冬の訪れ、その5~解放~
「やったの?」
「ドゥームか」
ヒドゥンの後ろの影が盛り上がり、少年の形を成す。ヒドゥンの呼ぶ通り、彼はドゥームであった。
「ああ、じきに死ぬ」
「偉大な魔女らしいじゃない、このババア。魔王の材料にするんでしょ?」
「目だけな。私はこれから話す相手がいる。一度この場を離れるが、貴様はここで待機しろ」
「ほーい。まああんたがいなけりゃそこら中結界だらけのこの街じゃ、動くこともままならないからねぇ。早く帰ってきてよ?」
「言われずともな。この街に潜入するのは私でも容易ではないのだ。用事さえ済めばこんな場所、さっさと出て行くさ。私は忙しいのだ」
「それはこっちも同じ。でもあの男は殺したんでしょ?」
「他にも仕事が山積みなんだよ。大雑把なお前達ではできない仕事がな」
「言ってくれるじゃないの」
ドゥームはへらへらしながらヒドゥンを見た。だが、その目は決して笑っていない。ヒドゥンもまたドゥームを睨みつける。ドゥームに後れをとるつもりは全くないヒドゥンだが、彼の存在はなんとなく初めて見た時から気に食わなかった。どうにも不吉な予感が拭えない相手なのだ。
「まあいいや、ここで待ってるからさっさと終わらせてきて」
「ああ、四分の一刻もかけず戻る」
言うが早いか、ヒドゥンの姿は掻き消えた。闇や影と同化できる自分より潜伏の上手い人間だと、ドゥームはそこだけは素直に感心するのだった。
そして残された場所には、ドゥームとその足元で血を吐きながら横たわるミーシャトレス。その彼女を見ながら、ドゥームはいいことを思いついたように手を叩いた。
「そうだ! どうせやるんだから、活きのいいうちに魔眼を取り出した方がいいよね? じゃあ生きているうちに、ちょっとその目をいただこうか。じゃあ婆さん、目をくりぬきやすいようにちょっと上を向いてくれないかな」
ドゥームはそう言いながら、足で蹴飛ばすようにミーシャトレスを仰向けにした。そしてその顔を覗き込むようにしゃがむ。
すると、ミーシャトレスが何やら口をぱくぱくさせているので、ドゥームは興味本位から耳を近づけて見た。
「婆さん、何よ」
「・・・これ・・・を・・・」
ミーシャトレスが何やら懐に手を入れようとしているので、ドゥームは荒っぽく衣服を破いてそれを取り出した。
「婆さん、これか?」
ドゥームが手に取ったのは、黒く小さな香炉のようなもの。ドゥームの手の大きさで握り込めるほどのその香炉を、ドゥームがまじまじと見つめる。
「なんだこりゃ? 婆さん、これが何か・・・」
「・・・これで、いい・・・最後の一手・・・」
「おい、ババア? なんだ、死んでやがる・・・うわっ!」
ドゥームがミーシャトレスの死を確認した直後、その香炉が黒い光を発する。そしてその光が収まると同時に、その場にオシリアが現れた。
「ドゥーム、どうかした?」
「・・・・・・すげぇすっきりした気分だ。そうか。オーランゼブルの野郎、この僕を洗脳していたのか。マジでムカつくね。どうしてやろうか、あいつ・・・普通に殺すんじゃ物足りないな」
「ドゥーム、正気に戻ったのね」
ドゥームが物騒な事を言った瞬間、オシリアが彼に抱きついてきた。その様子にびっくりするドゥーム。
「おいおい、どうしたんだ? まさか、オシリアは僕が操られているって知ってた?」
「ええ、私に魔術の類いは効かないから。でも言ってもどうしようもない事だから言わないでおいたわ。下手に言うと、もっと束縛をきつくされる事も考えられたし」
「なるほど、それをこの婆さんが解いてくれたのか。感謝しなきゃね、このババアには」
だがドゥームはさらに強くミーシャトレスの体を蹴飛ばした。それも、実に楽しそうに。
「本当に感謝しているのかしら?」
「感謝しているさぁ! だって、このボクが暇つぶしとはいえ、この婆さんを切り刻むのを諦めたんだから」
「私が来たからじゃなくて?」
「あっは、そうとも言うね!」
ドゥームがオシリアにキスしようとしたが、その首はオシリアによって180度曲げられた。そしてドゥームがその首を直しながら、つれないオシリアの後を追おうとする。
「待ってよ、オシリア。僕はここから動けないんだよう」
「私は動ける。私にあらゆる魔術は効かないから。だから聖属性の魔術や結界も関係ないし、アルネリアへの出入りも自由」
「便利だなぁ、オシリアは・・・そうだ、いい事考えた!」
ドゥームは必死に首を伸ばして、オシリアの耳元でひそひそ話を始めた。その言葉に、オシリアの赤い瞳が輝き始める。そしてドゥームの話が終わると、オシリアはドゥームの首をねじ切らんばかりの勢いでその頭を引きよせ、口づけをした。
