冬の訪れ、その9~ラインとリサ~
「やれやれ、相変わらずの男だ。起きているんだろう?」
「ああ、もちろんだ」
ダンススレイブの言葉に、酔いつぶれいていたはずのラインがむくりと起きる。
「とりあえずお前の目論見通りアルフィリースの傭兵団には居つけるかもしれないが、アルフィリースには嫌われたんじゃないか?」
「だが俺の腕前は団員も知るところとなったからな、そう簡単にクビにはできんさ。それに、多少嫌われていた方がこの団を去る時に便利だろう?」
「多少どころの嫌いようではなかったと思うが」
ダンススレイブがため息をつく。
「もう少しやりようはなかったのか。いかにアルネリア教を・・・」
「ちょい待った、ダンサー。・・・そこの口の悪い小娘、出てきな」
「やはりただのニブチン野郎じゃないですか」
影からすっとリサが出てくる。その姿にぎょっとするダンススレイブ。彼女もまた、全くリサの存在に気が付いていなかったのだ。
「いつからリサに気がついていたのです?」
「最初からな。俺に気付かれたくなけりゃ、ここの敷地内に入った時から気配は消しておくんだな」
「なるほど、覚えておきましょう」
「それにしてもなぜ俺を見張っていた?」
「聞き慣れぬ心音でしたので、確認のために寄ったのです。また呼吸音が睡眠中の物とは全く違いました。それで寝てないと疑ったのですが、どうやら当たりだったようですね」
「なるほど、そこまで気を配った事はないな。どうやら嬢ちゃんはセンサーとして、一皮剥けたみたいだな」
「お褒め頂きどうも」
リサが大仰にお辞儀をして見せたが、その目は全く笑っていなかった。それはラインもまた同じである。二人はしばし相手の出方を探るように睨みあったが、やがてリサから口を開いた。
「で、先ほどの話の続きをしたらどうですか」
「何の事かな?」
「アルネリア教がどうたらという話です。リサにもよければ聞かせて欲しいのですが」
「やなこった。お子様に聞かせるにゃ、ちょっと刺激の強い話でな」
「ほう。それは××が○○を△△△しちゃうくらい刺激的な話ですか」
「な、な、な・・・」
リサのあまりに唐突かつ破廉恥な発言に、むしろダンススレイブが赤面していた。ダンススレイブもこういった隠語には慣れていない。ラインも多少顔はしかめたが、すぐに彼は元の軽い男を装った。
「なんだ欲求不満なのか、嬢ちゃん。だがその貧相な胸じゃ、俺が相手にするにゃ5年早いな」
「誰があなたなんかに相手をしてほしいですか、このウスラトンチキ。100回死んで生まれ変わって、やり直してこいです、この短小」
「な、たんしょ・・・」
「100回程度でいいのか?」
ダンススレイブがくすくす笑いながら突っ込んだので、リサは楽しそうに便乗した。
「じゃあ1000回で。もう一回最初から言い直しますか?」
「いや、いい。なんとなく心が折れそうだ・・・ガキにそういった事を言われるのはなんだかつらいな」
「でしょう? もちろんリサはそこも計算済みです。精霊の様な美少女に汚い言葉で罵られるのは、色んな意味でつらいでしょう?」
「この悪党め。どんな育ちをしやがった」
ラインが悪態をつくも、リサは平然と受け流した。だがラインは何かを覚悟したように、頭をばりぼりと掻き始めた。
「んー・・・しゃあねぇな。どうやらごまかしきれる相手じゃなさそうだ。聞いてもらうとするか」
「いいでしょう、このリサの前でゲロするのです、さあ・・・?」
リサがいつもの調子でそこまで言った時、ラインの手元にはいつの間にか剣がいつでも抜ける体勢で握られていることに気がついた。ラインはセンサーである自分の虚をついて握ったことになる。それを見て、リサは初めて目の前のラインに脅威を覚えた。
「(この男!?)」
「さて、嬢ちゃん。今さら青ざめたって遅いぞ? ここから先の話を聞いたら選択肢は二つだ。黙って俺に従うか、痛い目見てから従うか」
「従うしかないのですか?」
「愛しのジェイク坊やがどうなってもいいのならな」
「!」
リサの表情が今度こそ真っ青になった。リサは怒りと、そして得体の知れない恐怖を相手に覚え始めていた。
「何のことでしょうか?」
