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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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冬の訪れ、その6~フードの男~

 場所は再びアルネリア。ヒドゥンはアルネリアはずれにある、荒れ地とも言える場所の近くに来ていた。ここは荒れ地が見える、民家の影である。


「マスカレイド、いるか?」

「ここに」


 民家の中から、窓越しに女がヒドゥンに話しかける。女は洗濯物を畳みながら、いかにも家事をしている様子に見えた。


「遅かったのですね」

「すまんな。私とてこの結界の中に入るまで、結界の継ぎ目の変化の法則を見つけるまでに随分と時間がかかった。そうでなくては、安全には入れなかったからな。ミリアザールも厄介な結界を作ってくれたものだ」

「本当に。ドゥームの襲撃は必要だったとはいえ、予想以上の警戒のされ方では?」

「いや、ミリアザールが予想以上に慎重なのだ。やはり奴は一筋縄ではいかんよ。その戦闘能力よりも、よく回る小賢しい頭の方が厄介だ」


 ヒドゥンは苛立たしさを隠さないかのごとく、爪をカチカチと噛んでいた。ヒドゥンが苛立つ時によくやる癖である。


「それで貴様の首尾はどうだ?」

「私ですか? 言われた事は忠実にやっていますがね。疑われないために結婚までしちゃいましたよ、私。多少美人の顔を使いすぎたでしょうか」

「構わん。疑われないためには、潜伏した土地の者と共に暮らすのがいい。結婚も常套手段の一つだ。ちゃんと愚鈍な男を選んだのだろうな?」

「ええ。阿呆ですよ、はっきり言って。私を阿呆なくらいに一直線に愛しています。たとえ阿呆でも、あそこまで思われると女として悪い気はしませんね」

「情が移ったか?」

「まさか」


 マスカレイドは「冗談でしょう?」とでも言わんばかりの声の調子で否定した。だがすぐにその声を元に戻す。


「私はスコナーと言われ、蔑まれた一族の復興のために動く女です。それを貴方が約束してくれる限り、私の最優先は一族です。まだお疑いか? なんならここで貴方相手に股でも開いて、不倫しましょうか?」

「いらん、時間の無駄だ。お前の忠誠心は疑わないが、妊娠ともなれば身動きが取れなくなるだろう。その点だけは気を付けろ」

「まあ決行の日取りだけ間違えないでくれれば、例え妊娠していてもなんとかしましょう。それより、アルネリアの400周年祭には間に合いそうですか?」


 マスカレイドが無表情に訪ねる。ヒドゥンは誰に見せるわけでもなく、頷いている。


「ああ。ドゥームの襲撃があったせいで、大陸平和会議が一年ずれてくれたからな。思ったより例の現象の進行が早いせいで、私達も予定を前倒しせざるをえなくなった。そのせいで無理のあるアルネリア襲撃や、各地での破壊活動が目立つ格好になってしまった。本来ならもっと静かに事を起こして行きたかったのだがな。オーランゼブル様としては、せめてアルフィリースはこちらに引きこんでからの決行にしたかったようだが」

「あの傭兵の女ですね。最近では傭兵団まで作って、何やら色々とやっているようですが。あの女は、そこまで我々が気にかけるような存在なのですか?」

「さて、それは私も詳しく知らない。だがそのためにオーランゼブル様は大層な仕掛けをしていたが、ミーシャトレスという占い師と、アルドリュースという男のせいで台無しになったと。帳尻はなんとか合わせたが、これ以上妨害されないようにその占い師は先ほど私が殺しておいた」

「なら安心ですね。後の障害は・・・」

「ノーティスとシュテルヴェーゼの動きは不確定だが、我々の邪魔をするとは考えにくい。また邪魔をしたとしても、こちらにはブラディマリアがいる」

「なら、残るは古竜くらいですか。真竜とは休戦協定を結んだのですものね」

「他にはゴーラくらいか。だが五賢者一人で何ができよう。その気になれば、ティタニアかドラグレオを派遣すればグルーザルドごと崩壊させられる。さして脅威にもならぬな」

「オリュンパスは?」

「動く気配はない。元々何を考えているのかわからん奴らだからな。不気味と言えば不気味だが。一説によると、ライフレスに勝るとも劣らぬ魔術士が何人かいるとかいないとか。あまりにも非現実的な噂だがな」

「そうですね。あんな化け物がそうそういてたまるものですか、と」


 マスカレイドがぱん、とタオルを広げた。そして慣れた手つきで畳んでいく。もはや完全に主婦の所作が身に付いている彼女だった。

 そんな彼女が取りこんだ洗濯物を畳み終わると、ベッドの上で座っていた体を起こす。


「さて、これからの連絡方法はどうします?」

「そうだな。このアルネリアには他にも潜伏している者があと二人いる。一人はブラディマリアの部下、ユーウェイン。奴はどうやらブラディマリアと魔術を介さない念話ができるようだ。だからこれからの連絡は奴にやってもらおう」

「ならなんでアルネリアに潜入して・・・ああ、ミーシャトレスを殺すためですか」

「そういうことだ。私の暗殺リストには名前が多くてな。潜入してこなす仕事もあるし、時間が惜しいのだよ」

「じゃあさっさと行ってください、ここは私がなんとかしておくので。お人好しのシーカーのお姫様にも良くしてもらってますし、不便はありませんよ。彼女もシーカー内でも発言権が日に日に大きくなっていますし、これからシーカー達はどんどん社会進出するでしょう。それにどうやら、アルフィリースの傭兵団にも人を出すようですからね。これから私はますます動きやすくなるでしょうよ」

