある人間の兵士の方がかなり強いだろう。非常に無念な思いにそれぞれが顔を歪めながら、兵士たちに連行されていた。


「まだかよー」

「いや、もう紐が相当短い・・・って」


 紐を確認していた先頭の兵士が何もしないのに、紐がするりとほどけた。それを見ていた兵士達の動きが一瞬静止する。と、不意に彼らは声をかけられた。


「・・・やっときたね・・・」


 兵士達が声の方を振り向く。そこには10歳程度の子供が立っていた。黒い髪をしており、なかなか整った美少年である。ただ表情に乏しく、とても冷たい感じがする。いつの間にここに現れたのか。だがそんな兵士達の疑問をよそに、子供はゆっくり彼らに歩み寄ってくる。


「おい、小僧。こんなところで何してる?」

「まさか、お前がエルフを引き取るってのか?」


 だが兵士の質問に全く答えるそぶりもなく、子供はシーカー達の品定めを始めた。その様子をただ見守るしかない兵士達。


「・・・確かにシーカー・・・品質も良い・・・これなら・・・」

「おい、ガキ! 俺達の質問に答えやがれ」


 兵士の一人が子供の肩をぐいとつかむ。が、


「あれ?」


 その兵士は目の前の光景が理解できなかった。自分の手が子供の体を通り抜けている、いや、埋まっているようにしか見えない。兵士には痛みも何もないが、とりあえず引き抜こうとするがびくともしない。それどころか、自分の手が子供に向かって沈んでいく。


「お、おい! どうなってんだ、これ」

「おい、皆。ザムの体を引っ張れ!」

「よしきた!」


 兵士たちは数人がかりでザムと呼ばれた兵士の体を引っ張るが、全く引き戻せない。それどころかますます沈んでいく。


「な、なんだこりゃあ?」

「おいガキ! やめねぇか!」

「くそっ!」


 たまりかねた兵士の一人が、ついに槍で子供の体を刺した。が、槍が少年の胸を貫いているのに、彼には全く動じた様子がない。そして、不思議な事に傷口から血すら流れない。それどころか、兵士を引きずったままシーカーの物色を続けている。


「・・・うん、合格だ・・・君もそう思うだろ?・・・」

「イイんじゃな~い? 美人がいっぱいだし、楽しめそうだよ~」

「・・・君はいつも女のことばかりだな・・・」


 どこからともなく、子供がもう一人現れた。見た目では同じくらいの年ごろか。今度もやはり髪が黒いが、こちらは随分表情が動く少年である。こちらは快活な外見をしている。無口な子供と、やたら口調が軽い子供。まるで周囲の兵士達がいないかのように、2人は勝手に振舞っている。


「1匹くらいボクにくれるんでしょ?」

「・・・それはやってみないとわからないな・・・」

「えー、じゃあ下手したら僕は働き損?」

「・・・そうならないよう善処するよ・・・」

「ほんとに1匹も回ってこなかったらどうする?」

「・・・その時は、次の君の仕事に手を貸すよ・・・」

「おー、それはいいねー。で、この余り者達はどうする?」

「・・・忘れてた・・・」

「ひどいなー。既に1人、キミにほとんど埋まってるんだけど?」

「・・・どうでもいいよ・・・」


 どうやら無口な方の子供は、完全に兵士達の存在が目に入っていなかったようである。その間にもザムと呼ばれた兵士はどんどん埋まってゆく。ザムを助けようと手を引く者、少年に槍を突き刺す者もいたが、少年は頭を刺されてもまるで気にかけている様子がない。


「た、助け・・・!」


 そしてついにザムの頭が埋まっていった。ザムは必至でもがいていたが、まるで底なし沼でもがくように全く状況は好転しなかった。頭が埋まってからは声は聞こえなかったが、その体が全て沈むまで必死にもがいているのがよくわかった。途中から周りの兵士達はこの光景に愕然とし、なすすべなく見守るだけとなった。シーカー達も余りの現実離れした光景に目を見開いている。いち早く危険を感じたシーカーは自分達を解放するよう兵士達に口を封じられながらも何とか訴えようと必死だが、兵士達は呆然自失で彼らの訴えを聞くどころではなかった。