「やっぱりあなた、最高だわ」
「・・・できればキスは優しくして欲しいね」
「そんな事より、準備はどうしたらいいかしら? 最近集めた遺物で足りる?」
「いや、まだ欲しい物がある。この香炉みたいなのが多分<解珠>ってやつだから、後2つは欲しい。さしあたって、<竜の涙>と<眠りの丸薬>は最低限必要だね。後はオーランゼブルの弱点も知りたいけど・・・」
「私、知っているわ」
オシリアがさらりと言ったことに、ドゥームがぎょっとする。
「本当に!? なんで知っているのさ」
「いずれこう言う時が来ると思って。私もあいつは気に入らなかったから、いずれ奴を困らせようと思って探っていたの。私には魔術が効かないから、彼の仕掛けた思考誘導魔術の罠や認識阻害の魔術も無視して、彼の工房への潜入を果たせたわ」
「なるほど、それは奴にとっても盲点だったろうね。それで彼の弱点は?」
「耳を貸して」
オシリアが語った内容を聞いて、ドゥームの笑みが段々と邪悪な物になっていく。そして、彼は全てを聞いた後、身をよじって笑いをこらえ始めた。
「な、なんだそりゃ! あいつにそんな弱点が?」
「そうよ、所詮生き物ってことね。私達とは根本的に違う」
「なるほどなるほど、なーるほど。それなら話は早い。前に集めた遺物の組み合わせで面白いことができそうだ。後は欲しい物の入手法だけど・・・」
「それも私に当てがあるわ。あの場所を利用するのよ」
「あの場所・・・?」
ドゥームが悩む事10秒。彼は何かを閃いたように、顔を輝かせた。
「なるほど、それは可能性が高いね! それに上手くすれば・・・一石三鳥でも四鳥でも狙えるじゃないか!!」
「どういうこと?」
「実はね・・・」
ドゥームがオシリアに耳打ちを始め、再び盛り上がる彼ら。彼らの悪だくみは尽きる事を知らないのだった。
***
「お母様!」
「どうしましたか、私の愛し子」
髪の毛からつま先に至るまで全身白の女の子が、同じように全身白の女性に飛び付いた。少女は女性を母と呼び、力の限り抱きついた。
ここは光に包まれた神殿の中。暖かい日差しの中、天井まで透明な建物の中は、容赦ないほどの眩しさに包まれていた。地面に薄く水が張ってあるのも目が眩む要因だろう。だが、女性二人は非常に居心地がよさそうに、その中で戯れていた。
二人とも身分の高い女性なのだろうか。傍には女官らしき人間達が何人も控えていた。ほぼ裸の様な薄い絹に身を包んだ彼女達は、これまた透き通るように肌が白く、とても美しい女性達だった。中心の母子程には白さはないが、幾分か色素をもつだけに中心の二人よりはまだ人間的に見えたかもしれない。それだけ中心の二人は非人間的なほどの輝きを放っていた。はしゃぐ二人とは対照的に、女官達は等間隔で座り、また平伏したままぴくりとも動かない。まるで石像のようでもあったが、胸が微かに上下している事を考えれば彼女達の心臓は間違いなく動いているのだった。
その一種一枚の絵画の様に美しくまた幻想的な光景の登場人物が、その雰囲気に似合わぬ物騒な発言を始める。
「お母様。やっと死んだわ、あの忌々しい裏切り者のババアが」
「うふふ。ついに死んだの、あの婆さん。100年以上も逃げ延びて、本当にしぶとかった事。死んでせいせいしたわね」
「でも感謝もしてるわ、私。だって、あの人のおかげで黒いお姉ちゃんに会えそうだから」
「あら。あなたに出会うまで生きているかしら、あの子」
母の問いかけに、少女は大きく首を縦に振った。
「ええ、もうすぐ出会うわ。私達はそういう運命だから」
「そうね、貴方達は対になるといっても過言ではない存在。これからも、きっと末長く関わることになるでしょう。でも、それには沢山の障害があるわ」
「オーランゼブルね? 確かにその未来は私には見えないけど、あのお姉ちゃんはきっと乗り越えてくれる。だって、そうでなきゃこんな世の中、あっという間に私が征服してしまうわ」
少女は母の膝の上で、ぽんぽんと跳ねるようにして言葉を紡いだ。その頭を母親は優しく撫でる。
「そうねぇ、簡単に手に入る玩具はつまらないものね?」
「そうよ。でも手に入らない玩具もつまらないわ。だから、あのお姉ちゃんは私の人生に華を添えてくれるだけでいいの。私の人生が、面白おかしくなるように。それだけでいいのよ。あ~あ、早く会えないかなぁ、アルフィリースのお姉ちゃんに」
「今しばらくの辛抱よ、ラ・フォーゼ」
「はい、ラ・ミリシャーお母様」
少女は母の手の中で、大きく頷くのだった。
続く
次回投稿は、1/18(水)20:00です。




