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呪印の女剣士【書籍化&コミカライズ】  作者: はーみっと
第二章~手を取り合う者達~
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冬の訪れ、その2~吉報と凶報~

「ふう、生き返るわい」

「ああ。不死身と言っても、食事を取らないと活動できないからね。そうそう。仕事と言えばミナールの奴、随分とアルネリアを開けてない? もう半年近くいないんじゃないの」

「いや、せいぜい三月にもならぬよ。だが、奴の仕事は相当の難題じゃからの」

「どういうこと?」


 ミランダの疑問に、ミリアザールが目配せで楓に合図する。すると彼女は一礼して戸を閉め、その場を去った。


「奴が魔王の工房を探索しておるのは知っているな?」

「ええ。どうなってるの?」

「まだ我々以外誰も知らぬが、相当数の工房が点在しているらしい。既に6か所見つけ、それぞれの見取り図まで寄越してきおったわ。半月ほど前の事かの。それに奴らの研究の一部も、証拠として送ってきておる。もちろん奴なりの考察付きでな」

「へえ、それはすごいじゃない! じゃあ教会は反撃の準備を?」


 朗報にミランダの顔が輝く。ミリアザールもどこか得意気だ。


「徐々にな。まだ具体的な攻撃などは決まっていないが、その戦力は集結しつつある。そなたに任せた部門が、攻撃のための方法の一つとなる」

「まあそうでしょうね。こっちも使える人間を選抜しないとね」

「丁度今日ではなかったか?」

「そうよ、今日の午後。だから余計に苛立っているの。アルフィにきつく当たっちゃったわ」

「後で謝っておけよ?」

「そうする」


 ばつの悪そうなミランダに、ミリアザールが忠告した。そして休憩の終わったミランダが部屋を出て行こうとする。その彼女を呼びとめるように、ミリアザールが声をかけた。


「ああ、そう言えば400周年祭で思い出したがな」

「うん? 何かしら」

「あの糞ガキ・・・ドゥームとか言う奴の事だ。奴の襲撃により結果的に祭りは延期となったわけだが、それが狙いだったのではないかと最近思えてな」


 ミリアザールの考察に、ミランダが踵を返して戻ってくる。


「どういうこと?」

「いや、な。最初はその後の英雄王や魔神の登場の印象が強くて忘れておったが、良く考えればあの小僧がアルネリアを襲撃してきた意図はなんじゃったのかと考えたのじゃ。あの小僧自身はイカれておったし、何にも考えておらんかったかもしれん。じゃが、背後にいる者の事を考えると、無意味な一手は打たんじゃろうと思ってな」

「・・・確かに」


 ミランダがオーランゼブルの事を考える。真竜グウェンドルフがその知性と存在に一目置くほどの男。ならばその彼が何も考えずにあのような凶行を計画したとは考えにくいのだ。こちらの戦力を図る意味合いもあったのかもしれない。だが、策士とは一手でいくつもの利益を見込むもの。もし400周年祭の延期が目的だとしたら・・・


「だけど、400周年祭を延期して何か得があるのかしら?」

「さあのう、そこまではワシもわからん。これは想像にすぎんからな。だが可能性の一つとしては、考えておいて損がないとは思わぬか?」

「そうねぇ・・・」


 ミランダはまだしっくりしない様子であったが、疲れた頭で考えてもしょうがないと思ったのか、また考えておくとして、その場は去って行った。その後で、ミリアザールは懐から二通の手紙を取り出す。


「これはミランダに見せるべきではなかったかな?」

「マスターがそう判断するなら、そうなのでしょう」


 梔子の言葉を受けてミリアザールが開いたのは、一番最近届いたミナールからの手紙。そこには書きなぐったように、「ローマンズランド王城の近くに、『工場』の入り口を発見。破壊不可能」とだけ書いてあった。


