冬の訪れ、その7~喧嘩~
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「何が起こっているのかしら・・・あ、エアリー」
「アルフィか」
アルフィリースが階下の食堂に辿り着くと、喧騒の中心は外に動いていくところだった。エアリアルはそれを椅子に座ったまま見つめていたのだ。
「エアリーは状況がわかる?」
「ああ。傭兵達が食堂でくつろいでいると、女連れの男が入ってきた。どうやら入隊希望だったようだが、女はあまりにも艶やかで男があまりにもみすぼらしかったからか、傭兵達が男をからかったんだ。だが男は取り合わず、『アルフィリースを出せ』と言った。傭兵達は相手にされなかったことと、自分達の団長を名指しにしたことで男に絡んだが、男は理由も述べずアルフィリースに会わせろの一点張り。業を煮やしたグラフェスが胸倉をつかんだが、男は反射的にグラフェスを投げ飛ばした。そこから喧嘩となったが、男はグラフェスを簡単にのしてしまい、面白がったロゼッタが一騎打ちを申し込んで外に出て行ったところだ」
「まさか真剣で!?」
「いや、さすがに練習用の木剣だがな」
「それでも大変よ! ロゼッタなら木剣でも殺しかねないわ」
アルフィリースが慌てて外に出て行こうとするのを、エアリアルが腕をつかんで止めた。びっくりして歩みを止めるアルフィリース。
「何?」
「アルフィリース、やらせてみたらどうだろうか」
「ええ? だってそれじゃ・・・」
「我の見立てでは互角だと思う」
エアリアルが力強く言い切ったので、アルフィリースはまたびっくりしてしまった。
「ロゼッタと!? そんな・・・」
「強い奴の匂いがした。我もどうなるか見てみたいし、ロゼッタがやられたら我がやってみたい」
「う、うーん・・・」
アルフィリースが悩む間にも、外ではわっと歓声が起きた。既に戦いは始まっているのだ。アルフィリース達は後を追うように外に駆け出していく。
そして外に出たアルフィリースは適当な人間を捕まえて様子を聞いた。
「どうなってるの?」
「あ、団長! 今始まったんですが、ロゼッタの姉さんが苦戦していて」
「ロゼッタが苦戦?」
アルフィリースは信じられないといった様子で人をかき分け、戦いがよく見える位置に出た。そこでは既にロゼッタが戦っていたが、確かにロゼッタの剣は虚しく空を切っていた。
「こいつ! 男のくせにちょこまかと!」
「お前さんの剣がトロいんだろ?」
「野郎っ!」
ロゼッタが怒りにまかせてさらに踏み込む。だがそれでも彼女の剣はフードをかぶった男にかすることもなく、むしろより踏み込んだ時にロゼッタは剣を払われてバランスを崩し、地面にへたり込む形になってしまった。大勢の前で恥をかかされて、さらに怒り心頭になるロゼッタ。そこに男がさらに追い打ちをかけるように、小馬鹿にした発言を取る。
「いいケツしてんな、姉ちゃん」
「こ、こ、この野郎~。おい、誰でもいい! アタイの大剣持って来い!」
「いけない」
アルフィリースはロゼッタが本気になったのを見て、彼女を止めに入る。大剣が運ばれてくるのと、アルフィリースがロゼッタの元に駆け寄るのは同時だった。
「ロゼッタ、これ以上は殺し合いになるわ。やめなさい」
「アルフィ! ここまでコケにされて、引っ込めるかっての! 心配すんな、殺さない程度に痛めつけるだけだからよ!」
「そうだぜアルフィリース、こんなのただの乳繰り合いみたいなもんだ。心配するなよ」
アルフィリースは聞き覚えのある声に、嫌な予感がして眉をひそめた。
「その声、その下品な物言い・・・さては」
「俺だよ、俺」
「・・・私は『俺』なんて人に知り合いはいません。ダロン、つまみ出して」
「いいのか?」
ダロンがずいと前に出る。すると俄かに男が焦り始め、フードを取った。その容姿はひげも剃っておらず、髪も伸びっぱなしであった。いうなれば、むさ苦しいのである。だがその顔はアルフィリースが見知った顔であった。
「おいおい! 俺はラインだっての、もう忘れたのか? あんな熱い夜を・・・」
「いや、過ごしてないから。おかしいのは顔だけにして頂戴。頭まで沸いてたら、もうゴブリンとかの方がマシだから、本気で」
「ひでえ!」
「だから私が何度も言っているだろう、普段の行いが悪いせいだと」
遠巻きに見ていたダンススレイブがラインを冷やかす。男が今度はアルフィリースを無視してダンススレイブと言い合いを始めたが、ロゼッタの怒りはさらに段階を上げるのだった。
「おい! アタイを無視してんじゃないよ!!」
「ん? ああすまん、忘れてた」
「・・・本当にいい度胸だ、アンタ。死んだよ?」
「いや、死にたくはないけどな。俺としてはアルフィリースに話があっただけだから、もう戦いはどうでもいいんだが」
「私はあんたがどうでもいいわ」
「いや、そこは話を聞けよ」
アルフィリースがさらりとラインが振った話を却下したので、ラインが思わず突っ込みを入れてしまった。
そしてますますロゼッタは腹を立て、ついに彼女はアルフィリースの制止も無視して剣を振い始めた。
「死ねぇ!」
「ちょっと、ロゼッタ。手加減は!?」
「やれやれ、しょうがねぇな」
猛然と襲い掛かるロゼッタを、ラインはむさくるしい様子に似合わずひらひらと躱す。最初は激高していたロゼッタも、戦う内に徐々にその熱が冷めていく。
「(こいつ・・・!)」
「大したもんだな。それだけの大剣を振り回して動いても、息が切れねぇなんて」
ラインはロゼッタとの距離を保ちながら、悠然と構えて見せた。そしてラインの力量を察したのか、ロゼッタが今度は冷静な声でラインに話しかける。
「アンタ、まだ木剣じゃねぇか。真剣に変えないのかい?」
「んー・・・いや、このままでいいや」
「なぜ?」
「多分、打ち合う必要がないから、かな」
ラインの言葉に、今度のロゼッタは激昂するのではなく逆に冷や汗を覚えた。木剣で自分を制することができるという意味か、あるいは剣筋を見切られたという意味か。だがどちらにしても、その言葉がどうやら冗談交じりの調子とは裏腹に、真実を述べているような気がしてきたのだ。
そしてロゼッタは我流ながらも自分が本気で打ち合う時の構えを取った。横払いの構えから剣先を地面にあたるように後ろに下げ、居合いのような構えにしたのだ。ロゼッタの知る限り、一刀限りなら最速の彼女の剣技だった。
それに対し、ラインはゆったりと剣を正眼に構え直した。その瞬間、ロゼッタの背筋にぞくりとしたものが走る。
続く
次回投稿は、1/21(土)20:00です。