「若いな。とぼけるんなら、表情まで完璧に隠さないとだめだ。たとえ愛しい人間が目の前で嬲り殺しにされようがな。それができねぇなら、殺し殺されの世界で大切な人間なんぞ作るんじゃねぇ。お前、この世の中を舐めてるだろう? 少なくとも、自分がなんとかできる範囲ってのを誤解しているな」
「あ、あなたに言われたくは・・・」
「俺こそ、お前みたないガキに言われたくねぇんだよ。それなりに修羅場はくぐってきたつもりかもしれねぇが、修羅場の種類も数も俺とは違う。まだまだひよっこだよ、お前は。一人じゃ何にもできねぇくせに、得体の知れない俺の前に、大した準備もなくのこのこと現れた。もし俺が魔王とかだったらどうすんだ」
「な、なぜその言葉を・・・はっ」
リサは動揺のあまりしまったという表情をしたが、既に遅かった。これはラインのかまかけだったのだ。ラインがニヤリとする。
「可愛いな、お前さんは。俺がここに来るまでに、何の下調べもせずに来たと思ったのか? お前達の事情は、俺も大方知っているんだよ」
「な、なぜ・・・そうか。カザスですね?」
「そういうことだ。あの先生は元々俺の雇い主で、お前達よりも俺とのつながりの方が強い。だからミーシアの酒場で再会した時、親切丁寧にお前達の事を色々と話してくれたよ」
「なるほど、口の軽い男でしたか、あれは。で、あなたの目的はなんですか?」
「話が早いのは助かるな。いくつか確認したいことがある」
ラインは懐から何やら取り出すと、リサの前に置いた。
「お前さん、金属系の探知はできるセンサーかい?」
「やったことはほとんどありませんが、何の金属かの判別くらいは」
「十分だ。これと似た金属を、この都市で見かけたことはあるか?」
リサは金属を手に取って調べてみたが、彼女が感じたことのない感覚であった。
「いえ、残念ながら。リサの人生で触ったことのない金属だと思います。これが何か?」
「こいつは中原で暴れてた連中の装備の一つだ。ヘカトンケイルって傭兵団のな。聞いたことはあるか?」
「中原の情勢はなんとなく聞いたので、いくらかは。たしかクルムスが雇い入れてた傭兵団ですね。それが何か?」
「あいつらは人間じゃない」
ラインの言葉に、リサが首をかしげた。
「人間ではない。ならばなんだと?」
「知らん。だが異形の者であるのは確かだ。俺はクルムスで何体も異形の者にでくわした。そいつらを追いかけて、この都市に来たんだ」
「聖都と呼ばれる、このアルネリアが怪しいと?」
リサの質問に、ラインは急に歯切れが悪くなった。話そうかどうしようか、迷っている風でもある。
「いや。この都市は、というよりアルネリア教会は前から怪しいと思っていた。ただの慈善団体でありながら、あの資金はどこから出るのか。また武器なんかはどこから提供されているのか。大戦期ほどの戦力は保有してないが、それでも大陸有数の精鋭を抱えていることには違いない。神殿騎士団団長のアルベルトは大陸でも5本指に入るって評判だしな。
ちょっと考えりゃあ、アルネリア教会なんて怪しいとこだらけだろ。各国首脳陣だってそう思っているはずだぜ」
「ほう、各国首脳陣に知り合いが」
「さて、どうかな」
リサの鋭い指摘も、ラインはなんなく躱す。二人は互いに舌打ちをしたいような気分になった。再びラインが口火を切る。
「とにかく、ここにくりゃ何かわかるんじゃないかと思ってな。そうしたら中央街道で、アルフィリースがアルネリアに傭兵団を作ったとかいう噂を聞くじゃねぇか。こりゃなんか裏があるなってんで、来てみたというわけさ」
「なるほど。要するに、敵と思しき連中がいるがその足取りがいまいち掴めないと。なので元々怪しいと思っていたアルネリア教会にわらをも掴む気持ちで来てみたら、知り合いの傭兵がいたので、ここから切り崩しみるかと思い立ったと」
「まあ・・・そうとも言うかな」
「もっと略せば、女の尻、いや、胸を追っかけて来たと」
「いや、それは違うだろ」
「だ、そうですが。アルフィ?」
リサの声に、突然何も無い所からアルフィリースが出現した。その後ろにはラーナ。それどころか食堂の各所にはエアリアルやロゼッタ。さらにはダロンなどもいる。ラインはぎょっと目を見張って周囲を見渡すのだった。
続く
次回投稿は。1/24(火)19:00です。