「なるほど、事態は我々に良い方向に傾いているようだな。それを聞いて安心した。ではここは任せるぞ」

「ええ、任せちゃってください。ユーウェインと組んで上手くやっちゃいますから」

「ああ、そのユーウェインだが・・・」


 ヒドゥンが何かを言いかけたが、マスカレイドが口に指を当てて制した。


「わかっています。人の部下は信用するな、でしょう?」

「わかっているようだな。ならばいい」

「ああ、最後に一つだけ。もう一人の潜入者を私は聞いていませんが、誰なんです?」

「気にするな、奴は潜入工作ができるような類いの人間でもないし、また別の目的で潜入している。こちら側の計画には組み込めんよ」

「だから結局誰なんです?」

「それはな・・・」


 ヒドゥンが唇だけを動かしてマスカレイドに教えた。マスカレイドはその名前を聞くと、ヒドゥンの言い分を納得したようだった。そして同時に少し冷や汗を覚えたような気分になった。潜入するには大物すぎないか、だいいちどうやって潜入したのか。それがマスカレイドが抱いた疑問だった。


***


「ううっ、ぐすん」

「泣いても仕事は減りません! さあ、きびきび働く!!」

「ううっ、誰か助けてぇ・・・」


 傭兵団の拠点に帰ったアルフィリースは、案の定エクラに泣かされていた。その仕事場所にアルフィリースをねぎらう為、エメラルドとイルマタルを伴い、ラーナがお茶を入れてきた。


「さあさあ、働き過ぎは体に毒ですよ。休憩しませんか?」

「ああ、ラーナが女神に見える!」

「らーな、めがみ?」

「めがみ~」


 後に続いたエメラルドとイルマタルがラーナの言葉に反応して、手をつないでくるくると回って見せる。


「くっ、余計な事を」

「フェンナさんからよいお茶菓子の差し入れがあったのです。なんでもシーカー秘伝のお茶だとか。これは食べない方が失礼にあたると思います」

「そうそう、全くその通り! エメラルド、イル。こっちにいらっしゃい」

「「は~い!」」


 アルフィリースに呼ばれて二人は嬉しそうに彼女の元へ駆け寄って行った。ご機嫌のエメラルドは自慢の歌を高らかに歌い、イルマタルは夢中でお菓子を食べていた。イルマタルは最近アルフィリースが傍にいないせいでご機嫌斜めだったので、久しぶりに足るほど甘えて満足気に眠り始めるのだった。そしてエクラは仕事が進まないことに苛々しつつも、片肘をつきラーナに愚痴をこぼしながらエメラルドの素晴らしい歌声を楽しみ、茶菓子をぱりぱりと食べているのだった。

 そうして休憩にしては長すぎる一時を過ごした後、アルフィリースさらに不機嫌になったエクラに追い立てられるように仕事を続けるのだった。そうしてそろそろ食堂の晩御飯が尽きかけという報告を聞き、アルフィリースとエクラが下に降りようかとの話を始めた頃、下の食堂で普段よりも騒がしい声が聞こえてくる。


「何かしら、エクラ?」

「さあ。食堂の落成式はこの前やりましたし・・・新しい人員の歓迎会もこの前終えたはずです。確かに最近また人数が増えましたが、特に飲み会や歓迎会をするとの申請は受けていませんが」

「え、申請しないと飲み会できないの?」

「アルフィは彼らの騒ぎっぷりを知らないからですよ。五月蠅くって眠れやしないです」

「あのくらい普通だよ~」

「私は眠れないんです!」


 エクラがぷりぷりと怒りはじめたので、アルフィリースはそれから先は何も言わなかった。エクラの口の達者ぶりは普通ではなく、一つ口答えすると五も十も帰ってくる始末だった。なのでアルフィリースは最近では何も口答えしないのが一番だと気づき始めていた。なんとも情けない話ではあるかもしれないが。騎士育ちのエクラには、傭兵達のかしましさはまだ慣れないのかもしれない。街道の通常の宿屋は酒場の二階などに部屋がある場合もあるので、多少の喧騒程度で眠れないと、あっという間に睡眠不足になるのだ。

 だがアルフィリース達が最後の仕事を片付ける間にも、下の階の喧騒は大きくなっていた。そしてそれがどよめきに変わった時、アルフィリースとエクラは顔を見合わせるのだった。


「エクラ、これは」

「さすがに見に行った方がいいかもしれませんね。仕事がなんとも中途半端ですが、仕方ないでしょう」


 アルフィリースとエクラが同時に席を立った時、戸をノックと同時に開ける人間がいた。ロイドである。


「団長、いいか?」

「下で何が起こっているの?」

「下に入ってきた野郎にグラフェスがのされた。それで今ロゼッタが対応しているんだが、喧嘩になりそうだ」

「それは大変だわ。ロゼッタが相手じゃ怪我じゃ済まないかも」


 アルフィリースは予想外の事態に、エクラと共に足早に下に降りるのだった。


続く


次回投稿は、1/20(金)20:00です。

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