 そんな全員が言葉を失くし静まり返る中、明るい方の少年は楽しそうに静かな少年に語りかけている。


「キミがどうでもいいならこの人間達、僕がもらってイイ?」

「・・・好きにすれば・・・」

「やったー♪ じゃあどうしよっかなぁ・・・君達はどうしたい?」


 くるりと振り返った子供が兵士達の顔を覗き込むように見回す。余りの異常な状況に全員の理解が追いついていなかったが、その内1人がはっと我に返り、反論しようと口を開く。


「ふざけ・・・」


 だがその兵士が反論することは永久になかった。なぜなら子どもが手をかざすと、ゴキリという鈍い音と共に、彼の首は言葉の途中で突然180度反対を向いてしまったから。


「あー、ダメダメ! 質問は一切認めませーん!」


 自分から意見を求めておいて、なんとも無茶苦茶な対応である。だがあくまで少年は明るく、軽妙に振舞っている。そして真っ青になっていく兵士達を尻目にしばらく頭をひねって考え込むと、何かを思いついたようにポンと手を叩いた。


「んー、ただ全員殺しても面白くないから・・・それじゃあ君達には最後の一人になるまで殺し合ってもらおうかな? ただし最後の一人は生かしてあげるよ。どう、これなら希望があるでしょ?」

「な・・・」


 全員が息をのむ。目の前の子どもは、とんでもないことを「おにごっこしようよ!?」くらいの感覚で言ってのけたのだ。あまりの状況に兵士たちは声も出ない。が、そのうち何人かはじりじりと後ずさりを始めており、ついに一人が「うわぁ!」という声と共にその場を逃げ出した、いや逃げ出そうとした。が、ゴキュッという音と共に、その兵士も先ほどの兵士と同じ末路を辿った。


「んー、それもダメ! 逃げるのも一切認めませ~ん!」


 子どもは手でバッテンを作り、首を横に振っている。ついに異常事態に精神がついていかなくなったのか、兵士達の中にその場にへたへたと座り込む者が出てきた。その様子を見て、子どもは実に楽しそうにニコニコしている。


「じゃあ、そろそろ始めたいと思うけど、皆準備はいいかなー? このゲームに対して意見がある人は今だけ質問を受け付けまーす! 10、9、めんどいから0! ・・・でも誰も質問はないみたいだね。じゃあ次にボクが手を叩いたらゲームを始めるけど、ゲームは本気でやらないとつまらないから、やる気のない人には問答無用で退場してもらいます。例えばこんな風に!」


 そしてへたりこんでいた兵士の一人の四肢がねじれ始めた。


「ぎゃああああ!」


 絶叫と、骨が砕ける嫌な音と共に絶命する兵士。その様子を見て、兵士達が悲鳴をあげ始めた。恐慌状態である。


「うわああああ!」

「助けてくれー!」

「い、嫌だぁぁぁ」

「あー、うるさいなぁ! 静かに!」


 さらに何人かが捻じれて絶命する。それを見て騒ぐことすら許されないと悟ったのか、兵士達がぴたりと静かになり、子どもの次の発言を待つ。その中で放つ子どもの声は、兵士達の頭の中に直接響くような韻律を奏でる。無邪気なのに暗く、明るいのに深い、とでも表現すればいいのか。その声色には、不思議な強制力と誘惑がある。


「大丈夫だよ、隣に立ってる友達を殺したら助かるんだから。簡単でしょ? じゃあ皆、用意はいいかな?」


 その声を合図に、恐怖に濁っていた兵士達の眼が血走り始める。もはや彼らに選択肢は用意されていない。そして1人が剣を抜くのをきっかけに全員が抜剣を開始し、先ほどまで愚痴を言い合っていた同じ親衛隊の仲間達に向き直った。


「いやー、全員参加なんてボク感動だよ! じゃあ、よーい・・・ぱん!」


 子どもが手を叩くと同時に森の中が阿鼻叫喚の渦に包まれた。友人同士が真剣な殺し合いを演じ、血飛沫が飛び交うその戦争より悲惨な光景を、シーカー達はなすすべもなく見守っていた。いや。というより、なぜか先ほどから目が逸らせない。それどころか、眼を閉じることすらできなかった。それもまた明るい少年が仕掛けたことなのだが、彼らにそれがわかったとて状況が変わるわけでもない。

 そしてしばらくの後。そこらじゅうが赤で塗りつぶされた森の中に、兵士が一人生き残っていた。剣を地面に刺し、支えにして言葉もなく肩で息をしている。その様子を見て子どもがパチパチと拍手をしている。