「破壊不可能、か。ミナールがそう言うのじゃから、よっぽどよな」

「はい。かの大司教が無理と言うのは、私は初めて聞きました」

「まあ無理な理由は沢山ある。規模が大きすぎる、警備が厳重すぎるなどなど。だがワシが思うに、これはもっと別の理由じゃ」

「と、言うと?」


 梔子が合の手を打つように聞き返す。


「規模が問題なら、その規模を示すじゃろう。まあ『工房』ではなく、『工場』と言ったのだから、規模は推して知るべきよな。また警備が厳重なら、その様子を書くじゃろう。だが不可能としか奴は述べておらず、それは奴が調査中という事を示す。奴が慎重になる程の理由、だが不確定要素にも関わらず連絡してきた。これは自分一人では手に余ると自ら言った様なものじゃ。つまり・・・」


 ミリアザールがそこで話の間を取ったので、梔子が厳しい指摘をする。


「もったいぶらないで、さっさと喋る」

「くそう、話を台無しにするでない! ミナールの奴が言いたいのは、おそらくこの問題にはローマンズランド王家が関わっておると言いたいのじゃろう」

「は? それはいくらなんでも荒唐無稽・・・」

「とも限らん。『工場』というのはワシとミナールの間では特殊な意味があってな。武器・防具の生産場所という意味を持つのだ。つまり、そこには武器・防具の生産ラインがあるということだ。先に起きた中原での戦。調べたところではどうも魔王出現の気配があったが、どうやらヘカトンケイルという傭兵団は奴らの手先の様だな。我々はまだ直接戦闘の経験はないが、話に聞く限りでは一般の武器が効かぬ鎧をつけておるらしい。その鎧の生産工場がローマンズランド近くにあるのじゃろう」

「馬鹿な、奴らに協力して何の得が? あのような異形を用いる連中が世の中を牛耳れば、暗黒の時代が訪れる事は子どもでも判断できそうなものなでしょうに」

「政治とはそう単純なものではないよ、梔子。お前は平和のこの時代の梔子で、本当に謀略ひしめく時代を生きておらぬからわからぬかもしれんがな。時代によっては相手に気に入られるためだけに、自分の息子を殺して料理として差し出すような連中もいたのだ。人の邪悪は底知れん。暗黒の時代を望む人間がいても、ワシは何もおかしくはないと思う」


 ミリアザールは優しく諭すように梔子に話しかけた。梔子としては珍しく、納得のできないような表情でその話を聞いている。

 なおもミリアザールは続ける。


「そういうわけで、人間にオーランゼブルの協力者がいても、何ら不思議はない。大国ならなおさらな。問題は、それがローマンズランドと言う事じゃ。全世界の3割の戦力を保有するとも言われたあの大国。それは大袈裟にしても、加えて魔王の工場。戦争となれば、どれほどの大戦になるのか想像もつかぬ。

 心配事はもう一つ。武器の生産ラインはわかったが、もう一つの疑問は・・・」

「輸送手段、ということですか」

「うむ。ローマンズランドから属国を除いても、最低で4つの国は通過する。その間を気付かれずに奴らは武器・防具を輸送したことになる。一説では中原で確認されたヘカトンケイルは千を超えたとも言われている。それだけの装備を、何の痕跡もなく運ぶことができるのかと思ってな」

「独自の輸送手段がある?」

「そうなのじゃろうな。もしそうなら、武器商人ギルド級の人数が絡んでいるじゃろう。各国の物流のやりとりを洗い出す必要があるかもしれんな」


 ミリアザールは憮然として腕を組んでいた。アルネリア教の影響が少ないかの国では、口無し達の報告もまばら。その全容をつかむのは、彼女といえど非常に難しいのだ。

 そしてミリアザールはもう一つの手紙を出しながら、ため息をつくのだった。


「やれやれ。そんな国の王女から手紙を個人的にもらうとは、アルフィリースとはどんな星の下に生まれたのやら。あの気難しいローマンズランドの連中は、滅多な事では他人を信用せぬのだがな。彼女がオーランゼブルの手先でない事を祈るのみだな。ゆずりはを呼べ。念のためこの手紙を透かし読みさせる」

「仰せのままに」


 梔子は一礼すると、その場を静かに去って行った。そして残されたミリアザールはお茶をすすりながら、梔子が出て行った扉の先にちらりと見えた、先ほど以上の書類の山に青ざめるのだった。



続く

次回投稿は、1/14(土)20:00です。

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