「いやー、おめでとう。キミが勝者です! 感想はあるかな?」


 だが、その兵士はガクガクと震えるばかりで、言葉を発することができるような状態ではない。むしろよく発狂してないといえる。彼は自分がやったことを理解すらしていないのかもしれない。だが、彼が悪夢を本当に見るのはこれからだった。


「そうかー、言葉にならないほど嬉しいんだね? やっぱり生かしてあげてよかったなぁ・・・あ、そうだ! キミにはご褒美をあげないとね!」


 子どもがパチン! と指を鳴らすと、周りから囁き声のようなものが聞こえ始める。どうやら声が徐々に大きくなっていくようだ。


「やっぱり友達って一緒じゃないといけないよね。ボクは親切だから取り計らってあげるよ、君達が永遠に一緒にいられるようにね」


 最初はその場にいた全員が言葉の意味をつかみかねたが、周囲の囁き声がはっきり聞こえ始めると、意味が理解できた。いや、結果から言うと理解できなかった方がよかったのかもしれない。そしてざわめきがだんだんと明瞭な意味をなす。


(どうして殺した・・・)

(お前が新米の頃からかわいがってやったのに・・・)

(俺達同期じゃないか・・・あんなに一緒につらい訓練を乗り越えたのに・・・)

(どうして俺を斬ったんですか? 先輩・・・)

(ここはどこだ? 俺はどうなった・・・?)


「ひ・・・」

「どう、キミに死んだ友人達の声が聞こえるようにしてあげたよ? 彼らは一生キミの傍にいてくれるから、これでもう寂しくないよね!?」


(故郷に帰ったら結婚する予定だったのに・・・)

(ごめんな、父ちゃん帰れないよ・・・)

(どうしてこんなことに・・・)

(お前! よくも俺を! 殺してやる、殺してやる!!)

(一人は嫌だよ・・・)

(お前もこっちに・・・!)


「う、うわぁぁぁぁああああああああ!!」


 そしてついに生き残った兵士も正気を手放した。そして周囲の血だまりが動いたかと思うと、ゆっくりとその兵士を取り込んでいく。そしてそのまま地面に沈んでゆき・・・後には血の跡すら残らなかった。その余りにもむごい結末を仕掛けた当の少年は、心底楽しそうである。対して、静かな少年は呆れたようにその光景を見ていた。


「・・・面白い・・・?」

「いやー、面白いね! だって、どこの場所でやっても人間の反応は同じで、すぐに壊れちゃうからさ! まったくもって、脆い種族さ」

「・・・だったら飽きるんじゃない・・・?」

「そうでもないよ、同じようでも微細に違うしさ。その違いがなぜ起こるか検討するのが楽しいんだよ!」

「・・・どうせ検討なんてしてないくせに・・・」

「あっは! ばれちゃった?」


 もう一人の少年はこれまた心底興味がないようだった。その光景とやりとりを見ていたシーカー達は嫌悪感や憎悪を通りすぎて、もはやカタカタと震えるだけである。中には既に気絶している者も多い。そのシーカー達を振り返り、少年が明るく語り始めた。


「あー、ごめんね。びっくりしたよね? でも安心してね、次はキミたちの番だから。やっぱりこういうのは、順番だもんね?」


 もはやそのセリフを聞いてもシーカー達には逃げる気力すら湧かない。涙を眼に浮かべて首を横に振り、助けを請うばかりである。だがそんなシーカー達の様子を無視して、さらに少年は続ける。


「それに彼らを憐れむ必要はないんだよ? ・・・ここだけの話、あの無口な彼のセンスは僕なんかじゃとても追いつかなくてね。今から君達の身に起こることは、こんな光景がそれこそ子どもだましに見えるくらいすごいと思うよ? まあ僕は実際子どもなんだけどね!! ともあれ、なんせ彼はキミ達を生きているとか、感情があるとか認識してないから。次に眼が覚めた時に期待しておいて。それじゃあ素敵な悪夢を。アハハハハ・・・」


 声にならない言葉を発しようとするシーカー達に気を遣う様子もなく、子どもが手をかざすとシーカー達は全員眠りに落ちた。その後、彼らを見た者はいない。



続く


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次回投稿は11/7(日)9:00です



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